胃がんにハーセプチン


ASCO は楽しい。毎年感じることだ。じっくり勉強もできるし頭の中も整理できる。私がレジデントの時に胃がんでエストロゲン受容体があるので、抗エストロゲン剤タモキシフェンが効くかもしれないという話があった。現在の免疫染色法では、ほとんど陽性にならないし、臨床的な効果もないので、結局使われなくなった。悪性黒色腫にもエストロゲン受容体が発現していて、タモキシフェンが効果があり、抗がん剤と併用して使われることもある。乳がんとか胃がんとメラノーマとか、癌の種類に関係なく、同じ特徴を持っていればそこを狙って薬が効くのだ、という着眼点は、私が腫瘍内科を目指した原点に近い部分にある。今回、ToGA試験の結果がでた。この試験のことは以前より聞いていた。しかし、これほどインパクトの強い結果がでるとは思わなかった。この結果から、また、いろいろな混乱が始まることが予想されるが、まず、ToGA試験の結果を詳しく見てみよう。
 
胃がんでは20%程度の患者でHER2が陽性である。ToGA試験でも、3807名の進行胃がん患者をスクリーニングし810人がHER2陽性。検査方法は、IHC3+ またはFISH陽性(2X以上)。乳がんでも大体20%程度で陽性なので同じ程度である。810名のうち、その他の適格条件を満たし同意が得られた患者584名を5FU+シスプラチン対5FU+シスプラチンにハーセプチンを加えた群にランダム化割り付けし、生存期間(Overall Survival:OS)を主たるエンドポイントに検討結果、明らかな差がでた。抗がん剤群の生存期間中央値が、11.3か月であったのに対しハーセプチンを加えた群は、13.8か月(P=0.0046)(図1)。
 
図1(胃がん)         乳がん
 
登録症例の50%強はアジアからの症例なので、この結果はダイレクトに日本人の胃がんに適応できる。このサバイバルカーブを、転移性乳がんに対してハーセプチンを使用し、生存期間の延長が報告されたデニス スレイモンのデータと比較すると驚くほどその形がよく似ている(図2)。生存期間の中央値は胃がんは乳がんの半分ぐらいだが、どちらもハーセプチン+化学療法による生存期間は、化学療法群による生存期間の125%である。つまり、乳がんと同程度の効果があるということができる。この結果から原発がどこであれHER2過剰発現を伴うのなら、乳がんでも胃がんでも同じようにハーセプチンを使用すべきである、という強いメッセージが伝わってくる。
それでいろいろな混乱を学ぶケーススタディが考えられる。
【症例】67歳女性、竹山さん、
【経過】昨年夏、早期胃がん手術、外科医はとり切れたといったので、術後の抗がん剤治療は受けていない。今年5月、定期フォローアップで肝転移が見つかった。担当のY先生はASCOに行くので、次の外来は6月10日となる。
【6月10日の外来予想】
竹山さん「先日の検査はどうでしたか、結果が気になって、先生、オーランドでしょ。名古屋でオーランドがえりの人が新型インフルエンザにかかったって騒いでいたんで、先生、無事帰って来られるか心配でしたよ。」
Y先生「僕は50歳以上だから大丈夫ですよ。さて、検査の結果ですがね、肝臓に転移が出ているようなんです。」
竹山さん「やっぱりね、ここのところ、なんか、みぞおちのあたりが張ったような感じがして」
Y先生「そうですね、転移は左葉に3個、そのうち1つは5cmぐらいですね。これが、すこし圧迫しているんでしょうかね。それと右葉にも5-6個転移がありますね」
竹山さん「先生、それって、手術できるんですかね」
Y先生「手術できる、できないっていうことではなくってね、手術をするという意味があまりないんですよ。」
竹山さん「じゃあ、抗がん剤ですか?」
Y先生「先週のアメリカの学会でね、胃がんのあるタイプでは、ハーセプチンという薬が効く、という発表があったんですよ。」
竹山さん「ハーセプチン?って、聞いたことありますね。たしか、隣の奥さんが乳がんでその点滴をうけていると言っていました。なんか、とても高いくすりなんですよねえ。」
Y先生「高いかどうか、ちょっとわかりませんが、もし、胃がんの型があえば、ハーセプチンが効くかもしれないから、検査してみましょうかね。」
竹山さん「検査って、また、あの苦しい胃カメラですか?」
Y先生「いや、手術でとった組織が保存してあるので、それを使って検査室に、HER2というタンパクが竹山さんの胃がんにあるかないか、わりと簡単にわかるんです。」
竹山さん「その検査って、高いんですか。今日はあんまりお金、持ってきていないんで・・」
Y先生「高いかどうか、ちょっとわかりませんが、乳がんという病名をつければ、保険がきくんですよ。結果がもし陽性ならハーセプチン治療をするわけですが、それも、乳がんということで問題ありません。」
竹山さん「先生、いやですよ、私は胃がんだって言うのに、乳がんにもなっちゃうんですか、それ、どういうことですか?」
Y先生「いや、実際に乳がんになるってわけではないけど、そうすれば保険での治療ができるからと思ってね」
竹山さん「まあ、難しいことはわかりませんが、先生がいいと思う治療をしてください。再発ときいて覚悟はできていますけどね、少しでも長生きして、孫の成人式は祝ってやりたいんでね。」
Y先生「じゃあ、2週間後、検査の結果がでていると思いますから、その時にご説明しましょう」
 
というような状況は来週からでも現実のものとなるだろう。これに対して行政はどう対応するのだろうか。「ToGA試験の結果をうけ胃がんに対するHR2検査を乳がんと同様に承認すること、転移性胃がん患者で、HER2陽性症例では、ハーセプチンの併用をすぐに承認すること」、これが絶対不可欠である。日本の胃がん診療に携わる多くの先生が真剣に取り組んだToGA trial、、この結果をうけ、次は行政が真剣に取り組む番である。ボールは投げられた、さあ、厚生労働省はどうするか。
 
 
 
 
 
 
 
 

投稿者: 渡辺 亨

腫瘍内科医の第一人者と言われて久しい。一番いいがん治療を多くの人に届けるにはどうしたらいいのか。郷里浜松を拠点に、ひとり言なのか、ぼやきなのか、読んでますよと言われると肩に力が入るのでああそうですか、程度のごあいさつを。

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