朝日新聞連載第3回 吐き気がつらかった時代


1987年9月、4年間の米国留学から帰国し、東京築地の国立がんセンター病院内科に医員として採用されました。一番下っ端の医師として、外来、入院患者さんの診療や、研究所でのがん細胞を使った研究に携わりながら、腫瘍内科医としての研鑽を積んだのでした。当時、入院患者の半分以上は、抗がん剤治療のための入院でした。使用する抗がん剤はシスプラチン、アドリアマイシンなど、肺がん、乳がん、卵巣がん、食道がん、胃がん、リンパ腫など、多くのがんの治療に現在でも使用されている薬剤の点滴です。効果があるから使うのですが、これらの薬剤は吐き気、嘔吐が強いという欠点があります。そのため、患者さんは数日間入院し抗がん剤治療を受けていました。点滴した日の夜から2-3日、吐き気が続き、中には洗面器を抱えて続けざまに嘔吐する患者さんもいました。我々の仕事は吐き気を抑え、脱水予防のため、連日点滴内容を工夫することでしたが、当時使用されていた吐き気止め薬はほとんど無力で、昼に夜に病棟の看護婦さんから「○○さん、吐いてます。」という連絡を受けるのですが、自然に吐き気が抜けるまでの1週間ぐらい、とにかく患者さんを励ますことしかできませんでした。患者さんはやっと退院しても、2週間ぐらいしてまた次の点滴のための入院となりますが、前回のいやな思い出がよみがえり、点滴する前から嘔吐する方もいます。これは、ちょうど、遠足の前にバスの排気ガスのにおいで気分が悪くなる子供と同じです。このような嘔吐を「予期(よき)嘔吐」と呼びます。点滴後24時間以内の嘔吐を「急性嘔吐」、それ以降を「遅延性(ちえんせい)嘔吐」と呼びます。このように、抗がん剤というと「吐き気が強くてつらい」というイメージを持っている方は多いと思います。しかし、とても効果のある吐き気止めが登場した1992年頃を境にこのイメージは大きく変わったのでした。

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投稿者: 渡辺 亨

腫瘍内科医の第一人者と言われて久しい。一番いいがん治療を多くの人に届けるにはどうしたらいいのか。郷里浜松を拠点に、ひとり言なのか、ぼやきなのか、読んでますよと言われると肩に力が入るのでああそうですか、程度のごあいさつを。

“朝日新聞連載第3回 吐き気がつらかった時代” への 1 件のフィードバック

  1. 松田病院の看護師伊藤と申します。当院でも化学療法による副作用の一つとして、嘔気対策には力を入れておりますが、最近予期性嘔吐がカンファレンスで話題にあがっています。予期性嘔吐の対応策として実際されている事を、もしよろしければ教えていただけませんか?
    嘔吐、嘔気の経験をさせないこと、心理的な不安や性格的なものの背景、リラクゼーション療法などのほか、ワイパックスやノバミン、デパスなどの使用があるのでしょうか?また、使用されて効果はどのくらいでしょうか?当院ではまだ予期性のものにたいして、内服での使用がありません。

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