ハーセプチンの日本での治験が終了して、学会で第I相試験の結果を発表した頃、つまり1990年台後半ですが、どうしてもハーセプチンを使いたいという若い女性患者がいました。その方は胃がんの肝転移、ある大学の基礎系研究室の秘書さんで、そこの教授が「HER2タンパクを染色したら陽性だったので是非使えないでしょうか。胃がんには効かないのでしょうか?」と、当時私が奉公していた国立がんセンターまで尋ねて来られました。胃がんでもHER2タンパクが染まるという話は当時既に知られていましたし、♪赤い鳥小鳥、なぜなぜ赤い、赤い鳥小鳥、あーかい実を食べた♪、の歌にあるように、胃がんだからこの薬、乳がんだからあの薬、という話ではなく、HER2タンパク陽性ならハーセプチン、赤い鳥なら赤い実と思っていましたので、その教授と一緒にいろいろと考えて見たのです。しかも、おのやくではないので、適応外は認められません、とか、お宅は認定施設ではありません、なーんていうことは、言わずにね(笑い、^0^)。
国内での流通経路はまだ無く、当時のロッシュも親身になって検討してくれましたが、国内に薬がないのでどうにもなりません、ということで、個人輸入の方策をいろいろと検討したのです。そのころは、インターネットがやっと普及し始めたころで、WEBで検索とかホームページは、まだ、あまり普及していませんでした。米国の友人にpharmacyを教えてもらい、電子メールで問い合わせたところ、担当者からの返信は、主治医のcertificate (証明書)、主治医の処方箋を遅れ、金を振り込め、という簡単なものでした。ASCOの会員番号でOKで、処方箋も簡単なものでOK、お金は、間に入るとややこしいので、本人から直接電信で振り込んでもらいました。担当者は、Bob といって、メールはHi. DOC で始まります。それで入手したハーセプチンで肝転移はみるみる縮小して、元気になりました、という連絡があり、その後も、何回か輸入をしたように覚えています。個人輸入は便利な手立てですが、税関通過に数日を要するなど、まだまだ障壁があります。しかし、障壁を撤廃すれば、海外から高い薬を利用者の個人負担で輸入できるわけですから、医療費の削減に貢献するとも言えるでしょう。