パネリストとして思うこと


パネリストとして思うこと

 

11St. Gallen Conferencesは、2009311日(水)から17日(土)まで、St.Gallen市内の会議場、Olma Messenで開催された。今年は中華人民共和国からの参加者が日本からの参加者を上回り、約5000名の参加者の1割程度はアジアからの参加者がしめた。

今回は、パネリスト間での事前のメールでの連絡が緊密に行われ、コンセンサス会議で討議すべき問題を「10 Areas of Controversy」にまとめた(表1)。

 

表1 10 Areas of Controversy

1.    Surgery: Axilla, Margins

2.    Radiation: DCIS, Accelerated, Post Mastectomy

3.    Pathology: ER, PgR, Ki67, Grade

4.    Multi-gene signatures, Adjuvant online

5.    Endocrine therapies

6.    Chemotherapies

7.    Targeted therapies

8.    Neo-adjuvant systemic therapy

9.    Fertility

10.  Male breast cancer

 

 

この10の領域について、予め時間配分を考慮して具体的な質問を作成した。今回も前回と同様、パネリストにアンサーパッドが配布され、これらの質問に粛々と回答して行く、という予定だったが、やはり、前回と同様、質問をその場で作り替えるというような、どたばたもみられた。とくに、質問が、「Should:~すべき」から「Could:~してもよい」に変えられるなど、不適切とも思われる変更にあきれてしまったのは私だけではないはずだ。

 

今回のコンセンサスカンファレンスをへて、今後の乳癌診療がどのように変わるのだろうか? いくつかのテーマについて、私の考えを述べたい。

 

基本的な考え方は変わらない

2007年から強調されている「まず、ターゲットを明確にせよ、次にリスクだ」という考え方は今回も変わっていない。今回、ターゲットであるホルモン受容体に基づく、内分泌高度反応性、内分泌不完全反応性、内分泌非反応性の区分について、検討された。その結果、内分泌高度反応性は、ER陽性、PgR陽性細胞割合が50%以上、内分泌高度反応性はER陽性細胞が1%以上、というところに区分線が引かれた。また、HER2免疫染色で強陽性と判定される細胞の割合が30%以上の場合には、トラスツズマブの使用を考慮するという、ASCO/CAPのガイドライン同様の基準が確認された。

 

St.Gallen2009 リスクカテゴリー分類はこうなる

基本的には2007年のものとかわらないが、リスク評価に増殖の指標としてKi-67ラベリングインデックスが採用となる見通しである。おそらく、腋窩リンパ節転移陰性症例を低リスクと中間リスクに分類する基準の一つとして、Ki-6720%未満が低リスク、以上が中間リスク)が加わることになるだろう。

もうひとつ、腫瘍径の問題である。現在、腫瘍径(病理学的浸潤径)を20mmで区分し、以上を中間リスク、未満を低リスクに分類している。しかし、腫瘍径が大きくても、他の因子(ホルモン受容体、グレードなど)が良好な場合、必ずしもリスクが高いとは言えない。そのため、腫瘍径は、30mmで区分することになるかもしれない。

 

複数遺伝子発現解析は、リスク評価を一新するか

米国で開発された21gene recurrence score OncotypeDX)や、オランダで開発された70-Gene assay MammaPrint)などの再発リスクを判定するためのMultigene expression assay(複数遺伝子発現解析法)は今回、もっとも注目された話題の一つである。再発リスク評価について、リンパ節転移の有無・個数、グレード、腫瘍径、脈管浸潤の有無などを用いた従来の臨床・病理学的評価方法だけで良いのか、それとも多遺伝子発現解析法を用いる方法を補足的に用いるか、あるいはこれらの方法に完全に置換してよいのか、という点が討議の中心の一つとなった。21gene recurrence score(Oncotype DX)は、米国では、NCCNNational Comprehensive Cancer Network)ガイドラインにも記載され、一般臨床にも広く使用されつつある。この検査でLow riskと判定された場合には、抗癌剤治療を追加しないということでトータルの支払い額をへらすことができるため、民間の保険会社の大部分は、これの償還を認めている、ということも、普及の追い風となっているだろう。また、70-Gene assay (MammaPrint)は、オランダで開発されたもので米国FDAも承認している。今回のコンセンサスでは、「これらの遺伝子発現解析は、従来の臨床・病理学的評価方法を補完する上で有用である」というようなステートメントになるだろう。次回(2011)までには、このような評価方法がむしろ一般的になり、各種の臨床試験も、多遺伝子発現解析を前提として計画されることになることが予想される。日本での開発を早急に進めないと、乳癌臨床研究における日本の周回遅れはますます強まり、アジア諸国にも先を越されてしまうこことも懸念される。行政の迅速な対応を引き出さなければいけない。

 

ホルモン療法に変更はあるか

閉経前症例に対しては、LHRHアゴニスト+アロマターゼ阻害剤の有用性については、慎重論が高まりを見せた。その原因のひとつは、ABCSG12の結果である(○○参照)。標準治療は、タモキシフェン単独という意見が復調し、LHRHアゴニスト+タモキシフェンを上回る支持率であった。この問題については、現在進行中のSOFTトライアル、TEXTトライアルの結果を待つ、という姿勢が支配的である。

閉経後症例に対しては、AIを使用するという意見は増えた。また、使用する場合には、最初から使用するという多く、タモキシフェンを使用した後、切り替えるという意見を上回るようになってきた。しかし、タモキシフェンの意義を評価する意見もまだまだ多く、一時期、言われていた程、タモキシフェンからAIへの主役交代はスムーズには行っていない。

 

細胞毒性抗癌剤に変更はあるか

使用する薬剤の種類および数、サイクル数や使用期間、などについては、ますます混乱している。アンソラサイクリンは必要か、という問題についても、数多くのサブセット解析がなされているが、未だにアンソラサイクリン不要説は、固まっていない。同様に、タキサンの意義についても、明確な方向性が示されていない。今後、分子標的薬剤が台頭するなかで、細胞毒性抗癌剤の位置づけがどのように変化していくのか、について時代の生き証人として、その推移も見守りたい。

 

トラスツズマブの使用方法に変更はあるか

HER2をターゲットとした治療が、HER2過剰発現を伴う乳癌を対象として確立した経緯を、我々は同時代人として注目してきた。「まずターゲットを見極めよ」という2007年以来、ずっと底流を流れているSt.Gallenの理念は、可能な限り不要な細胞毒性抗癌剤の使用を回避したい、という姿勢の現れである。そのような観点から、ER陽性、PgR陽性、HER2過剰発現の乳癌にたいして、ホルモン療法+トラスツズマブという選択肢は、当然、追求すべきである。しかし、今回のパネルの意見では、まだ、5割近くが、細胞毒性抗癌剤の併用が必要である、という意見であり、トラスツズマブの使用方法には、まだ、大きな変化は見られていない。

 

いちばん感じたこと

いつもと同じ感想であるが、やはり、臨床試験を確実に実施し、新しいエビデンスを発信して行かなくてはならないということである。かつては、「日本人には臨床試験やランダム化比較には、適していない」などと言う、日本人特殊暴論が乳癌学会などでも主張されていたが、それは、遠い昔の老人の繰り言である。若い諸君には、世界中で分担してエビデンスを構築していかなければならない、という重要なメッセージをSt.Gallen コンセンサスカンファレンスからしっかりと受け止めてもらいたいと思う。

投稿者: 渡辺 亨

腫瘍内科医の第一人者と言われて久しい。一番いいがん治療を多くの人に届けるにはどうしたらいいのか。郷里浜松を拠点に、ひとり言なのか、ぼやきなのか、読んでますよと言われると肩に力が入るのでああそうですか、程度のごあいさつを。

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