C-SPOR豆が煮えるまで(1)


ことこと、ことこと、とお鍋にかかったお豆が煮えています。ゆっくりとお鍋をかき混ぜながら、おばあちゃまはいいます。「ここまで、おいしくなるのには、とても時間がかかったのよ。もっと煮れば、そしていろいろなものを入れれば、ずっと、ずっとおいしくなるからね。さあ、これから先は、おまえの仕事だよ。」、おばあちゃまは、おおきな木のスプーンを妙ちゃんに渡しました。丸顔の妙ちゃんは、それをうけとると、最初は、おばあちゃんがやっていたのと同じように、ゆっくりゆっくりかきまぜていました。やがて、妙ちゃんは要領がわかったので、自分の道具を持ってきて、お豆料理を工夫します。お豆は、SPOR豆、A, Bの次に、できたのでCがついて、C-SPORともいう。おばあちゃまが、妙ちゃんに話してくれたC-SPOR豆のはなし、忘れないうちにここに書いておこうか。

  1. わすれてはいけないよ、ソルブジン事件

10年前は、バブル崩壊後とはいえ、まだ、世の中には勢いがありました。お金がありました。そのころ、ソルブジンが社会問題となっていました。ソルブジンというのは、帯状疱疹の治療薬でした。ソルブジンは、帯状疱疹ウイルスのRNA合成を押さえる働きがあります。良い薬だったのですが、今はもうありません。発売中止になったのです。ソルブジンが発売されてまもなく、日本で、ソルブジンを服用した患者が何人もが、亡くなったのでした。亡くなった患者さんや、死亡には至らなかった患者さんは、いずれも癌でした。しかも、癌の手術を受けた後、抗癌剤の薬を飲んでいたのでした。当時の厚生省は、わりと素早い対応をしました。ソルブジン販売を中止し、経口フッ化ピリミジン系薬剤との併用を禁止し、経口フッ化ピリミジン系薬剤の適正使用のための方策を講じたのでした。

    1. ソルブジンは悪くない?

ソルブジンの販売が中止になり、ソルブジンは悪者にされてしましたが、悪いのはソルブジンではないと僕は思います。僕って、だれかって。まあ、いいじゃないですか。何が悪いか、ということを冷静に考えてみると、それは、「チーム医療が行なわれていないこと」、あるいは「患者に対する治療説明が不十分で、薬剤情報も十分ではなかったこと」などがあげられます。被害にあった患者が内服していたのは、UFT,テガフール、フルツロン、カルモフールなどです。これらは、まとめて「経口フッ化ピリミジン系薬剤」と呼ばれ、胃癌、大腸癌、肺癌、乳癌などの患者に多用され、当時の年間売り上げは、1500億円を越えていたといわれています。当時は、まだ、癌告知も一般的ではなかったし、今と同じように、外科の先生はお忙しいので、薬に関する説明に時間をかけることができません。

「念のため癌にならないようにこの薬を飲みなさい」とか、「癌は手術でとりきれましたが、再発しないように、この薬を飲みなさい」程度の説明で、経口フッ化ピリミジン系薬剤が処方されることが多かったようです。ですから、まじめに内服した患者もいた反面、処方されてもほとんど飲まず、薬をたくさんため込んでいた患者も結構いたようです。まじめに内服した患者のうち、何割かは、肝障害や、消化管への副作用で、むかむかが出てきて、内服を中止した人もいるはずです。内服して、とくに副作用もでない、いわゆるコンプライアンスのいい患者が、経口フッ化ピリミジン系薬剤を飲み続けていると、その中で、帯状疱疹が発症し、皮膚科を受診。経口フッ化ピリミジン系薬剤が外科から処方されていることを確認するという手順を踏まずに皮膚科医がソリブジンを処方すると、それが、経口フッ化ピリミジン系薬剤の分解を妨げる結果、骨髄抑制などの副作用が強く出てしまうわけです。薬剤情報がきちんと提供されていれば、併用禁忌薬にはなっていたわけですから、この悲劇は、回避できていたかもしれません。また、癌告知がきちんとなされていて、外科医、腫瘍内科医、薬剤師などが、チームをくんで診療にあたっていれば、未然に防ぐことができた薬害なのかもしれません。

(以下次号)

投稿者: 渡辺 亨

腫瘍内科医の第一人者と言われて久しい。一番いいがん治療を多くの人に届けるにはどうしたらいいのか。郷里浜松を拠点に、ひとり言なのか、ぼやきなのか、読んでますよと言われると肩に力が入るのでああそうですか、程度のごあいさつを。

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