がん患者にとっても、がん診療に従事する医療者にとっても、がんの告知はたいへん重いものです。昔は「がんを告知すべきか、すべきでないか」ということが、学会でも議論になり、「日本人は宗教的基盤が弱く、告知を受け入れることができないので、欧米のような告知には耐えられない。」という日本人特殊論を主張する外科医もいました。私が国立がんセンター病院のレジデント(住み込み研修医師)として札幌から東京に赴任した1982年、院内の勉強会で、「札幌にいるときに、肺がんの患者さんに肺化膿症と、胃がんの患者さんには胃潰瘍と言って、抗がん剤治療をしていました。」と発言したところ、看護婦長に「どこでもそうね。でも、この勉強会では、そういうやり方をしないようにするには、どうすればいいのかを考えているのですよ。」と言われました。また、かつては「ムンテラ」という言葉が当たり前のように使われていました。これはドイツ語で口を意味するムントと治療を意味するテラピーをつなげたムントテラピーという和製ドイツ語の短縮形です。ムンテラという言葉には、うその病名を告げるなど、相手を適当に言いくるめるというような語感が含まれているため、好ましい言葉ではありません。国立がんセンター病院で「がん告知マニュアル」が作成されましたのは1997年でした。そのまえがきには、「がん告知に関して、現在は、特にがん専門病院では「告げるか、告げないか」という議論をする段階ではもはやなく、「如何に事実を伝え、その後どのように患者に対応し援助していくか」という告知の質を考えていく時期にきているといえる。」と書かれています。さらに事実をありのままに話すという名目のもとに、ただ機械的に告知することの問題も提起し、告知する医療者の基本的心構えや、告知後の患者の精神面に対する配慮などに着目し、がん告知を、医療者が習得すべき技術としてマニュアルが公表されたのでした。