行政特区、岩盤規制、官僚社会、という一連のキーワード。我々の日々の生活と無関係ではない。(事例1)ちょっと買い物をと思い、路地に駐車しといたら駐車違反の紙を貼られてしまった。先日、高速で20km/hオーバーでねずみ取りに引っかかり、このままだと免停になる。よし、友達のお父さんの県警部長に頼んでもみ消してもらおう。(事例2)中学3年生のできの悪い娘。遊んでばかりでタバコ、アルコールは当たり前。お父さんは歯医者さん、それなりの地位がある。このままだと三流高校、すけばん高校にも入れないかもしれない。よし、お父さんの患者の市議会議員に頼んで、市立高校にどうにか合格させてもらおう。こんな小細工を知り合いの警察官僚、地方官僚にお願いしたという話。官僚社会の抜け道で、さもしい、いやしい行為である。倫理意識が多少向上した現代は以前ほどは横行してはいないが、まだまだそれが正しいと思っているソサイエティーは存在する。
江戸幕府以来培われ明治政府で完成した官僚に規制された行政組織の中で、我々は安心・安全な日々を送ることができるが、そこに岩盤のような突破できない不便性、行きすぎた規制と感じる時、悪いことをしないと突破できない、あるいは、官僚による行政の枠を外して自由に、やりたいように、特別な地域をつくり、思い切った改革のモデルをつくろう、ということで、○○特区、というのが提案されて実践されてきた。特区というのはあくまで、モデルとしてやってみて、行きすぎ行政機構によるやりすぎ規制を見直そうというものである。しかし、阿部政権、昭恵夫人、は、立場を利用して、お友達に便宜を計ってしまったため、今回の一連の疑獄事件に至ったのである。第一次阿部政権のときも強行採決をやりまくった。あのときは潰瘍性大腸炎の悪化で、お腹が痛くなって首相を降板した。そのときの失敗に対する反省からではなく、潰瘍性大腸炎のサラゾピリン、ペンタサ、アサコールやリアルダといったメサラジン(5-ASA)系薬剤の進歩のおかげで、再登板の阿部首相は、お腹が痛くならず、強引な政権運営を実現できるようになったのである。今の阿部政権には、「強力なリーダーシップ」と言う表現は当たらず、「身勝手で強引な政権運営」で、多くの国民の心に陰を落としている。お友達とのクラブやバーベキューの写真が世の中に流出、そのお友達のために特別な便宜を図っているだけのはなしで、天下国家を論ずる姿とはほど遠い。アサコールによる体調管理とおばかな昭恵夫人の身勝手な行動に端を発した阿部疑獄の終焉は近いような気がする。「行きすぎた医学の進歩が国を滅ぼす」という國頭英夫くんの名言はここにも当てはまる。改めて、市立高校に裏口入学したすけばんの現在を確認してみた。表向きはハイソな奥様を演じているが、その行動はやはり身勝手で世間知らずのスケバンである。歪めた行政の産物であるが本人、周囲はそれを認識していない。歪曲の末路は必ずやってくる。