人生の最期を支える


私はがん治療医として数百人の患者の最期を看取ってきました。死亡を確認し家族に臨終を告げるのですが、病室では家族の深い悲しみに圧倒されながらも、死にゆく患者の尊厳を保ち、家族に穏やかで暖かい思い出が残るよう配慮するのも医師の仕事であることを学び、看取りは医療であると同時に法に定められた職務でもあり、また厳粛な手順であることも習得しました。浜松で街角がん診療を開設して十年、自宅やホスピスで亡くなることを希望した患者、家族に安心して最期の時を迎えてもらえるよう調整する仕事も続けています。Oさんは総合病院で乳がんが転移した状態で診断され、当院で通院治療を開始しました。家族に迷惑をかけては申し訳ないからと、Oさんは毎週ひとりでとなり町から電車に乗って一時間かけて通院して来ました。まだ元気なうちは通院も楽しいですとおっしゃっていましたし、町内会活動や婦人会の旅行などにも積極的に参加するよう私も勧めていたので、家族はOさんの病状を正しく理解できていなかったようです。痛みや息苦しさがでてきた頃に、孫を預かるのも辛くなったOさんは息子夫婦に「だいぶ辛いので少し助けてね」と伝えました。しかし、息子からは「お母さん、弱音を吐かずに頑張ってね」と本人とっては不本意な返事が返ってきたのでした。その話を看護師が点滴中に聞きだし、本人、夫、息子夫婦と我々医療者との面談を設定、私から家族にOさんの病状を説明し助力を求めました。それからは夫も受診の際には電車で同行して来ました。ある日Oさんは診察室で「自分は住み慣れた自宅で死にたい」と言いました。本人の明確な意思表示は夫もうろたえるほどでしたが、我々は即座に対応することにしました。看護師から自宅近くの訪問看護ステーションに連絡し近所の診療所の先生に往診を依頼しました。2週間後、息子から、本人の希望通りの最期を迎えることができ家族も感謝しているとの連絡がありました。

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投稿者: 渡辺 亨

腫瘍内科医の第一人者と言われて久しい。一番いいがん治療を多くの人に届けるにはどうしたらいいのか。郷里浜松を拠点に、ひとり言なのか、ぼやきなのか、読んでますよと言われると肩に力が入るのでああそうですか、程度のごあいさつを。

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