できる!! 街角がん診療 (7)


第二の決断

阿部薫先生は当時、国立がんセンター研究所、病院の内分泌部長として、ホルモン産生腫瘍の研究、乳がんなどのホルモン反応性腫瘍の臨床、そしてレジデント教育など、精力的に活躍されていた。レジデント14期生として採用された私にとっては、折に触れて語られた「国立がんセンターは放牧場だ。好きなところで好きな草を食べなさい。」、「若いうちは寝食を忘れて勉強に没頭しなくてはいけないな。」、「アルバイトなどで青春の貴重な時間を切り売りするようなことはいかがなものかな」などの阿部語録は、第二、第三の座右の銘である。

内分泌部では、恒常性を攪乱するがん、ホルモンや増殖因子などによって調節をうけるがん、などが研究、診療のテーマであり、臓器縦割りではない、生物学的側面から束ねたがん診療の取り組み、すなわち「腫瘍内科学」の真髄をそこで学ぶことが出来た。私の初めての英語論文は、乳がんの転移により副甲状腺が破壊され低カルシウム血症を来して死亡した女性の症例報告である2。(以下次号)

  1. Watanabe T, Adachi I, Kimura S, et al. A case of advanced breast cancer associated with hypocalcemia. Jpn J Clin Oncol 1983; 13(2): 441-8.
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投稿者: 渡辺 亨

腫瘍内科医の第一人者と言われて久しい。一番いいがん治療を多くの人に届けるにはどうしたらいいのか。郷里浜松を拠点に、ひとり言なのか、ぼやきなのか、読んでますよと言われると肩に力が入るのでああそうですか、程度のごあいさつを。

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