自粛の意味不明


ザンクトガレン会議は土曜日のお昼で終了する。翌日朝のフライトで日本に帰国する参加者が多いので土曜日の午後のレビュー会議を行うのが恒例となっていた。これは1998年の第6回から毎回開催してきた。手術、抗癌剤、ホルモン療法、ターゲット療法など、領域毎に分かれてワーキンググループのようにしてポイントをまとめたり、毎回、いろいろな工夫を凝らしてきた。参加してくれている先生方には「土曜日のあの会があるから知識を整理出来る」と、いつも好評であったしいろいろな話題で徹底的なディスカッションが展開される確かに勉強にもなる。数回前までは製薬企業がそれぞれの思惑で別々に開始し別々に参加者を集めていた。中には途中までA社の会にでて途中からB社の会に、と言うように、内容よりも渡世の義理を重視する先生もいるがそれはそれで、いいんじゃなぁ~い。でも私は、そりゃあおかしいんじゃあないの、各社で協力して中身を重視してやればいいじゃん、と、いつも提案してきた。その甲斐あってか数回前から、B社とC社の共同開催と言うような形が取り入れられたがA社はまだ別にと言うことでいろいろな義理があってのこと、関西の義理と仁義は関東には通じないといようなローカルカルチャーギャップの話なのか、ザンクトガレンはもともと弊社の本社がバックアップしてきたものですから、という、ヨーロッパの義理と仁義はアメリカには通じないといようなグローバルカルチャーギャップの話なのか、よくわからないが、とにかく微妙な雰囲気の中で、巧妙な計画の下に整然と誘導され参加者は当然のごとくA社からB社へ、そしてC社へと移動するのであった。それでも、そりゃあおかしいし、第一、時間の無駄であろうから、全部まとめてやったらどうなのよ、と提案を続けてきた。それが実ってか、今回は三社が共催して開催と言うことになった。しかし準備プロセスはぎくしゃくしており、各社のエゴがコンフリクトして、本当にやる気あんのか、という感じだったが傍観していた。要はリーダーがいないのである。各社がラッキョウの皮むきみたいで芯がないし責任者の顔も見えてこない。日頃から対立関係にある同業企業間で真の協力は金輪際不可能であることを痛切に実感した。それでも、多少助言して、せっかくやるんだから変な風に分けずにみんなでとことん討議が出来るようにしたらいい、とプログラム策定の相談に乗ったり討議が大切だからという視点を明確にすることにして出発前日を迎えた。ところが、震災で、多くの学会が開催見送り、延期ということになった。それは、震災のさなか、とりあえず勉強は後にして困っている人を助けよう、ということで動ける人たちは震災地域に救援に行ったりしている。それがいつの間にか学会や勉強会を取りやめることに「自粛」という言葉が使われるようになった。自粛とは、自分で自分の行いをつつしむことで、「自粛を促す」とか「報道を自粛する」とか、不適切な事をする状況について使用される言葉である。ザンクトガレンで三社合同のレビューミーティングを「自粛します」という案内が配られた。なんで、自粛? なにを慎まなくちゃいけないの? 何か、俺たち悪いこと、恥ずかしいことしてるの? 誰かに迷惑かけた? べつにドンチャン騒ぎするわけじゃあないんだけどなんで?という感じ。レビューミーティングが中止になったことを受けて、多くの先生から「あの会が楽しみで毎回来ているのに何で中止なの?」とか、「ぐちゃぐちゃでよくわからないから土曜日の午後の会でまた、教えてください? えっ、あの会ないんですか? え~、どうしてですか?」など、心の底から勉強しよう、つまりIntention to Study(ITS)の先生方はとても残念という結果であり、中止で申し訳ありません、と思う。しかし、どうも企業は、ああいう会を開催することがどことなく不謹慎、不適切、不条理という感じがあるらしい。それは基本にIntention to Mouketai(ITM)という心根があり、だから「このご時世にITMはまずい」ということで自粛ということばが自然に(Oh It’s natural!) 出てくるのではないかとおもわれる。また、今回、三社共催という呉越同舟プログラムは所詮無理があり、渡りに船、とばかりにそうそうに「自粛せざるを得ません」としたり顔でややこしい問題を回避した、という感じもする。それだったらそれでいい、わかった。ならば、ITMに基づくしゃんしゃん大会、今世紀中の開催はすべて見合わせるよう自粛することを強く推奨する(グレードAAA)、しゃんしゃんしゃん。

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投稿者: 渡辺 亨

腫瘍内科医の第一人者と言われて久しい。一番いいがん治療を多くの人に届けるにはどうしたらいいのか。郷里浜松を拠点に、ひとり言なのか、ぼやきなのか、読んでますよと言われると肩に力が入るのでああそうですか、程度のごあいさつを。

“自粛の意味不明” への 2 件のフィードバック

  1. こんな時だからこそ、大いに勉強して、社会貢献しなければ。
    会費とって、全部義援金として、寄付したら良いじゃん。
    勉強して、支援して、出来ることを精一杯やれば良いじゃん。
    勿論、照明等、節約できるところは目一杯節約して。

  2. St.Gallenコンセンサス2011において世界中のオピニオンリーダーの意見が交わされ、世界の乳癌診療に大きく影響するものと予想されます。世界の何処かで如何に震災、紛争があろうとがん患者さんは減ることなく日々戦い続けている訳ですし、それは我々が被災地で援助や医療を行う事と併行して進むことはあっても、決して置き換えられるものではないはずです。
    様々な事情を調整し参加頂いた先生方が十分な意見交換が出来ないこと、これは自粛よりむしろ損害です。私が逆の立場でしたら「参加できない先生方の分も十分に理解したい」と考えていると想像できます。
    被災地の乳癌専門医の願いとして負い目感じることなく是非TV講座や日本版コンセンサス会議等開催頂き、ご教示ください m(__)m

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