基本の「キ」


浜松オンコロジーセンターを開設して2週間が経過、この間、ASCOに行ったり東京との往復だったり、めまぐるしく歳月が流れていった。まだ「ルーチン」と言えるような仕事や生活のパターンができあがっているわけではないが、午後の診療時間は、比較的ゆっくりと時間がとれるので専らセカンドオピニオンに充てている。遠隔地からセカンドオピニオンを求めて受診された患者さんには、うなぎでもご馳走して、と言うわけにもいかないので、そのかわり、時間をかけて相談に乗るようにしている。

転移性乳がんで、肝転移が出て治療をどうしようか、ということでご相談に来られた方、とくにがんに伴う症状があるわけではない、とおっしゃるので、今すぐに抗がん剤という必要もないかもしれません、と話しているうち、「がんとは関係ないと、今、かかっている大学病院の先生にいわれたのですが、とにかく辛いのは、食事をしてお腹がいっぱいになると、右手の親指から始って、手全体、そして肘のあたりまで、しびれてくることです。この原因が何か、それだけでもわかれば、と思うのですが、大学病院の先生は、触診もしない、聴診器もあてないで、気のせいだ、精神科でも受診すればどうか、と言ったとのことである。確かにわかりにくい、解釈しにくいしびれではある。タキサンを使った後のしびれなら、両側の手にでるだろうし、食事や満腹とも関係ないだろうし。しかし、名医はそこからがちがう。基本に立ち返って考えてみると、腕神経叢、橈骨神経領域の症状のようだ。そこで、腕神経叢(頸の骨の間から出た神経は、複雑に寄り合ったり分かれたりしながら、くさむらのように複雑に入り組んだ神経の束をつくり腕の神経となる、この神経の草むらを腕神経叢とよび、頸の横から左右の腕に入っていく)の近くを触診してみると、右鎖骨上に、服の上からでもはっきりわかるような、リンパ節の腫れがある。そのかたいリンパ節は、乳がんの転移だろう。そのリンパ節を後方に圧迫すると、いつもと同じしびれがでる、と患者さんはおっしゃるので、原因は、鎖骨上リンパ節転移であることは間違いない。では、満腹との関係はあるのか? よくよく話しを聞いてみると、右手で箸を使っているうちに、腕がだるくなる、腕がだるくなるころには、満腹になる、ということで、要は、右手、右腕を食事の際に使用することにより、症状が増強するということがわかった。この痛みさえ、どうにか軽くなって欲しい、というご希望をかなえるためには、鎖骨上リンパ節に対する放射線照射という手段が有効だと思うので、担当医師とそのように相談するようにお話した。実を言うと、その担当医師は、私が国立がんセンター中央病院にいた頃、レジデントとして2年近く指導した医師で、地元の大学に帰って、乳がん診療にとりくみ、腫瘍内科の新しい拠点を確立した男である。その開拓者精神や進取の気性は高く評価するが、臨床医として、また腫瘍内科としての、基本の「キ」をわすれてはいないだろうか、いっか~ん! 私の指導が悪かったのだろうか。最近、そういう風に感じることが結構多い。これまた、いっか~ん!!!

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投稿者: 渡辺 亨

腫瘍内科医の第一人者と言われて久しい。一番いいがん治療を多くの人に届けるにはどうしたらいいのか。郷里浜松を拠点に、ひとり言なのか、ぼやきなのか、読んでますよと言われると肩に力が入るのでああそうですか、程度のごあいさつを。

“基本の「キ」” への 4 件のフィードバック

  1. 初めまして。書かれてあります事の全てを理解する事は私にはできませんが、大変勉強になりました。有り難う御座いました。私は胸によく膿胞ができます。先日も中を抜いて調べて貰いました。なかなかに針が刺さらず、大変でした。早期発見に優る治療はない。と、どなたかがおっしゃっておられました。検診はいつもドキドキしますがその言葉を思い出しては自分を奮い立たせて病院にいきます。先生も毎日お忙しく大変でいらっしゃると思いますがどうか、お身体にはお気をつけて頑張ってください。それでは失礼致します。

    1. のう胞は、あまり心配ない場合も多いですし、のう胞であるとはっきり分かっていれば、しょっちゅう針を刺す必要もない場合もあります。その後の経過はいかがでしょうか?

  2. May 15に引き続き2回目の投稿をさせていただきます。私はまだ実質2年しか病院研修を受けていない、いわゆるたまごです。(年はくっていますのでピータンみたいなやつですが) 癌のことはもっぱら、本、WEB、学会で勉強するばかりです。 今回の先生のブログを読んでおりますと、臨床家としての力量にすごいなぁと感心してしまうとともに、自分の力のなさ、将来に不安を覚えてしまいました。

    1. Fumiさん、御無沙汰しておりますが、お元気でしょうか? ピータンの状態~6年がたちましたが、北京ダックにはなりましたでしょうか。臨床医としての研鑽を充分に積まれたことだろうと思います。

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