暮れゆく2009年


サンアントニオから帰ってからの12月の日々はあっという間に過ぎ行き、昨日で浜松オンコロジーセンターも仕事納めでした。世の中の不況の波は医療機関にも及びましたが浜松ではホンダ、スズキ、ヤマハなど、輸出製造業の下請けがとりわけ深刻な経営危機に陥り、これ以上ホルモン療法は続けられない、通院できない、抗がん剤治療は無理、という患者さんも少なくなく当院の医療収益は今年も全然好転しませんでした。そもそも10年間も保険診療点数が減り続ける反面、医療機関には医療安全、説明責任、法令順守、チーム医療、包括医療、入院期間短縮・・など、医療の質の限りない向上が求めれれ続け、わけのわからない医療機能評価をうけることが、なぜか義務のようになっていて、そのために数カ月間の準備と数百万円と支出が科せられるなど、誰も文句を言えないままに一生懸命に取り組んでいるうちに医療体制も医療者の心も崩壊し、医療不信による社会不安が足首から膝のあたりまで押し寄せてきているように感じます。医療機関として取り組まなければいけないことは明らかであり、医療は基本的に社会活動であるので自分の都合を優先させてはいけないことも当然なのですが、どうも、自分の都合だけで動いている人々が目に付いたのも、このような世知辛いご時世を反映しているのでしょうか。「ミッション・パッション・ハイテンション」は、斎藤孝氏の受け売りですが、医療者として自分に与えられたミッションは何か、をよく考えることが大切だということを改めて思います。個人の人生を優先するか、医師として与えられた、あるいは求めれるミッションを優先させるか、これらを両立させることができればいいのでしょうけど、なかなかそうはうまくいきません。しかし私は「医師として果たすべきミッションを優先させることに自らの生きがいを感じ、それが結果として個人の人生の充実に帰結する。」というのが、納得のいく答えだと思います。そのことを家族も理解してくれないといけない、というか、そのことを同じ目線で理解してくれるようなひとと結婚しなくってはいけないということなんでしょう、大切なことは。ミッションが理解できていれば、そこからは割と簡単で、ミッション達成のためにパッション(情熱)を持てばいいのですが、ミッションが何かをわかっていない人があまりに多いのが問題です。パッションを持っていれば、医療の現場では、対同僚でも、対患者でも、ハイテンションで接するほうがよいのですが、何を考えているかわからないようなひとや、じとっと陰気なひともいて、医療の道を選んだのが間違いだったんじゃないの? と感じるような場面もよくあります。人生はなかなか目論見通りにはいきませんが、その時、その時を「ミッション・パッション・ハイテンション」で切り開いていけば、結果的に、思った通りのの人生だった、と、感じることができるのではないでしょうか。2009年は、めまぐるしく過ぎて行きましたが、2010年は一体、どんな年になるのか、先行き不透明ではありますが「ミッション・パッション・ハイテンション」の微分と積分で乗り切っていこう、と思います。
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投稿者: 渡辺 亨

腫瘍内科医の第一人者と言われて久しい。一番いいがん治療を多くの人に届けるにはどうしたらいいのか。郷里浜松を拠点に、ひとり言なのか、ぼやきなのか、読んでますよと言われると肩に力が入るのでああそうですか、程度のごあいさつを。

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