トリプルネガティブ乳がん(Triple Negative Breast Cancer)は、そもそもER(エストロゲン受容体)、PR (プロゲステロン受容体)、HER2の三つが陰性のものをいうので、ホルモン療法、抗HER2療法は効きません。だからと言って何も効かないか、というとそうではなく、術前化学療法の細胞毒性抗がん剤が劇的に効いて、しばしば病理学的完全効果(Pathological Complete Response: pCR)、すなわち手術でとってみたらがんがすべて消えていた、という状態をしばしば経験します。細胞毒性抗がん剤も確かに副作用は強いです。しかし、我々のような熟練した腫瘍内科が行えば、副作用は一時的で必ず回復します。その技は、ガイドラインにのっているような知識でも、お作法の繰り返しの経験でもなく、センスと洞察力を働かせた日々の修練の積み重ねです。抗がん剤が効くTNBCをどうやって見つけるか、同時に、TNBCに効く今までとは異なったあたらしい分子標的薬剤がないだろうか、という方向に我々の努力は向かっています。
抗がん剤が効くような、あるいは特殊な分子標的薬剤が効くようなタイプを、いまTNBCと分類されているなかから見つけ出そう、というのが、今回の発表のうちの「4つの遺伝子の発現状況からTNBCを6病型に分類しよう」という試みです。今後期待しましょう。
TNBCの中には、BRCA遺伝子変異を有するものが少なからずあります。BRCAとは遺伝性乳がん・卵巣がんで問題になる遺伝子で、その遺伝子は、傷ついたDNAを修復する働きがあるのですが、遺伝子に変異がおきると、DNAを修復する力が落ちます。BRCAが働かない場合、傷ついたDNAはPARPという酵素により修理をうけますBRCAが変異している、あるいは働きがおちているときに、PARPがはたらかないと細胞は死滅します。この理屈を活用して、BRCAに変異がある乳がん患者をPARP阻害剤で治療するとがんの修復ができなくてがん細胞が死滅する、という治療法が今、注目されています。
わかりやすく言えば、Boeing787のひとつのエンジンが故障したときに、反対側のエンジンを止めれば、暴走した飛行機は不時着させることができます。しかし、その場合、相当な操縦技術が必要で、そう簡単にいくものではありませ。それが、今回のTNBCセッションの課題の二番目、PARP阻害剤の開発です。また、TNBCの中には、蠅がたかるようにリンパ球ががん細胞のまわりに沢山みられるタイプがあります。昔から病理の先生が腫瘍内浸潤リンパ球として着目してきたことです。ただ、そのようタイプを客観的に見つけること、検査方法の確実性(analytical validity)が乏しく秋山先生の判定と大井先生の判定がことなる、なんてことはざらにあります。とにかく、リンパ球が沢山たかっているということは、山口組事務所を警察ががさ入れするように、一触即発の状態ということです。そこで、免疫チェックポイントを外してしまって、たかっているリンパ球に、「進め−」の進軍ラッパを鳴らしてあげる、あるいは、警察が礼状を出して組事務所にがさ入れにはいる、ということで、ペンブロリズマブ、ニボルマブなどがTNBCの治療に活用できないかというのが三つ目に演題です。この結果は、効く被験者は治癒するぐらいによく効くが、効かない補とは全くきかない、という結果です。森元総理は効く人だったのでああやって、いいんだから悪いんだかわからないけど、活躍しているわけです。新薬の開発、対象症例の絞り込み、治療のマネージメントなど、いずれの側面でも、少し光明が見えてきたようです。