55年通知


エビデンスに基づいて、しっかりとした抗がん剤治療が行われるようになってきたことは、それは、喜ばしい事だと思います。しかし、物事には何事にも、節度というか、常識的な判断も大切です。抗がん剤は、世界各国の製薬企業で開発されていますが、実際に新しい抗がん剤を開発するだけの力のある製薬企業は、アメリカ、フランス、イギリス、イタリア、ドイツぐらいに限られてきています。日本でも抗がん剤の開発力のある企業は、1ー2社あるかないかです。しかも、最近の厚生労働省のジェネリック医薬品を後押しする政策で、開発力のある製薬企業は、どんどん減っているのではないでしょうか。そうすると、どうしても、海外での新薬開発が先行します。昨今、よく話題になる「日本では有効な抗がん剤が使用できない」という話、あれは、半分は事実です。半分は、というのは、「新薬」イコール「いい薬」というわけではない、というのがひとつの理由です。海外で開発途上の薬剤の情報も日本に入ってきます。しかし、現在開発中、すなわち海外で治験中ということは、効果があるのかないのか、安全に使用できるのかできないのか、と言う問題を吟味している最中であって、海外開発品のなかで、安全性に大きな問題有りとして、開発が中止された薬剤もあります。つまり、開発途上の薬剤は、海の物とも山の物ともつかない、という状況であって、日本で使えないことが、むしろ安全である場合もある、ということです。半分の真実、という問題、これは、たとえば、ジェムザールという抗がん剤。これは、日本では、肺癌と膵癌で承認されています。しかし、これら以外に、乳癌、卵巣癌で腫瘍縮小効果が証明されております。延命効果はなくても、QOLの向上や症状緩和につながると考えられます。食道癌には、パクリタキセル、カルボプラチン、TS1など、膵癌にはTS1が有効、と言うことは海外や日本での臨床試験で明らかにされていますが、日本では、厚生労働省の承認がおりていない、という理由で、使用することができません。なかには有効性が確認され、承認手続き中のものもありますが、これもつかうことはできない、という認識にならざるを得ません。

 

しかし、ジェムザール、パクリタキセル、カルボプラチン、TS1などは、すでに市場に出回っています。ただ、適応となる癌が限られているだけです。このような状況に対して、最近、がん専門病院では、「当院では使用できません」と、それらを全く使用しようとしません。この間、患者さんから聞いてびっくりしたのですが、私も隅々までよく知っている東京のがん専門病院の内科で「ジェムザールを使ってくれませんか」、という卵巣癌の患者さんに対して「死んでもいいんだったら使ってやる」と言い放った医師がいるそうです。これって、いったいなんなのでしょうか。

 

効果がない、あるいは効果があるかないかわからない、という状況ではなく、2割~6割の患者で、腫瘍が縮小する可能性がある、それにともなって症状緩和、QOL向上が得られる可能性がある、患者さんも希望を持つことができる、という状況です。木で鼻をくくったように「当院では適応のない薬は使えません」と、まるで厚生労働省のお役人にように言って患者さんを追い返すか、それとも、医師として裁量で、「可能性があるので、どうにか使ってみましょう」とするか。そうは言っても、卵巣癌の患者さんに、ジェムザールを使用すると、社会保険でも国民保険でもレセプトの審査で査定されてしまいます。査定される、というのは、医療機関から、保険支払い基金に患者負担分以外の医療費の支払いを請求した際、病名と一致しない診療内容があると、支払いを拒否される、つまり、医療機関がその分、赤字になってしまうということです。このような状況では、正々堂々と、抗がん剤の適応外使用を行うことは不可能です。と、だれでも思うでしょう。

 

ところが大丈夫なのです。「昭和55年通知」というのが厚生省(当時)から出されています。これは、2項目からなり「①医学、薬学上、公知の有効性が認められている薬剤は、保険適応外であっても、その使用に対しては、柔軟な対応をすべし。②この対応に関しては、支払基金間での相違がないように配慮すべし」というものです。つまり、医学的あるいは薬学的に、エビデンスのある薬剤は、保険承認の有無に関わらず使用すべきである、しかも、都道府県、社会保険あるいは国民健康保険など、支払い基金間で、対応が異なってはいけない、ということです。昭和55年といえば、まだ、日本医師会が行政にも影響力を持っていた時代で、良い意味で、医師の職業人としての裁量が認められていた時代です。行政というのは、律儀なもので、25年経った今でも1回出された通知は有効なのです。ですから、海外でのエビデンスがあれば、この「昭和55年通知」に従って、患者さんのベネフィットを重視して治療に使用することは正しいことと言えます。ただし、医療行為の責任や、患者に対する説明責任は、治療行為を実施した医師にあることは他の医療と同じです。

 

PS.

K君へ:死んでもいいんだったらジェムザールを使ってやる、なんていう態度は、論外であることは言うまでもありませんよ。驕らず、原点に返り反省しなさい。

 

 

広告

投稿者: 渡辺 亨

腫瘍内科医の第一人者と言われて久しい。一番いいがん治療を多くの人に届けるにはどうしたらいいのか。郷里浜松を拠点に、ひとり言なのか、ぼやきなのか、読んでますよと言われると肩に力が入るのでああそうですか、程度のごあいさつを。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中