「がん治療 迷いのススメ - セカンドオピニオン活用術」の はじめに の部分をどうぞ
今、この本を手にとって、お読みになっているあなたは、きっとがんのことで悩んだり、迷ったりされている方だろうと思います。ご自分が、ご家族が、あるいは親しいお友達が、がんと診断された方かもしれません。がんという診断が、まだ、信じられない方、これから受ける治療を自分で決めるように言われて困惑している方、現在の治療をやめたいと思っている方、など、状況は、様々だと思います。いろいろな病気のなかで、がんだけが特別な病気というわけではありませんが、なぜか、がんという病気には、暗くて思いイメージが伴います。
その理由は、がんは治らない病気である、がんになったら、もう今まで通りの生活ができなくなってしまうのではないか、治療は辛いに決まっている、などという認識が強すぎることがあげられると思います。しかし、そのような話は20年も前の認識で、今は、かなり状況が変わっています。がんやがん治療に関する一般的な知識は、2009年に発行した「がんになったらすぐ読む本」(朝日文庫)に、腫瘍内科医の視点で、かなり詳しく分かりやすく書いたつもりです。よろしかったらご一読下さい。
でも、あなたがすぐにでも、お知りになりたいことは、一般的な話ではなく、ご自分の、ご家族の、あるいは親しいお友達のがんに対して、具体的にどのような治療が一番いいのだろうか、これから先、病気はどうなっていくのだろうか、世の中には、どこか探せば、もっとよい治療や病院があるのではないかなど、個別で具体的な情報や助言なのではないでしょうか。
残念ながら、本書ではすべての読者の個別の状況に対して、正しい助言や方針をお話することはできません。それができるのは、ひとりひとりの患者さんの病状を一番よく把握しているはずの主治医だけなのです。そのような信頼できる主治医に巡り合うことが、安心できるがん診療の第一歩であると思います。ところが、問題は、信頼できる主治医がどこにもいないという患者さんがいることです。しかも、がん難民ということばで表現され、社会問題となるほど多くの患者さんが、主治医との良い関係を持てず、行き場のない状態になり、不安とおそれの中で暮らしているのです。
本書のテーマは、がんに罹った患者さんが、自分にあう良い主治医に出会い、安心して治療を受けられるように、お手伝いすることです。20年前とは状況が変わったとは言え、がんは、やはり深刻な病気ですから、治療は、心の平穏を保ち、安心して、受けたいと誰もが願うはずです。しかし、主治医の説明が理解できない、納得ができないというような場合はどうしたらよいのでしょうか。説明もしてくれない、ということも現実にはあるのですが、我慢して、治療を受けなければいけないのでしょうか。このような問題を解決する方策のひとつとして、本書では、第三章でセカンドオピニオンに焦点を絞りました。セカンドオピニオンをうまく利用することによって、自分が納得のできるがん治療を受ける糸口が見つかるはずです。
国立がんセンター中央病院での腫瘍内科医としての20数年の経験を基盤として、生まれ故郷である静岡県浜松市に、浜松オンコロジーセンターを開設して5年半、外来化学療法、がん治療に関するセカンドオピニオン提供、そして在宅がん治療を三本の柱として、「街角がん診療」を実践しています。週1回、東京お茶の水の杏雲堂病院でも、腫瘍内科外来を担当しています。また、月1回、青森県立中央病院でも外来診療を行っています。浜松、東京、青森と、全く異なった地域、医療機関で、がん治療を実践してみて、分かったことは、地方も中央も、都会も田舎も関係なく、がん患者との良いコミュニケーションを確立することが、何より大切な、初めの一歩であるということです。そのために、医師はプロフェッショナルとしての研鑽を積み、日々の努力を惜しんではならないのです。
「迷いのススメ」という本書のタイトルの意味は、「最初に、多少の時間をかけ、あれこれ迷って、納得のいく治療を求めることが重要です。」というメッセージをお伝えしたいからです。確かに、現在のがん診療には、多くの問題があり、それが、直接患者さんの好ましくない影響を与えています。第1章に、好ましくない影響の実例をあげたのは、だれしもが陥りやすい問題として警鐘を鳴らすのが目的です。そして、具体的な患者さんの事例を第2章にあげました。個人が特定できないように、多少、状況を変えてあります。ここでは「注意しないと、こんなにひどい事にもなりかねないですよ」ということをお伝えしたつもりです。
「患者の知る権利」と「医師の説明義務」が、過剰に強調されるあまり、本来、あるべき患者-医師関係が失われる可能性があります。また、医療崩壊の結果、大病院では限界を超えた業務量に加え、行き過ぎた手続き主義が、診療効率を低下させています。一方、個人開業診療所は、社会保障としてのがん医療の一翼を担うだけの機能と責任を持ち合わせていません。この状況を改善するため、高機能診療所構想を提案するなど、第四章では、これからのがん診療のあるべき姿について、前向きに考えてみました。
腫瘍内科医としての30年の経験のなかで体得したこと、失敗と反省を糧に学習したこと、そして、なによりも患者さんたちから学んだことが、本書を執筆するための直接、間接の材料となっています。また、駆け出しの医師の頃から現在まで、ご指導頂いている阿部薫先生(国立がん研究センター名誉総長)、海老原敏先生(杏雲堂病院院長)および吉田茂昭先生(青森県立中央病院院長)との巡り合いがなかったら、私の腫瘍内科医としての経験は、ここまで充実してはいなかったと思います。また、世の中に少しだけ役立っている医師としての私をはぐくんでくれた、父、渡辺登(2008年他界)と母、渡辺千江子に感謝するとともに、紆余曲折の人生を共に歩んでくれている妻、妙子にもお礼を伝えたいと思います。
では、読者のみなさん、迷うことをおそれず、納得のいくまで、よいがん医療を求めてください。そうすれば、安心と平穏が得られるに違いありません。
2011年1月
渡辺 亨