サンアントニオ乳がんシンポジウムに来ております。昨日の午前中は抗HER2療法の話がありました。ハーセプチンが登場してから30年ぐらい経ちます。ハーセプチンは、乳がんや胃がん細胞の表面にアンテナのようにぎっしりと林立したHER2タンパクを抽出してネズミくんたちに注射し、ネズミくんが作った「抗体」を人間の体に入れても大丈夫なように「ヒト化」したものです。ハーセプチンはちょうど人間が直立して腕をひろげたような「Y」字形をしています。ハーセプチンの効果の仕組みの一つとして、両方の手でがん細胞表面のHER2タンパクをしっかとつかみ、足でリンパ球などの免疫細胞に結合し「免疫力」でもってがん細胞をやっつけるという仕組みがあります。
- Margetuximab(マージェタキシマブ)は、遺伝子工学の手法でハーセプチンの足の部分を作り替えて免疫細胞との結びつきを強化したもので「スーパーハーセプチン」と呼ばれます。昨日の発表では、ハーセプチンと比べて、効果がちょっとだけ長く続きますよ、ということで、がんが治る、とか、寿命が延びるというところまでは行っていないようです。
- ハーセプチンの効果を増強する飲み薬、Tucatinib(トゥカティニブ)の発表もありました。
- また、ハーセプチンに抗がん剤を結びつけてHER2タンパクが細胞表面にたくさん林立しているがん細胞をピンポイントで攻撃する薬として「カドサイラ」があります。カドサイラに含まれる抗がん剤は、エムタンシンという、かなりマイナーな薬剤ですが、抗がん剤を「deruxtecan(デラクステカン)」に置き換えたものです。小細胞肺癌、非小細胞肺癌、乳癌、皮膚の有棘細胞癌、子宮頸癌、卵巣癌、胃癌、結腸・直腸癌、悪性リンパ腫(非ホジキンリンパ腫)、小児悪性固形腫瘍、膵癌などに広く使われているイリノテカン(商品名:トポテカン)と名前が似ていますが、そうです! イリノテカンを作った第一製薬、現在の第一三共製薬がつくり、HER2タンパクが少ない場合でも効果があるというメリットがあります。
- ハーセプチンと同じように細胞表面のHER2タンパクに結合する薬「パージェタ」が既に市販されていて、再発乳がんではかなり良い効果があるのでよく使われています。初期全身治療としても、手術の前にハーセプチンと合わせて使う場合には腫瘍がみるみる小さくなる効果があります。しかし、先に手術をしてしまって腋窩リンパ節には転移がないという場合、手術後の再発を抑える効果はほとんどないということが、今回も確認されました。世の中は、手術をすぐしましょう、という流れから、まず、全身に効果のある薬を使いましょう、という流れに変わってきたのはこういう状況もあるからです。かつて念仏のように唱えられていた早期発見・早期手術という対応は様々な薬剤の登場により、まず全身治療!に変わりましたね。