がん治療が正しく行われるには、病理診断は大変重要です。病理診断とは、がんなのか、がんではないのか、がんだとすれば、たちの悪いがんなのか、よいがんなのかを、顕微鏡に映るがんの姿を見て診断するのです。最近では、薬物が効きそうか、ということも診断できるようになってきました。それほど重要な病理診断ですが、同時に、病理診断医の技量の差も大きく、また、主観に左右されやすい領域でもあります。また、かつては、学派によって診断が異なるという場合もありました。
CMFとテガフール・ウラシル配合薬のランダム化比較試験は日本全国約五十の病院で行なうことになっていたため、対象となる乳がん患者を適切に選択するためには、病理診断が正しく行われる必要がありました。病院によって、地域によって、対象となる患者が異なっているようだと、得られた結果を正しく解釈できないということにもなりかねないのです。そのため、臨床試験開始の1年半前に病理部会を組織しました。定期的に行われた会議では、試験に参加する五十病院の病理診断学の先生に、毎回、数十枚の顕微鏡写真スライドを全員同時に見てもらい、たちの悪いがん、ふつうのがん、よいがん、を診断する基準を作成してもらいました。病理診断の専門家の集まりといえども、最初のうちは、診断がなかなか一致しません。同じスライドを見て、たちの悪いがんという答えと、ふつうのがんという答えが、半々ということもありました。会を重ねていくうちに、一致率は次第に向上していきましたが、どうしても主観に左右されるところがあり、完全一致というところまではいきません。そのため、臨床試験では、各病院の病理診断医に診断してもらったものを、あとで、3名がもう一度見直して確認する、という方法をとりました。この時作成した乳がん病理診断基準は、今では教科書にも載っています。当時、ご協力頂いた 病理診断医の先生方には感謝しています。