グループ診療をささえるためのカンファレンス
私がレジデントとして研修を受けた頃の国立がんセンター病院内分泌グループは、乳がんを中心に、病態や治療にホルモンが関与する疾患の診断、治療を担当していた。阿部先生のほか、4名のスタッフ医師がおり、毎週火曜日の病棟回診では、この5人に私を加えた6名がナース・ステーションに集合し、約20名の入院患者一人づつについて、問題点、治療内容、今後の方針を担当医師が提示、とくに、個々の症状や徴候の背景となっている病態生理に関して、全員が共通の理解が得られるまで徹底的に議論が展開された。時には、口角泡を飛ばすような激しい議論になることもあった。印象に強く残っているのは、私が担当した38才の転移性乳がん患者、肺、肝臓、全身の骨に転移があり、寝たきりに近い状態であった。膝から下や口の周りが痺れる、という症状から始まり、次第に手もうまく動かなくなっていた。カンファレンスで、脳転移、抗がん剤の末梢神経障害、脊髄転移、ビタミン不足など、様々な鑑別診断が挙ったが、阿部先生から「カルシウム値はどうだ?」との指摘あり、測定すると低値であった。つまり「低カルシウム血症」、いわゆるテタニーの状態だったのである。骨転移を伴う乳がんでは、骨が破壊されカルシウムが溶け出し、血液中のカルシウムが高い値をしめす「高カルシウム血症」がしばしば見られる。それなのに、低カルシウム血症。理由がよくわからない。おそらく、ふつうの病院では、ここまでの鑑別はたどりつくだろう。そして、点滴の中身にカルシウムを追加して補正を試みることはするだろう。しかし、このチームでは、そこからの追求がすさまじかった。「なぜ、低カルシウム血症なのか?」、「造骨性骨転移(がんが骨に転移した結果、骨が溶けるのではなく、骨のカルシウム分がむしろ増加して骨が硬くなる転移形態、前立前癌の骨転移に多いが乳癌でもときに見られる)で、骨にカルシウムが取り込まれているのではないか。」、「いやいや、健常人の血清カルシウム値の調節には様々なホルモンやビタミンが関わっているからそう簡単には乱れないものだ。」、「じゃあ健常ではないとすれば、どこを調べればいいのか」、「ビタミンD、副甲状腺ホルモン、カルシトニン、血清アルブミンなどは調べる必要があるだろう」・・・。ということで、調べてみた結果、副甲状腺ホルモン(Parathyroid Hormone: PTH)が異常に低い、ということがわかった。PTHは、血清カルシウム値を上昇させる働きをもつホルモンだ。翌週のカンファレンスで、「低カルシウム血症の原因はPTH低値でした。」と発表したところ、「なぜPTHが低いのか?」、「いつから低くなったのか?」という話になり、「検査室に凍結保存してある過去の血清を使ってPTHを測定してみよう」ということになった。測定の結果、血清カルシウム値の低下と同じように、PTHが日を追って低下しているのがわかった。正常ではカルシウム値が低下すると、それを補正するためPTHは上昇する。どうやらPTHの分泌が悪いようだ、つまり、副甲状腺機能低下症ということになる。副甲状腺は、のどの甲状腺の裏側の四隅に張り付くようにある大豆ぐらいの大きさの内分泌腺だ。副甲状腺機能が低下する理由が、皆目検討がつかない。当時は、インターネットもない時代だったので、図書館司書のお姉さんに文献を検索してもらったが、そのような報告は全く見あたらなかった。結局、亡くなった後の病理解剖で、気管と甲状腺の間の隙間をはうように乳がん細胞が転移しており、副甲状腺が完全に破壊されていたのである。病棟カンファレンスでのこのような徹底的な討論で、ほぼ、病態の全容が解明できた。このとき、これが、内科の神髄なのだな、と感じた。とかく、がんの末期状態の患者では、どんなことがおきてもおかしくない、というような対応で、病態生理が解明されないことが多いように思う。腫瘍内科医は、まず、内科医である、というのは、こういうことなのだ。また、徹底した討論は、診療グループ内での問題解決や意志決定プロセスを熟成させ、共有化するには不可欠である。私が診療グループをまとめる立場になったときも、十分な議論を通じて、がん患者の病態生理を解明しようという姿勢を重視した。レジデント教育にはたいへん有意義だと高い評価を得た反面、そのような議論を、無意味、不毛、時間の無駄、と切り捨て、カンファレンスにも出席しない、出席しても腕を組んで居眠りをしている医師もいたが、グループ診療、チーム医療を、実践するためには、常日頃からの、担当者間の意思疎通のための徹底的な討論の積み重ねが不可欠である。