市民公開講座の休憩時間にYさんのご主人から「ちょっといいでしょうか。家内なんですけど、一年前にA病院で乳がんの手術を受け抗がん剤治療をしたけどすぐに肺に転移が出ましてね、先生のところで診てもらえませんか。」と声をかけられました。限られた時間でしたので「構いませんよ、担当の先生に診療情報提供書を書いてもらってください。」と答えました。こういう場合、薬物療法なら当院が専門ですし、こちらとしては転院を断ることはしません。ただ、手術前後の検査結果、今までの治療内容をまとめた担当医師からの診療情報提供書とMRIやCTなどの画像診断の情報が必要です。翌日、Yさんが当院を受診、昨日の今日ですから当然、診療情報提供書は持っていません。ご主人は、思い立ったらすぐに行動する猪突猛進型で診察室に入るなり「今日から治療をお願いします。」とYさんもいっしょに頭をさげました。しかし、情報もないので今日からというわけにはいきません。A病院の担当医に手紙を書いて情報提供を依頼、先方も快く対応してくれたので、一週間後から治療を開始しました。効果と副作用をみながら、抗がん剤を一剤づつ順番に使って治療を行い、肺転移による息苦しさや咳もおさまり、Yさんは友人と温泉旅行や歌舞伎見物にも行ける日々を送っていました。三年が経ち、抗がん剤治療もそろそろ使えるものがなくなり、痛みのある骨転移には放射線治療を行い、痛み止めを飲みながら症状緩和を主体とした治療に移る時期になりました。ある夜、Yさんのご主人から「C病院に放射線の新しい機械があると聞いたので電話したら、主治医の了解を取るよう言われました」と電話がありました。翌日、C病院の先生から「Yさんが受診し今日から放射線治療をと言っていますが・・」と連絡があり、急いで診療情報提供書を送りました。我々医師は患者の求めには精一杯応じますよ、でも患者、家族も常識的な対応をしてくれないと困ります。