がんの標準治療とは、臨床試験で副作用と効果が確認された治療であり、現時点での最善治療を指します。遠隔転移のある患者に対して医師は「標準治療をしっかり行ない、今、得られる最善の効果をめざしましょう。」と説明し、症状緩和、症状予防、延命を目標とした治療計画を立てます。医師は「できる事は精一杯やりましょう」という気持ちを冷静に表現しているつもりで言っているのですが、患者側は「標準治療のような並の治療ではなく、上、特上の治療で、がんを完全に治してほしい」と思っているということもあるようです。
医師は、今のところ、とか、現時点では、という表現をよく使います。その理由は、世界中で行なわれている臨床試験の結果が毎月のように発表され、治療は常に進歩している、ということを念頭に置いているからです。あるとき「今のところ、ということは、すぐ悪くなるということですか」と患者から質問されたことがありました。それ以来私は、期間を限定するような表現はなるべく使わないようにしています。
抗がん剤治療により肝臓への遠隔転移がCT検査などでも見えなくなってしまう事はよくあります。がんの固まりが消えることは、延命につながることであり、患者にとっても医師にとってもうれしいことです。しかし治療経験豊富な医師は、「一時的に消えても、また、どこかにぶり返してくる。そうしたら、また治療を変更しなくてならない。」ことを踏まえて次の治療の設計図を描いています。友人医師が乳がん肝転移の患者に「標準治療を行なう、寿命は3年、治ることはない」という趣旨の説明をしたところ、父親が特上の治療で娘のがんを治してほしい、とセカンドオピニオンを求めて他のクリニックに行き、そこで7割の人でがんは消えると聞き転院したそうです。がんは消えるけどまたぶり返すということは、きっと説明されなかったのでしょう。ひょっとしたらその医師も誤解しているのかもしれません。