Vogel New Yorkとの食事


彼は自らを、恐竜(ダイナソー)に喩える。恐竜のように環境の急減な変化に適応できず滅び行く種族、と言う意味である。Dr. Steven Vogel, サンアントニオ乳がんシンポジウムやASCOに参加した事のある人なら誰でもしっている、青いシャツにチノパン、太鼓腹で少し足を引きずりながら、会場の最前列近くから、マイクの前までゆっくりと歩いてゆき、司会者に当てられると、独特のニューヨーク訛りで、「Vogel New York, Wonderful data、Wonderful presentation…」と、自己紹介をして、演者を賞賛してから、皮肉に富んだ質問をする。1つのセッションで、半分ぐらいの演題で質問をするので名物おじさん的存在、若い女性演者の中には、Dr. Vogelに質問された、わーい、と演壇上で飛び上がって喜ぶ人もいる。

私が、Steveに興味を持ったのは10年以上前のこと、サンアントニオ乳がん学会の会場でたまたま座った席がとなりになり、たびたび、質問に立つSteveにいったいどういう人だろう、興味をもった。雑談をかわし、名刺を交換した。ニューヨークでオンコロジーのクリニックを開業しているというのだ。その後2005年、私も浜松オンコロジーセンターを立ち上げ「街角がん診療:Oncology just around the corner」の取り組みを始め、彼のPrivate Oncology Practiceの取り組みや、学会での積極的な姿に、何か、お手本となる物がないかなとも思ったのだ。毎年の学会で会う度にいろいろな話をして、いつか、日本に講演に来て講演してほしい、と頼んだところ、「自分には講演なんかできないよ。1週間もクリニックを閉めることはできないし」と言われたこともあった。

Clif Hudisが乳がん学会で日本に来たとき、座長をしたので控え室で「今度、Steve Vogelを日本に呼んで講演してもらおうと思うんだけど」と言ったところ、冷ややかに、「Vogel New Yorkはアカデミックなことはしていないから講演なんてできないよ」と言われたことがあった。そのときのClifの発言で、大学とかがんセンターに身を於いていないと「アカデミズムではないから教えることもない」という、いわば、さげすみの、上から目線を感じた。しかしVogel New Yorkは負けていない。彼を通じて、アメリカのPrivate Oncology Practiceの実情を、もし学ぶところがあれば学びたいと思っていた。

今般、KHKが、秋のしゃんしゃん大会の企画について相談にきた。今年の3月頃の話だ。海外から呼ぶとしたらどなたがよろしいか、ということで、くだらない、ありきたりのしゃんしゃん大会ではおもしろく無かろうから、ということで、Vogel New Yorkをお呼びしてみたらどうかと、提案してみた。担当の岡本さんもご存じで、それはおもしろいですね、と乗り気であった。しかし、KHKは、アクセスの方法がない。こちらに確か名刺があるからと、数年前の名刺ファイルから検索してみたらあった。しかし、それにはメールアドレスは書いていない。緊急時の電話連絡番号は書いてあって、もらった名刺は患者用のもの。なのでASCOのDirectory を調べてメールを送ったところ、すぐに返事がきた。 最初は、いったい何を要求されているのか、何を話せばいいのか? 自分なんかで役に立つのか? というような、ややネガティブな反応であった。何回かメールのやりとりで当方の意図を伝え、KHKの岡本さんからの条件提示をしてもらって11月20日に東京での講演が実現することになった。今日は、そういうわけで、心の交流をはかるため、Vogel New Yorkとステーキを食べながら打ち合わせ、楽しいひとときを過ごした。話の中で、今度、スペインにも呼ばれて講演してくるが、作りかけのスライドを見てくれと相談された。彼は、自分がどうしてスペインに呼ばれたのかわからない、というから、なんて頼まれたのか?と聞いたところ、どうしてあんなに沢山の質問ができるのか、って言われた、ということだ。それで、彼が用意した最初のスライドはこれ、と見せてくれたのが、風車に突き進むドンキホーテ、そして風車をさして、これ、何かわかるか? これは、製薬企業だよ、というのだ。そして、アバスチンを発表したMiles Davisとのやりとりも紹介してくれた。それでよくわかったのだけど、Vogel New Yorkの質問は、常に、患者の立場にたって、鋭く、皮肉を込め、演者の考えを聞きただす、ということだ。製薬企業に一人で立ち向かう自分をドンキホーテに喩えているのだ。また、彼をダイナソーにしてしまったのは、アメリカの保健制度のひずみだとも言っていた。よく聞くと、日本とは状況がことなり、真剣にとりくもうとする彼をダイナソー、絶滅危惧種に追いこんだのは、まさにシッコ SiCKOの世界だ。国民皆保険の我が国とは全く状況がことなり、そこには利権、収益に群がる我利我利亡者、保険会社に翻弄されるかわいそうな医師たちの姿が見えた。そんな中で孤軍奮闘するVogel New Yorkは、がん患者にとって、一番大切なこと、それは、「自分のオンコロジーの主治医がいつもいてくれること」と訴える。がんが治っても高血圧や甲状腺疾患、あるいはインフルエンザの予防接種で、私から離れないすばらしい女性が沢山いる、とも言っていた。日本でも、大病院では、受診するたびに担当医師が変わる、診察室の戸を開けたら4月から突然、違う医師が外来に座っていた、なんていう「制度」を盾にとった心のこもっていないチーム医療に泣かされる患者は沢山いる。話を聞いてアメリカの実情からは、街角がん診療は普及しないように感じ、お手本にはなりにくいかな、と思ったが、制度矛楯を指摘しても仕方がない。大切な理念は共有することができた。日本の制度ではむしろ実現しやすい、心の交流を重視した街角がん診療の普及にこれからも努力したいと思う。

投稿者: 渡辺 亨

腫瘍内科医の第一人者と言われて久しい。一番いいがん治療を多くの人に届けるにはどうしたらいいのか。郷里浜松を拠点に、ひとり言なのか、ぼやきなのか、読んでますよと言われると肩に力が入るのでああそうですか、程度のごあいさつを。

“Vogel New Yorkとの食事” への 1 件のフィードバック

  1. KHKってどこですしょうか?できれば、参加したいのですが。

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