羹に懲りて膾を吹くノバルティス


 

「羹りてく(あつものにこりてなますをふく)」とは:

ある失敗に懲りて、必要以上に用心深くなり無意味な心配をすることのたとえ。羹(肉や野菜を煮た熱い汁物)を食べたら、とても熱くて懲りたので、冷たい食べ物である膾(生肉の刺身。では生魚となり誤り)を食べる時にまで息を吹きかけて冷ましてから食べようとしてしまう、という状況を表している。

昨日の多地点カンファレンスでノバルティス(沖縄の営業担当者)から、是非話したいということで45分間にわたりEverolimus(アフィニトール)やOctreotide(サンドスタチン)による「神経内分泌腫瘍」治療のレビューを聞いた。それはそれは素晴らしい話であり、一同感銘を受けた。こうなったいきさつは、前回佐々木御曹司が「『神経内分泌的特性を備える』乳がんに対して、彼の前任施設では、神経内分泌腫瘍の性格を有すると言われる小細胞肺がんと同じように、エトポシド、シスプラチンによる治療をしている」という話をしてくれて、賛否両論、議論が盛り上がったからである。確かに、カルチノイドとか、膵臓、消化管の神経内分泌的性格を有する腫瘍や、間脳下垂体の異常による成長ホルモン過剰産生疾患(末端肥大症、巨人症)でも、サンドスタチンや、その改良型であるソマチュリンが効果を発揮するし、抗がん剤としてはプラチナ、エトポシドなども使用されることがある。だから、類似の性格を有する乳がんの病型に対しては治療戦略かも知れない。そんな状況でのノバルティスからの自発的申し出に対して一同、期待に胸を膨らませたのであった。営業サイドとはいえ、ノバルティス社員としての参画は、おそらく、開発部門、パブリックアフェアーズ部門からも、乳がん治療研究、診療に対する支援の意志表示と捉えたのである。つまり、我々が興味を有する、「神経内分泌的性格を有する乳がんに対する、サンドスタチン、アフィニトール併用の臨床第2相試験」的な研究に対してノバルティス社が何らかの支援をしてくれるのではないか、ということである。45分もの長きに亘る商品説明のような話を聞かされた後、質問してみた。「御社はこの多地点グループの臨床研究を御支援下さるおつもりがおありのことと思いますが如何でしょうか?」と。その返答は「ノバルティスは臨床研究試験は行えない状況です。」とのこと。確かに、降圧剤でデータ改ざんをしたり、研究者になりすまして社員がうその報告をしたり、と、ノバルティスの悪行は許しがたい。しかし、だからといって、何も活動をしない、自分から言い出しておいてノバルティスは臨床試験には関与できないのです、ということでいいのだろうか。悪行は働いてはいけないが、だからといって本来すべき企業活動からも手を引いてしまう、というのはまさに「羮に懲りて膾を吹く」の諺の通り!と思った次第である。

焦点はどこに?


2013年の乳癌学会では、情報・知識・理解を共有というテーマに焦点を当て、主たる3会場に絞り原則プレナリーセッション形式とし、よい一般演題を厳選し最大会場で2000人の聴衆が聴く形とし、ポスターディスカッションは、ディスカッサントの腕前、知恵が発揮されるような構成にしました。海外演者は4人に厳選しmeet the Professor形として、将来性のある研究者が海外留学の足がかりとなるようにface to face の時間を持ってもらえるようにしました。名誉会員の先生方には日中の観光ツアー、夜のディナーパーティーを企画し十分にお楽しみ頂き、現役世代との親睦を深めることができました。いずれの切り口でも、情報・知識・理解の共有が達成されたのでした。さて、今年2015年は・・・と、みると、厳選講演はあるもののパラレルセッションで、はたしてどれだけの聴衆が集まるのやら? さて、無数の海外演者を呼んでいるけど、はたして、どれだけの交流、情報交換が、できるのやら? なにを目指しているのかと、テーマは、ひとりはみんなのために、みんなはひとりとのために、チーム医療を考える? みたいは、どうもフォーカスの絞り切れていないような、ふわふわとした、総花的な、八方美人は八方ブス、のような、予想はしていたものの、あまりにも焦点深度の浅い構成ですが、はたして、どのような味付けになるのか、まあ、良ーく勉強してみましょう。

人を育て人を惹き付ける


2005年5月の連休明けに浜松オンコロジーセンターを開設しました。今年で10周年を迎えます。組織は人なりといいますが、この10年間でいろいろな入れ替わりが有り、入れ替わりながらだんだんとよい人々が集まって来てくれて心身ともに充実したスタッフが揃ってきました。とてもありがたいことだと思います。私の愛読書「原因と結果の法則」(ジェームス・アレン著)では、想い、行動、習慣、人格の連鎖、そしてよい人格を持つ人のもとに人が集まり、集団ができ、よい想いに触発され、さらに連鎖が繋がって行くという伝承の重要性が語られています。よい思いを持ち続けて、それなりによい人の集まりができたと感謝しております。同じ目的を持った人の集まりを「社」といいます。まさに、組織は人なり、人はたからなりです。人の集まりを社団と言います。社団法人とは、つまり、同じこころざし、目的を持った人が集まって、一人の人間のように、まとまりを持って行動し、社会に貢献するものです。人の集まりを構築するには、求心力がなくてはできません。一般社団法人の動きを見ていますと、中心人物に人間的魅力が欠落していれば、求心力は発生しませんから、社団の体裁を保てず、崩壊への道をたどりつつ有るように思います。個人の想い→→→人の集まりという原因と結果の法則が成り立つのです。4月から職場が変わり新たな重責を担う人たち、ストレスもあるでしょうけど、人を育て人を惹き付けることが何よりの基本です。原因=よい想い 結果=社団(人の集まり)の構築 ですね。

夏色のNancyと共に


ドイツ語でWien、発音はヴィーン、英語でVienna、発音はヴィエナ、オーストリアなまりのドイツ語だとWien、の表記で日本語にのウィーンに少しちかい、ウにてんてんではなく、ウにてんぐらいの発音になるそうです。日本語では、Wienを日本語的に読んでウィーンですが、ドナウ川も、ドナウ川(ドナウがわ、ラテン語Danubiusスロヴァキア語Dunajセルボクロアチア語Dunav, ドイツ語: Donau, ハンガリー語 Duna, ブルガリア語: Дунав, ルーマニア語: Dunăre英語フランス語: Danube:ダニューブ)と、ややこしい。それほどに長い歴史と、多くの民族と言語の入り乱れた複雑な地理の地域なんですね。なんで、こんな話をするかというと、今日の朝、羽田発のANA機で早朝にドイツのフランクフルトに到着し、ルフトハンザ機でヴィーン国際空港に。そこからは、パネリストの特権で、お迎えリムジンが用意されており、市街へ移動。同じ時間に到着したNancy Davidsonと一緒で、車内では、前出の発音の話で「That’s intersting. I didn’t know such difference.」ということでした。彼女はヴィエナははじめてだそうです。ちなみに私は2回目、15年前「Docetaxel is effective at a dose of 60 mg/m2」の演題をESMOで発表したことがありました。Nancyにヨーロッパに学会にはあまり来ないの?と聞いたら、very expensiveだし、アメリカにはレベルの高い学会がいくつもあるからね、という返事。そりゃそうだ、そりゃそうだ。また、2016年にDan HayesがASCOの会長をやるね、Breast Peopleは、会長やること多いね、といったらBreast Peopleは結束が固いから、というお答え、要は政治力と、同業者の仲良しこよし会で、日本の乳癌学会と同じだけど、日本ではBreast Peopleが癌治療学会とか癌学会の会長をやることはありません。それは、外科医社会の中で乳がんを専門というと、序列が下から4番目だからです、という話をしたら、Nancyは、That’s intersting.  一方アメリカではASCOの会長をやっているBreast Peopleは、腫瘍内科医であり、腫瘍内科医はグレードが高いからね、というと、Nancyは、I dont deny you. (否定はしないわ)とニヤニヤとしていました。日本では外科医が乳がんのケモをやっているという、絶滅危惧的特殊事情はとてもよくご存知でした。それで、Nancyは2016のAACRの会長は私がするの、と満面の笑みをたたえて言いました。DanがASCO、私がAACR、同じ年にどっちもbreast peopleよ、とのこと、会長をやるっていうことはとても嬉しいことのようです。それとか、20年前、1995年のSt.Gallenの時、Davosのスキー場で会いましたよね、という話をしたら、Yes, I remember that.  などなど、道中、Nacyとは夏色とまでは行きませんが思い出話が尽きなくて、INTI-0101はやっぱり素晴らしい研究でしたね、とか、SOFT/TEXTトライアルは予想したとおりの結果でしたね、といった肝心な話は全然せず、春色のダニューブ河畔を眺めながらの旅でありました。

 

何を言いたいんだかわからない時


St.Gallen2015の内容について京都、名古屋、熊本、東京などで話してほしいという依頼があります。光栄なことで喜んでお引受しました。今までもSt.Gallenの後にはこのような依頼がありまして必ずタイトルは「St.Gallen 20XX」として内容そのものずばりで一番わかりやすいと思うのでなんのためらいもなくそのようにしてきました。この手の講演はこちらが望むと望まざるとにかかわらず製薬企業がスポンサーとなります。参加者(聴衆)もそれは承知で講演はただで聞けるしスポンサーが懇親会の場まで設定してくれます。まあ、そのような風習が浸透しており、勉強は自分の金でするものだ! などとややこしい事をいう人もいないので製薬企業スポンサード講演会というのが当たり前という文化になっています。しかし、私も国家公務員であった時代から全国47都道府県を制覇するほど各地の講演会には出向いて来ましたし、講演料とか交通費は製薬企業のお世話になってきました。それが悪いという文化もありませんでしたし、講演のスライド準備とか、話の内容建てとかは、いつも工夫をして聞いてくれる方々に感謝されるように頑張ってきたので、それなりの報酬をうけとることは知的労働に対する正当なる対価と考えています。そんな姿を北大の加藤ちゃんは揶揄して「空飛ぶ治験屋」と命名してネガティブキャンペーンを張られてしまったのは2002年教授選敗退の年のことでした。そのキャンペーンが正しくなかったことはその後の歴史が物語っているところですが、世の中はそういうものです。それで話を講演タイトル「St.Gallen 2015」に戻します。今年は、TKD社が学会発表された内容を自社の営業に都合のいいように書き換えて講演会で使ったというおちゃめなことをやってくれたので、「学会発表内容を自社製品のプロモーション(販売促進)に使ってはいけない!!というプロモーションコードが製薬協でできて、自らを戒めて深く反省する、ということになりました。そのコードが間違って解釈されているようで「講演会に学会名を入れてはいけない」となったようで「St.Gallen2015」は、まかりならん、ということになったのですね、おかしな話! そのことは後でわかったことですが、打ち合わせの段階で、各社の担当者が入れ替わり立ち代わりやってきて講演のタイトルを「乳がん診療最前線の話題から」とか「世界の標準治療からみた乳がん診療」とか「乳がん標準治療2015」などでいかがでしょうかといってくる、なんか煮え切らない、引きつった笑顔で、うじうじ、もそもそ、へらへらというので「何を言いたいんだかわからないんだけど、St.Gallen2015の話をしてくれというから、そのように、わかりやすいタイトルをつけてなんでだめなの?」と聞いてもわからない、理由を聞いてもわからない、にゃんにゃんにゃにゃん、笑っているばかりのぜねこちゃん♪、という感じなのです。麒麟のお巡りさんから話を聞いて、納得はできないものの理解はできたので、「そんなことは論旨のすり替えではないか! 学会発表の内容を不正に変更して発表した悪行を禁止するのは当然であるが、それと学会発表内容は講演するなとか、学会名の一部をタイトルに入れてはならんという話は、全然、関係ない話ではないのでしょうか?」と担当者諸君に言うと、自分たちもそう思います、とはっきり言います。彼らはまともです。しかし、こころ貧しく品性さもしい製薬企業社員が販売促進を強いられて苦し紛れにやってしまった悪行は「われわを試みに合わせず悪より救い出したまえ」と祈り、悔い改めなければなりません。

3つの定年 パート2


第三の定年(この世との別れ)は通常は自分では決められません。神さまとか仏さまとか、お天道さまとか、それぞれに信じるところが決める、ということになっています。第一の定年、すなわち社会的定年は55才から65才の間にさだめられており、通常、所属する組織に規定で定められていますから、しっかりした組織では、これを自分で変えることはできません。ゆるい組織ではそうでもない場合もあります。第一の定年をそろそろ迎えようという人達が私の周りにはたくさんいます。というか、そういう年齢になった、ということです。その時期になると、これでもか、これでもか、と、権利と勢力を誇示しようと、「教授就任15周年(ほぼ定年)記念パーティー」の案内を1年以上前から配らされている医局長もいます。他の予定は絶対入れるな、出席しない奴は容赦しない、といわんばかりの上司の代行も哀れさを感じます。そのあたりは、ひっそりとやるのがよろしいのでは、と思いますが、権力を誇示し、第二の定年の職場へのきらびやかな移行を誇示したいのだろうと思います。また、もぞもぞと第一の定年後の準備を地味にしている同輩もいます。後継者がすでに着任してしまって押し出されるまでの時間つぶしをしていたり、混乱の中に定年を迎えざるを得ずいつの間にか近くの池にごそごそと歩いて移動するような地道な渡り鳥もいます。この時を迎えて、それぞれが今まで背負ってきた人生が投影される時であり、自らを冷静に吟味する時期でもあると思います。しかし、この時期に私生活も、公生活も乱雑なままになっているとずいぶん大変なように思います。しかし、複雑に絡み合ったしがらみのなかで、もがくのも、自らが作ってきた人生なのでしょう。第一の定年についての考察でした。

残念なコンセプト


「正しい教え方は、生徒に何を覚えるかを教えることではなく、生徒にどのように考えるかを教えることである」そうです。臨床試験の計画もそのように理解しなくてはなりません。CSPOR年会で提案された試験案、どうも胡散臭い。どのような「未解決な問題」「臨床的平衡状態の問題」を対象にどんなデザインの試験で解決するか、ということで、NSASシリーズ01から07まで、そのように計画され、実行され、結果を出してきました。ところが、「どこ企業から寄付をもらうためにどの薬を対象にするか」という、みみっちい、くだらない発想に堕してしまっていませんか。案の定、応援団長の発表が終わったら、ふやけた顔の青二才が、すぐに駆け寄ってきて、ありがとうございますと・・。ああ、なるほどね、フェソロデックスを対象としてどうか、ひとつよろしく、ってことなんだな、と、聞いてガッテン、ためしてガッテンです。まあ、台所事情を考えると、もらい乞食になっても仕方がないかもしれないけど、やっぱり、医学研究者たるもの、与えられしミッションを心得よ! 崇高な理念に燃えよ!と思います。いっかーん!!