司会: 渡辺先生は、ブログにも書かれているように、全国くまなく講演をされているようですね。そのような地方講演での最大の収穫はなんでしょうか。
渡辺: あちこちの地域を尋ねて講演や症例検討会をしていますとね、我が国の癌診療の実態が痛いほど、よくわかってくるんですね。ですから、地方講演というのは、ものすごい勉強になると思います。がん治療の領域で腫瘍内科医が足りないという話は、あちこち、そとこと、さまざまな人が語っているわけですが、では、実態はどうなんだ、腫瘍内科医がいないと何がいけないんだ、という話になると、外科医に対する気兼ねもあってか、あまり、はっきりとした意見を述べる人は少ないですね。遺伝の話では、フェノタイプと、ジェノタイプという区別があって、フェノタイプというのは、表面に現われる形をいい、ジェノタイプというのは、遺伝で規定された、表には出ないけれど子孫に伝わる形を言います。外科医がやっても、腫瘍内科医がやっても、「抗癌剤を点滴する」という行為は同じでも、どのようなエビデンスを心得て薬剤を選択し、どのような副作用が出そうだから、予め手を打っておいて、実際に、副作用がどんな症状として現われた、抗癌剤の効果がどのように現われた、ということについて、何を考え、次の手として何を心の中に用意しておくか、という、表にでない部分では、よく勉強している腫瘍内科医と、そうでない医師とは全然ちがうと思うんですよ。
司会: なるほど。渡辺先生も腫瘍内科医として、先生のおっしゃる「そうでない医師」の治療については、昔から、問題を感じていらっしゃったのですか。
渡辺: 駆け出しの頃は、その違いがわかりませんでしたね。昔、私が国立がんセンターのレジデントだった頃、恩師の阿部薫先生が、乳癌患者の薬物療法についてのカンファレンスを外科・内科で合同でやろうと提案されて、毎月やっていました。当時は、- 今でもそうですが(笑い)、国立がんセンターでは、外科医よりも内科医の方が元気がよく、口も達者でしたから、外科のやっている治療について、内科から、様々な意見、批判がだされ、外科の先生は黙ってしまう、という局面がよくありました。当時は、私は、まだ、まだひよこだったので、ほとんど発言はできませんでした。阿部先生は、常々、「俺たちがやる方が、抗生物質にしても、痛み止めにしても、抗癌剤にしても、補液にしてもうまいんだよな、どこがどうとは言えないけど、内科が診ている患者の方が、回診しても、元気になっていくのがよくわかるんだよな」とおっしゃり、その言葉が、頭の隅に常にひっかかり、腫瘍内科医の臨床的専門性とはなんだろう、とか、外科と内科の違いはなんだろう、というようなことは、ここ20年以上、常に考えている課題ではないでしょうか。
司会: 20年考えてきてどうなんでしょうか。
渡辺: 印象だけでしゃべっていると問題があるので、先日、癌治療学会の「乳癌標準治療の普及」のところで話したことをお話しましょう。浜松オンコロジーセンターを開設する前に、東京のクリニックで、約2年間、オンコロジーセンターを新設し、セカンドオピニオンや、外来化学療法をやっていました。そこには、関東からの患者さんが最も多かったのですが、全国からも癌の患者さんや、患者さんのご家族がお見えになりました。2年間で、294名がセカンドオピニオンを求めて、受診され、そのうち、175名が乳癌の患者さんでした。腫瘍内科医のセカンドオピニオンですので、病理診断や、画像診断に関する相談は含まれていません。175名は、すべて、抗癌剤、ホルモン剤、ハーセプチンなど、薬物療法に関するものでした。相談内容の記録から、これらの患者さんが実際に受けている治療内容を、A1「標準治療を行っており説明も過不足なし」、A2「治療内容は標準的であるが、説明が不十分、不適切である」、B「標準治療からはずれるが許容範囲内である、C「標準治療ではなく推奨できない」、D「標準治療ではなく、患者は明らかな不利益を被っている」の、5段階にわけてみました。その結果は、A1が9%、A2が14%、Bが 35%、Cが27%、Dが14%でした。つまり、標準治療と考えられる治療を受けている患者は、全体の23%、約1/4でした。
司会: 標準治療を受けている方は、たった1/4ですか、驚くべき低さですね。
渡辺:誤解のないように言っておかなければなりませんが、もちろん、標準治療をうけて、全く問題がなくって、セカンドオピニオンも求めない患者さんも、それなりにいるわけで、けっして1/4程度というわけではないと思います。しかし、この数字は、実際に地方講演で回ってみた感触と大きくは変わらないように思いますね。
司会: 現状の問題点は、たいへんよくわかりました。渡辺先生は、このような現状の解決策は何だと思いますか。
渡辺: 腫瘍内科医の育成は、確かに重要ですが、現実のニーズをみたす程の数と、質をみたすには、まだまだ、時間がかかると思います。まず、乳腺外科なり、乳腺科として、乳癌診療を専門的に取組む外科医を増やすことだと思います。典型的な、市立病院とか、労災病院とか、日赤病院などの、地方の中核病院では、乳癌手術件数が年間20とか30で、しかも、勤務している外科医3-4人が、てんでばらばらに手術していて、そのまま、いいかげんな薬物療法をやっている病院が多いです。このような病院に対しては、3-4名の外科医のなかで一人、乳癌診療の責任番を決めてくれるよう、お勧めしています。地方の病院では紹介されたりで、他の外科医に手術を依頼する、というのがやりにくい場合もあるらしい。しかし、いくら頼まれたからといって、乳癌診療を専門としない外科医に手術されるよりは、専門家に任せてもらった方が、患者の立場に立ってみれば、いいに決まっています。乳癌の責任番は、手術患者を集約して手術を行う、薬物療法の基本レジメンを決める、他の医師が、乳癌診療に携わる場合でも、症例データベースを把握するなど、その病院での乳癌診療全体を管理する、という役回りをになってほしい。
司会:それは現実的な対応ですし、すぐにでも普及しそうな方法ですね。
渡辺:そう、私もそう思って推進してきていますが、どうも外科医の中では、乳癌診療を専門とする、ということが、なんだか、恥ずかしい、というか、情けない、というか、そんな気持ちがあるようです。私の同級生の外科医のN君に先月会って、乳癌責任番の話をしたところ「だけどさぁ~、乳癌なんて、手術は簡単で単純だし、薬だってケモとホルモンを適当に組み合わせれば、それでどうにかなっちゃうからさぁ~、専門的にやる人間なんて、よっぽど物好きなやつなんじゃないの」と言っていました。実際、癌の手術の外科医のトレーニングの数年間を、学校教育に喩えるなら、食道癌とか、膵臓癌とかは、難しい手術で、大学院レベル、それが、乳癌は、外科手術の入門編である、アッペ・ヘモ・ヘルニアの次に来る、つまり、小学校三年生クラスという人もいます。こんな具合に、外科医からみると、乳癌診療を専門とする、ということが、今ひとつ、ふっきれないものがある人もいるようなんです。実際は、薬物療法をとってみても、乳癌ほど、知識と経験、そして、エビデンスを尊重する心が必要な領域は他にないと思います。乳癌診療の奥の深さ、難しさを理解してもらうことが大切ですね。
司会:最近、先生が「鳥無き里のコウモリ」とおっしゃっているのを聞きました。言い得て妙だと思いましたが、ちょっと解説して頂けませんか。
渡辺:え~、はい。こういうことを言うと、また、おしかりを受けるかも知れませんけどね。要するに乳癌診療の専門家がまったくいない地域というのが、日本中、あちこちに存在する、ということです。そのような地域に伺うと、とても信じられないような議論がかわされているのです。乳癌の肝転移を手術で取るとか、肝動注をするとか、俺の経験レベルのエビデンスをお互いに、褒め称えあっている。そして、乳癌の専門でも何でもない外科の教授が、乳癌の勉強会を取り仕切っていて、これまた、わけのわからないまとめ方をしているわけです。○○乳癌懇話会、とか、○○乳腺疾患研究会、とかいう、やつです。こういうのは明らかにおかしいと思う。このような勉強会に参加する若い医師の中には、真剣に勉強しよう、という向上心を持っている人も多少はいるでしょうけど、彼らは、本物の腫瘍内科医の乳癌診療に関するロジックを聞いたことがないから、偽物腫瘍専門医が言うイイカゲンなことを真に受けて、やれ動注だ、やれ、肝切除だ、やれ活性化リンパ球療法だ、と、意味のない医療が行われても、それを見抜けないわけです。そして、ああ、乳癌診療なんて、素人でもできるんだな、と勘違いしてしまうわけですよ。つまり、鳥がいない里では、空を飛ぶものは、鳥もコウモリも区別がつかず、コウモリが鳥になりすまして偉そうなふりをしている、ということ。本物不在の地域をなくすことが大切です。それには、各地域、私は、衆議院の選挙区ぐらいの大きさを一地域と考えればいいとおもいますが、その地域に、乳癌診療のオピニオンリーダーを養成することが急務だと思います。それは、外科医でも内科医でもいいのです。私の地域のリーダーはだれか、という目で、患者さんも考えてみてください。そして、リーダーがはっきりしないとか、偽物が仕切っている、地方の豪族が利権にたかっているような場合、思い切って、斬り~、残念、とやってください。
司会;今日は、お忙しいところ、ありがとうございました。
乳癌診療不毛地帯解消の為の処方箋
腫瘍内科医を育成する:質、数を育成するには時間がかかる
外科医の中で乳癌専門医を育成する
EBMの正しい理解と取り組みを普及させる
地域のオピニオンリーダーを育てる:鳥無き里のコウモリ状態の解消