三つの定年


年賀状を受け取ると1年ぶりの消息が伝わってきます。ご家族から喪中の連絡を頂く事もあれば、定年を迎えます、体調不良です、元気です、など様々な人生に、しかも昔からよく知った人の歩みに触れ、いろいろなことを考える年始であります。勤務者は60歳前後で社会的定年を迎えます。55歳から65歳の範囲に社会的定年が設定されているのはご存知のとおりで、大学、会社、病院、お役所など、それぞれに意味があって社会的定年が決まっていますが、肩たたきとか、出向とか、いろいろな仕組みで、能力、人脈力に合わせた社会的定年調整も行われますね。これが第一の定年です。第三は、人生の定年で要するにこの世を去るときです。その先がどうなっているかはこの世にいる間は憶測の域をでませんが、輪廻とか、神の国とか、千の風とか、宗教や文化により、いろいろな可能性があるらしい。第一の定年は、所属している組織、社会が決める事、また、第三の定年は、神様なりがきめること、いずれも自分で決める事は、ふつうはできません。問題は第二の定年です。そろそろ、好きな旅行を、長年無理をかけた女房といっしょに楽しみます、という感じで、第二の定年を自らが前向きに決定するという便りも多くあります。が、年賀状の中に、まだまだ現役で頑張ります!!(80歳代の医師)、とか、第一の定年のあと、第二、第二の職業を「卒業」し、第三の職業につきます、といって、検診関係の仕事に従事しますという70歳代後半の医師からの便りもありました。第二の定年を物ともせず、それを突破している方々に対しては、お元気でいいですね、という反応が当たり障りがないものでしょうけど、第二の定年は、自分から言い出さないと他人は決めてくれません。あちこちで、90歳に達するような、時には100歳を超えたような「妖怪人間」がいつまでも「理事長」とか「会長」とか現役で「頑張っている」。頑張らなくてもいいのに頑張っている。通常、加齢とともに脳の力は衰えます。全くお変わりなく、なんていうことはありえません。そう、見えるだけです。私の父も近くで見ていた私には85歳を過ぎたあたりから、判断がずれてきたのがわかりました。しかし、父を知る人々は、おおせんせいは90すぎてもお元気で、頭もしっかりしていらっしゃいましたね・・、と、思い出話で語ります。私もそうなるように頑張ります、と社交辞令で答えますが、それはしないほうがいい、と思います。第二の定年を決めるのは自分ですから、晩節を汚さぬうちに、身を引き、後進に道を譲る。いつまでもしがみつかない。『「老兵は役を終えても舞台を去らぬ」と言いますが、だれも仕事をしようとしている人を追い出したり、そういう人に対して冷たい態度を取ろうとは思わない。場違いに話の長い人に「もうお時間です!」とかも、いいにくい』んだって。自らをよく吟味して第二の定年の時を決めよっと、と思います、年頭のご挨拶とさせていただきます。

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投稿者: 渡辺 亨

腫瘍内科医の第一人者と言われて久しい。一番いいがん治療を多くの人に届けるにはどうしたらいいのか。郷里浜松を拠点に、ひとり言なのか、ぼやきなのか、読んでますよと言われると肩に力が入るのでああそうですか、程度のごあいさつを。

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