プラマイデータをどう読むか


サンアントニオ、2日目(金曜日)も暮れていきます。今日の午後は、いくつかのプラマイデータが発表されました。プラマイデータとは、ポジティブデータとは言えないが、かといって額面上は、ネガティブとも言えない、というようなデータのことを指します(渡辺造語)。これをどう解釈するか、そして、それを日常診療にどう活用するか、というところはEBMのstep 3(徹底的吟味)、step 4(目前の患者への応用)と、まさに同じことです。徹底的吟味は、有意差があったか、なかったかということも大切ですが、差の大きさがどの程度か、実際に日常診療で使用する際に、患者側の経験する「ハーム」はどの程度か、というバランス感覚も大切となります、2日目の午後の演題をざっとレビューしてみましょう。

① finXX試験は、おなじみFINHER trialで一世風靡したDr.Joensuuの発表である。腋窩リンパ節転移陽性か、陰性でも腫瘍系が2cm以上またはプロゲステロン受容体が陰性の1500症例を対象に、ドセタキセル(80mg/m²) x 4 (3週ごと) → CEF(600/m²: 75/m²:600/m²)x 4 (3週ごと)対照治療とし、試験治療には、ドセタキセル(60mg/m² on day 1) +capecitabine(1800mg/m²/day: days 1-15) x 4 (3週ごと)→ CE(600/m²: 75/m² on day 1)x 4 (3週ごと)+capecitabine(1800mg/m²/day: days 1-15) x 4 (3週ごと)とのランダム化比較試験。とまり、前半ではdocetaxelの量を80から60にへらし、後半ではCEFのFを、capecitabineに置き換えたレジメンを試験治療とした。2008年のサンアントニオで、3年時点でも解析が報告され、PFSはハザード比0.66(95%信頼区間0·47—0·92; p=0·020)で、capecitabineを加えた方がよかった。今回は5年追跡の結果が発表されたが、PFSはハザード比0.79(95%信頼区間0·60—1.04; p=0·087)と、統計学的有意水準を超えてしまった。つまり、偶然の結果でもこの程度の差は、100回に8回は起こりえますよ、ということになった。5%未満という場合は、偶然の観察でも100回に5回(20回に1回)はおこるということだから、大した違いはないじゃん、という感じもするかもしれない。しかし、観察期間をだんだん長くとっていくうちに、差はどんどん小さくなっていって、結果的には差が全くない、ということにもなりかねない。2012年の8月に三回目の解析を行う予定だそうだ。いずれにしても、PFSもOSもほとんど無視できるような差はあるが、その代償として、口内炎とか、手足症候群とかの副作用を経験し、また、お金もかかる。医師の立場からみると、点滴伝票1枚で済むところが、さらに、内服処方もしなくてはいけない、コンプライアンスも確認しなくてはならない、など、外来での用事が増える。などなど、もろもろのことを考えると、身内に虫害の社員がいない限り、このデータでは、術後治療にカペシタビンを使うのは、ちょっとやめとこう、ということになる。

② 次は、PARP1阻害剤の発表でこれまた一世を風靡した、Dr. Joice Oshaunessiによる、USOncologyの試験。腋窩リンパ節転移陽性か、陰性でも腫瘍系が2cm以上またはプロゲステロン受容体が陰性の2611症例を対象に、AC(60/m²:600/m²)x 4 (3週ごと) →ドセタキセル(100mg/m² on day 1)x 4 (3週ごと)を対照治療として、試験治療は、対照治療のドセタキセルの部分で、ドセタキセル量を75に減量、capecitabine825mg/m², day1-14, 3週毎)を加えたレジメンである。この結果、プライマリーエンドポイントであるDFSでは、ハザード比0.84(95%信頼区間0·67—1.05; p=0.125)と、有意な差は見られなかった。しかし、OSで、ハザード比0.68(95%信頼区間0·51—0.92; p=0·011)と有意差が認められた。USOncologyは、データマネージメントが雑であるとか、臨床試験に手慣れていない、community oncologistsが多数参加しているとか、言われることがある。まるちなぴかとも、いつか、学会での質問で、Steven Jonesに、お前は雑だ、みたいなことを言ったのをきいたことがある。試験の管理が雑だと、再発の検査もあまりしっかりやらないとか、再発をきちんとドキュメント化できない、ということもある。しかし、死亡日というのは、もっともハードな指標と言われており、観察の仕方とか、でそんなに変わるものではない。もっとも、足立区の152歳の男性の例もあるので、一概にそうともいえないが、それはおいといて、だから、OSに差が出た、というのもあながち間違いではないかもしれない。しかし、DFSをきちんと見ることのできないような試験組織が行ったデータは、丸ごと信じるわけにもいかない。まるちなぴけとのいうことも真実かもしれぬ。

FinXXでは、サブセット解析で、トりプルネガティブ(三陰)で差があったって、言うじゃない。でも、理屈から考えて、capecitabineは、5FUの前駆体なわけで、点滴の5FUを経口に変えただけだし、docetaxelの量も少ないわけだし、それだけで、三陰乳癌に立ち向かえるものなのか、どなたか教えてください。

FinXXの発表のあと、Vogel New Yorkが、ズバリ本質をついた。「すばらしいデータだ。解析も申し分ない。ひとつ聞きたいが、お前さん、次はどうするんだい? 三陰乳癌だけを対象に、この結果を確認する試験をやるとでも言うのかい? 何年待てばいいんだ、え~?」。そうだよね。あと日本的視点に立つと、経口フッ化ピリミジンは、もっと長く服用しないとだめだ、という意見もある。しかし、毒性のある内服薬を長期間にわたって内服させることは、impossible in US と、Hymann Massが言っていた。おっと、これは、アメリカ人特殊論なのかしら。そんなこんなで、ポジティブのようでポジティブでない、ネガティブのようでネガティブでもない、という結果についてはQOLとか、コスト解析とかを経て、総合的に患者にどのような、どの程度のベネフィット/ハームをもたらすか、を考えなくてはならない。

投稿者: 渡辺 亨

腫瘍内科医の第一人者と言われて久しい。一番いいがん治療を多くの人に届けるにはどうしたらいいのか。郷里浜松を拠点に、ひとり言なのか、ぼやきなのか、読んでますよと言われると肩に力が入るのでああそうですか、程度のごあいさつを。

“プラマイデータをどう読むか” への 1 件のフィードバック

  1. いつも楽しみに読ませていただいてます。
    乳がんホルモン治療中の患者です。
    「遺伝子型によるタモキシフェン有効性の差なし」
    「補助療法のビスフォスフォネート無効(AZURE試験)」
    というのが出たと聞いたのですが・・・。
    渡辺先生のご見解を伺えたらな・・・と思っています。

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