アメリカで生活していたときに「yield」(前回ブログ参照)という交通標識が合流地点にあり、それが「徐行」という意味だということが分かりました。日本語の徐行は、道路交通法第二条で「車両等が直ちに停止することができるような速度で進行することをいう。」 と定義されています。つまり、ゆっくり走行するという意味ですが、「yield」を英和辞書で引くと
- 〔農産物や鉱物が〕産出する
- 〔努力や投資によって〕収益が出る、利益が挙がる
- 〔戦いなどで相手に〕降伏する、屈服する
・The younger man yielded to his colleague’s superior knowledge and experience. : その年下の男性は、同僚の優れた知識と経験に屈しました。 - 〔自然の力で〕押し戻される、へこむ
- 〔議論・説得・懇願などに〕折れる、応じる、譲歩する
・I might yield a bit on price. : 価格に関して少し譲歩してもかまいません。 - 〔他のものに〕取って代わられる
- 〔他の車を通すために〕停止する、速度を落とす
という意味で、7番目に速度を落とす、とありますが、他の意味、産出する、収益がでる、と、意味がつながらないように思いました。でも、降伏する、屈服する、譲歩する、という意味と、先に譲る、すなわち、相手を先に行かせるために「ゆっくり走行する」ことが徐行という意味につながることを学びました。
それで、前回の術前化学療法後の病理診断の表記方法ですが「ypT0 ypN0 ycM0 stage 0 」Tは腫瘍を表すTumor、「0」は「なし」を表すゼロ、Nはリンパ節を意味するLymph Node、Mは遠隔転移を表すMetastasis, 「p」はpathologyのp、つまり顕微鏡で見た病理学的診断ということ、それで「y」の意味がこのyieldなのです。yがついているということは、病理診断に外科切除標本が回る前に、別の修飾が加わっているということ、手術が○○に譲歩した、徐行しているうちに何かが先に行われた、という意味。ここにたどり着くまでに何年もかかりました。病理の先生に聞いても分かっている人はいませんでした。「さー、何でしょう?」という答しか帰ってきませんでした。
手術の前に抗がん剤治療をする、つまり、オレが一番偉いと思っている外科医が、控えめな腫瘍内科医に、「どうぞお先に」と、徐行して道を譲って先にやらせてあげる、ということで、あー、なるほどね、と思ったわけです。1990年代には、手術の前に抗がん剤治療をやるなどけしからん、感染症のリスクは高まるし、出血も多くなって手術はやりにくくなる。それに一刻も早く悪い物を取りのぞかなければならないがん患者に3ヶ月も6ヶ月も抗がん剤をやっていて、その間に転移が進んだらいったい誰が責任をとるんだ!!と、それはそれは、怖くて、譲ってくれるなんてみじんも感じさせない外科医が大手をふるっていた時代です。それが今のように、外科医がどうぞ、と、優しく、物わかりよく、術前化学療法が許されるようになったのは、微小転移の考え方、つまり、タンポポの種の存在が明らかになり、触って分かる乳房の腫瘍より、全身に拡がっている目には見えない転移が命取りになるという考え方が定着したからなのです。しかし、今でも、地域によっては、あるいは時代遅れの病院では、術前薬物療法などまったく実施していない所もあります。たとえば、プロレスラーHが治療をうけた病院など。 まるで、未だに縄文時代の生活をしているようなものだな〜と感じます。「お先にどうぞ、患者さんのためには先に全身に効果の及ぶ薬物療法をした方がいいですよね、僕は後からゆっくり手術しますからね、という術前薬物療法が、今度のSt.Gallenでは主役を演じます。そのうち、手術はもう必要なしとなるでしょう。時代の変化を感じますね。外科医も必要ありませんね、おっと、これを言うと痛い目にあうかも・・・