鳥なき里のコウモリ


司会: 渡辺先生は、ブログにも書かれているように、全国くまなく講演をされているようですね。そのような地方講演での最大の収穫はなんでしょうか。
 
渡辺: あちこちの地域を尋ねて講演や症例検討会をしていますとね、我が国の癌診療の実態が痛いほど、よくわかってくるんですね。ですから、地方講演というのは、ものすごい勉強になると思います。がん治療の領域で腫瘍内科医が足りないという話は、あちこち、そとこと、さまざまな人が語っているわけですが、では、実態はどうなんだ、腫瘍内科医がいないと何がいけないんだ、という話になると、外科医に対する気兼ねもあってか、あまり、はっきりとした意見を述べる人は少ないですね。遺伝の話では、フェノタイプと、ジェノタイプという区別があって、フェノタイプというのは、表面に現われる形をいい、ジェノタイプというのは、遺伝で規定された、表には出ないけれど子孫に伝わる形を言います。外科医がやっても、腫瘍内科医がやっても、「抗癌剤を点滴する」という行為は同じでも、どのようなエビデンスを心得て薬剤を選択し、どのような副作用が出そうだから、予め手を打っておいて、実際に、副作用がどんな症状として現われた、抗癌剤の効果がどのように現われた、ということについて、何を考え、次の手として何を心の中に用意しておくか、という、表にでない部分では、よく勉強している腫瘍内科医と、そうでない医師とは全然ちがうと思うんですよ。
 
司会: なるほど。渡辺先生も腫瘍内科医として、先生のおっしゃる「そうでない医師」の治療については、昔から、問題を感じていらっしゃったのですか。
 
 
渡辺: 駆け出しの頃は、その違いがわかりませんでしたね。昔、私が国立がんセンターのレジデントだった頃、恩師の阿部薫先生が、乳癌患者の薬物療法についてのカンファレンスを外科・内科で合同でやろうと提案されて、毎月やっていました。当時は、- 今でもそうですが(笑い)、国立がんセンターでは、外科医よりも内科医の方が元気がよく、口も達者でしたから、外科のやっている治療について、内科から、様々な意見、批判がだされ、外科の先生は黙ってしまう、という局面がよくありました。当時は、私は、まだ、まだひよこだったので、ほとんど発言はできませんでした。阿部先生は、常々、「俺たちがやる方が、抗生物質にしても、痛み止めにしても、抗癌剤にしても、補液にしてもうまいんだよな、どこがどうとは言えないけど、内科が診ている患者の方が、回診しても、元気になっていくのがよくわかるんだよな」とおっしゃり、その言葉が、頭の隅に常にひっかかり、腫瘍内科医の臨床的専門性とはなんだろう、とか、外科と内科の違いはなんだろう、というようなことは、ここ20年以上、常に考えている課題ではないでしょうか。
 
 
司会: 20年考えてきてどうなんでしょうか。
 
渡辺: 印象だけでしゃべっていると問題があるので、先日、癌治療学会の「乳癌標準治療の普及」のところで話したことをお話しましょう。浜松オンコロジーセンターを開設する前に、東京のクリニックで、約2年間、オンコロジーセンターを新設し、セカンドオピニオンや、外来化学療法をやっていました。そこには、関東からの患者さんが最も多かったのですが、全国からも癌の患者さんや、患者さんのご家族がお見えになりました。2年間で、294名がセカンドオピニオンを求めて、受診され、そのうち、175名が乳癌の患者さんでした。腫瘍内科医のセカンドオピニオンですので、病理診断や、画像診断に関する相談は含まれていません。175名は、すべて、抗癌剤、ホルモン剤、ハーセプチンなど、薬物療法に関するものでした。相談内容の記録から、これらの患者さんが実際に受けている治療内容を、A1「標準治療を行っており説明も過不足なし」、A2「治療内容は標準的であるが、説明が不十分、不適切である」、B「標準治療からはずれるが許容範囲内である、C「標準治療ではなく推奨できない」、D「標準治療ではなく、患者は明らかな不利益を被っている」の、5段階にわけてみました。その結果は、A1が9%、A2が14%、Bが 35%、Cが27%、Dが14%でした。つまり、標準治療と考えられる治療を受けている患者は、全体の23%、約1/4でした。
 
司会: 標準治療を受けている方は、たった1/4ですか、驚くべき低さですね。
 
渡辺:誤解のないように言っておかなければなりませんが、もちろん、標準治療をうけて、全く問題がなくって、セカンドオピニオンも求めない患者さんも、それなりにいるわけで、けっして1/4程度というわけではないと思います。しかし、この数字は、実際に地方講演で回ってみた感触と大きくは変わらないように思いますね。
 
司会: 現状の問題点は、たいへんよくわかりました。渡辺先生は、このような現状の解決策は何だと思いますか。
 
渡辺: 腫瘍内科医の育成は、確かに重要ですが、現実のニーズをみたす程の数と、質をみたすには、まだまだ、時間がかかると思います。まず、乳腺外科なり、乳腺科として、乳癌診療を専門的に取組む外科医を増やすことだと思います。典型的な、市立病院とか、労災病院とか、日赤病院などの、地方の中核病院では、乳癌手術件数が年間20とか30で、しかも、勤務している外科医3-4人が、てんでばらばらに手術していて、そのまま、いいかげんな薬物療法をやっている病院が多いです。このような病院に対しては、3-4名の外科医のなかで一人、乳癌診療の責任番を決めてくれるよう、お勧めしています。地方の病院では紹介されたりで、他の外科医に手術を依頼する、というのがやりにくい場合もあるらしい。しかし、いくら頼まれたからといって、乳癌診療を専門としない外科医に手術されるよりは、専門家に任せてもらった方が、患者の立場に立ってみれば、いいに決まっています。乳癌の責任番は、手術患者を集約して手術を行う、薬物療法の基本レジメンを決める、他の医師が、乳癌診療に携わる場合でも、症例データベースを把握するなど、その病院での乳癌診療全体を管理する、という役回りをになってほしい。
 
司会:それは現実的な対応ですし、すぐにでも普及しそうな方法ですね。
 
渡辺:そう、私もそう思って推進してきていますが、どうも外科医の中では、乳癌診療を専門とする、ということが、なんだか、恥ずかしい、というか、情けない、というか、そんな気持ちがあるようです。私の同級生の外科医のN君に先月会って、乳癌責任番の話をしたところ「だけどさぁ~、乳癌なんて、手術は簡単で単純だし、薬だってケモとホルモンを適当に組み合わせれば、それでどうにかなっちゃうからさぁ~、専門的にやる人間なんて、よっぽど物好きなやつなんじゃないの」と言っていました。実際、癌の手術の外科医のトレーニングの数年間を、学校教育に喩えるなら、食道癌とか、膵臓癌とかは、難しい手術で、大学院レベル、それが、乳癌は、外科手術の入門編である、アッペ・ヘモ・ヘルニアの次に来る、つまり、小学校三年生クラスという人もいます。こんな具合に、外科医からみると、乳癌診療を専門とする、ということが、今ひとつ、ふっきれないものがある人もいるようなんです。実際は、薬物療法をとってみても、乳癌ほど、知識と経験、そして、エビデンスを尊重する心が必要な領域は他にないと思います。乳癌診療の奥の深さ、難しさを理解してもらうことが大切ですね。
 
司会:最近、先生が「鳥無き里のコウモリ」とおっしゃっているのを聞きました。言い得て妙だと思いましたが、ちょっと解説して頂けませんか。
 
渡辺:え~、はい。こういうことを言うと、また、おしかりを受けるかも知れませんけどね。要するに乳癌診療の専門家がまったくいない地域というのが、日本中、あちこちに存在する、ということです。そのような地域に伺うと、とても信じられないような議論がかわされているのです。乳癌の肝転移を手術で取るとか、肝動注をするとか、俺の経験レベルのエビデンスをお互いに、褒め称えあっている。そして、乳癌の専門でも何でもない外科の教授が、乳癌の勉強会を取り仕切っていて、これまた、わけのわからないまとめ方をしているわけです。○○乳癌懇話会、とか、○○乳腺疾患研究会、とかいう、やつです。こういうのは明らかにおかしいと思う。このような勉強会に参加する若い医師の中には、真剣に勉強しよう、という向上心を持っている人も多少はいるでしょうけど、彼らは、本物の腫瘍内科医の乳癌診療に関するロジックを聞いたことがないから、偽物腫瘍専門医が言うイイカゲンなことを真に受けて、やれ動注だ、やれ、肝切除だ、やれ活性化リンパ球療法だ、と、意味のない医療が行われても、それを見抜けないわけです。そして、ああ、乳癌診療なんて、素人でもできるんだな、と勘違いしてしまうわけですよ。つまり、鳥がいない里では、空を飛ぶものは、鳥もコウモリも区別がつかず、コウモリが鳥になりすまして偉そうなふりをしている、ということ。本物不在の地域をなくすことが大切です。それには、各地域、私は、衆議院の選挙区ぐらいの大きさを一地域と考えればいいとおもいますが、その地域に、乳癌診療のオピニオンリーダーを養成することが急務だと思います。それは、外科医でも内科医でもいいのです。私の地域のリーダーはだれか、という目で、患者さんも考えてみてください。そして、リーダーがはっきりしないとか、偽物が仕切っている、地方の豪族が利権にたかっているような場合、思い切って、斬り~、残念、とやってください。
 
司会;今日は、お忙しいところ、ありがとうございました。
 
 
乳癌診療不毛地帯解消の為の処方箋
腫瘍内科医を育成する:質、数を育成するには時間がかかる

外科医の中で乳癌専門医を育成する

EBMの正しい理解と取り組みを普及させる

地域のオピニオンリーダーを育てる:鳥無き里のコウモリ状態の解消

 
 
 
 

ここでは当たり前


先日といってもだいぶ前になりましたが、旭川に行き、翌日、東京での会議が午前中にあったので旭川から夜中に千歳まで移動しました。真夜中の千歳空港、タクシーをおりて驚いたこと、それは、たくさんのイチイの木です。100本それとも200本あるでしょうか、半円形の空港ビルに沿って1m間隔でずらりと植えられたイチイは、どれも枝振りがよく、青々としていました。浜松オンコロジーセンターでは、苦労して5本の木をやっとの思いで結実するところまで行って喜んでいたのですが、千歳ではイチイは当たり前の木です。それはそうです。イチイは亜寒帯に自生する針葉樹ですから、津軽海峡を越えた北海道ではハイビスカスが沖縄で自生しているようなものなわけです。こういうのを、なんというのかなあ、適材適所、餅は餅屋、違うなぁ~。

秋の実り


10月の終わりから11月のはじめにかけて、台湾出張やら、癌治療学会やら、目めぐるしく月日が流れて行きました。このブログも、「鳥なき里のこうもり」とか、「200本のいちい」だとか、書きたいタイトルはため込んであるのですが、なかなか時間がとれませんでした。いっか~ん、はい、はい。
気づくとすっかり秋の気配、夕がた5時には暗くなっています。夏の炎天下の水やりなど、手間ひまかけたシンボルツリー2「いちい」の木、秋になって赤い実をつけました(写真参照)。5本植えたうち、端の2本は、実をつけないので「オス」と判明、間の三本は、実をつけたので「メス」と判明しました。赤い実は食べられるわけではないし、タキソールを抽出できるわけでもありませんが、やはり、実りの秋を強く印象づける季節のたより、といった感じです。シンボルツリー1「きんかん」も、10円玉ぐらいの実が無数になっています。まだ、青い果実ですが、こちらは食用で、黄色くなればそのまま食べてもお料理しても、楽しみです。

ふつうの生活 -その2-


むくみと日焼け
 
① 体内の流れ
心臓から出て全身に運ばれる血液は動脈から毛細血管ネットワークに流れます。毛細血管ネットワークは動脈側から入った血液が静脈側から出ていき、静脈となって心臓にもどります。毛細血管ネットワークでは、血液の成分の内、血漿成分が血管外にしみ出し、組織を潤したり、栄養を運んだり、老廃物を回収したりして、リンパ管に入り、リンパ管ネットワークを経て、胸管となって心臓の近くで静脈に合流します。つまり、体の中の血液などの流れは、行きは動脈だけの一系統、帰りは静脈とリンパ管の二系統あるわけです。リンパ管ネットワークの要所要所にリンパ節があり、リンパ管を流れるゴミを濾過します。また、リンパ節はリンパ球の駐在所のような働きもあります。リンパ管を流れるゴミとは、癌細胞、細菌などです。
 
② 腋窩リンパ節郭清の意味
ハルステッド理論(古典的)では、乳がんの治療の一環として腋窩リンパ節郭清(脇の下のリンパ節を取り除くこと)が重要であると考えられていました。しかし、近代外科学では、腋窩リンパ節郭清を治療と考える外科医はいません。腋窩リンパ節郭清は検査と見なされています。何を調べる検査か、というと、肺、肝臓、骨などの遠隔臓器への転移がおきていそうか、いなさそうか、を推察する為の検査です。腋窩リンパ節転移がある、ということは、同時に血液の流れにのって、癌細胞が他の臓器へ転移している可能性もある、ということです。腋窩リンパ節転移が多い、ということは、同時に血液の流れにのって、癌細胞が他の臓器に転移している可能性が高い、ということです。したがって、腋窩リンパ節転移がある場合、多い場合は、術後の薬物療法により、遠隔転移の可能性を、低く、低くすることが大切となります。
 
③ 腋窩リンパ節郭清の代償
乳がんで腋窩リンパ節郭清をした側の腕はリンパ還流が悪いのでむくみがおきます。むくみがおきた腕では、とげを刺したり、切り傷をして、細菌感染が起きると、腕全体に炎症が波及して、腕が真っ赤に腫れて、痛くなる、熱がでる、「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」という状態になることがよくあります。ですから、むくみがある腕は大切にしなくてはいけません。愛護的にあつかわなくてはいけません。けがをしないことが大切です。蚊に刺されたり、犬に咬まれたり、へびににらまれたり、かえるになめられたり、ということも避けたいわけです。日焼けをしすぎて、水ぶくれがおきるぐらいになると、そこからは、きっと細菌が入りやすくなりますから、あまり激しい日焼けは避けた方がいいでしょう。しかし、ふつうの日焼けをしてはいけない、というのは、うそ、です。
 
骨折と骨転移
骨転移があると骨折をすることがありますが、骨折があっても骨転移はおきません。骨折した部位を調べたら骨転移あった、ということはあります。骨転移、と 骨折 との因果関係が、どこかで逆転して、待合室で語られているのでしょう。
 
「乳がん術後の患者さんは、骨折すると骨転移がおこりやすくなるのでスキーに行ってはいけない」ということは、明らかに、うそ、です。
 
骨折しても癌細胞が集まってくることはあり得ません。
 
結論
がん患者だからといって「禁止事項」は何もありません。ふつーの生活をすればいいのです、ふつーの。しかし、もちろん、たばこは吸ってはいけません。ところで、ふっと思いだしたのですが、国立がんセンター中央病院の田村友秀君は肺癌が専門なのにいまだにたばこを吸っています。これでは示しがつきません! 
 
 
いっか~ん!

ふつうの生活


乳がんの患者さんは、あれもだめ、これもだめ、と、全く根拠のない「禁止事項」を自らに課している方が多いように感じます。いったい、だれがそんなこと言ったのですか? と聞いても、どこかに書いてありました、とか、患者仲間から聞きました、とか、テレビで言っていました、とか、情報源が不明確です。
 
衣・食・住、すべてにおいて、ふつーの生活をふつーに送ることを望みます(天皇陛下の口調で)。以下にコンキョレス生活情報をお送りしましょう。
 
(1)抗がん剤治療をしている間は髪を染めたりパーマをかけたりしてはいけません、というのはうそです。
(2)乳がんの患者は治療中でも、治療が終わってからでも、髪を染めたり安いシャンプーをつかってはいけません、というのはうそです。
(3)がん患者は、紫外線に当たってはいけない、というのはうそです。
(4)乳がん患者は、乳製品を食べてはいけない、飲んではいけない、というのはうそです。
(5)乳がん患者は、大豆製品を食べてはいけない、というのはうそです。
(6)乳がん患者は、肉を食べてはいけない、というのはうそです。
(7)がん患者は、風邪をひいてはいけない、というのはうそです。
(8)がん患者は、疲れてはいけない、というのはうそです。
(9)がん患者は、太りすぎてはいけない、というのは本当です。
(10)がん患者は、温泉に入ってはいけない、というのはうそです。
(11)がんによく効く温泉がある、というのはうそです。
(12)アガリクスの本はうそがかいてある、というのは本当です。
 
とりあえず、こんなところで今日は失礼します。「○○は本当でしょうか」というお尋ねがあれば、コメントをお寄せ下さい。答えたいコメントには答えましょう。むかつくコメントには答えません。独り言だから、お許しくださいね(渡辺亨より)。
 
 

落ちた?講演力


斎藤孝著「話す力」を読みました。コメント力、三色ボールペン活用術、座右のゲーテ、上機嫌の作法など、斎藤氏の本は大方読んでおり「話す力」が店頭に並んだのですぐに購入しすぐに読んだのですが、意味の含有率とか、名講演を分析した解説など、とても参考になりました。
 
今回、「話す力」を読もうと思った理由はもう一つありました。それは、KYRTS薬科大学大学院の講義がとんでもない失敗作だったからです。講義を聴いてくれたオンコロプランの森くんも「今日は渡辺先生、いつもと違ってやりにくそうでしたよ。」と鋭い指摘。いっか~ん。そうなんです、とてもやりにくかったのです。
 
講演や講義にはいささか自信がありました(過去形)。乳がんの薬物療法、臨床試験の方法論、臨床医からみて意味のある統計学、EBM、民間療法、抗がん剤治療、抗がん剤治療をうけるための12ヶ条、情報提供力、などなどのテーマで、医師、看護師、薬剤師、製薬企業、一般市民、患者団体、学生、同窓会、保健所職員、病院職員などを対象とした講演活動は、情報提供として自分の本来業務と考え、かれこれ10年ぐらい前からでしょうか、とても積極的に取組んできていますし、自分自身楽しい活動だと思っています。いろいろな講演すべてを入れると、年間200回ぐらいはあるでしょうか。スライドの作り方も阿部薫先生直伝の諸原則を忠実にまもり、また、名郷直樹先生の講演ネタやスタイルを密かにパクッたりして、皆さんからスライドがとても見やすい、話もわかりやすい、と好評を得ていました(過去形)。
 
ところが、KYRTS薬科大学大学院の講義は全然違ったのです。この講義は半年ぐらい前に依頼され、それなりに準備はしたつもり。講義の前に、呼んで下さったKZ先生から、「演者紹介はしていませんが、いいでしょうか」、と言われたので、「新しい施設に移ったことも含めて自己紹介でやりますから」ということにしました。それで、超略歴と浜松オンコロジーセンターの紹介を2-3枚のスライドを使って、講義を始めたのでした。最初のスライドを映して、最初の1行の説明をして、会場を見渡してみたら、唖然、愕然!向かって左側3分の1、前から半分ぐらいの人が全員、机に突っ伏して寝ているではありませんか! この寝かたは三重の比ではありません(参照:2005年2月27日地方講演)。というより、完全にあっけにとられて、それで講義の調子が崩れて、その後もハラホロヒレハレで、KZ先生には申し訳ありませんが、盛り上げようとか、大切なことを伝えようとかいう気力は飛び散り、ひたすら、スライドを先に送りながら、終了時刻の7時40分になるのを待っていたのでした。
 
それでも、途中、何回かは形勢立て直しを図るために、寝ている連中に情熱が届くように、マイクに口を近づけてみましたが、なにせ、寝ているのはひとりやふたりではありません。その上、さらに衝撃をうけたのは、上から三列目ぐらいのところで、両肘をついて顔の高さに支えた本を読んでいる人を発見したときでした。それでもそれでも、聴衆に失礼のないように、アイコンタクトなどできるものならしてみようと、教室全体を見回してみました。すると、正面の前から2~3列めから、10列めあたりには、こちらを真剣なまなざしで見つめ、熱心にメモを取る人たちがいました。よくみると、その人たちの中には、ご年配の男性や、30代の女性など、社会人と思われる方々がいらっしゃいました。また、教室の右側には、20-30代ぐらいの男性が多く、病院の薬剤師とか、大学の研究生のような雰囲気の方が、こちらの話のポイント、ポイントにうなずきながら、メモをとっていました。
 
講義や講演を聞く立場にしか立ったことがない人は、演者席から、如何に部屋が暗かろうが、部屋の隅々まで、よ~く見える、ということをご存じないらしいです。また、いきなり突っ伏して寝ている姿がどんなに見苦しいか、よく考えてみてほしいと思います。
 
講義終了後、冷静になって思い出したのですが、始る前にKZ先生から大学院の講義だが、聴講生や社会人の方も多く参加している、と聞いていたのでした。教室がやけに横に広く、演者席は、右側にあるため、自分の左側にあるスライドを見て教室に向かうと、どうしても左側の居眠り軍団がほぼ真正面に視界にはいり、右側の真剣集団は、大きく首を右に振らないと視野に入らない、というセッティングだったわけです。もし、左側に社会人の方や、真剣集団が座っていれば、穏やかな心で、普段通りの講演できたでしょうが、今回は、突然、プレーボールのサイレンが鳴りやまないうちに打たれたホームランみたいな状況に当惑の色を隠せず、講演力の自信が一気に崩れ去ったのでした。まだまだ、鍛錬がたりないなー、と深く反省し、話す力を読んで、講演力のネタを仕入れなおしたわけです。
 
それにしても、大学院の学生、というのは、出席さえすれば、派手に寝ていても、堂々と本を読んでいても、無遠慮におしゃべりしていても、許されるでしょうか。外部から、わざわざ来てくれた演者に失礼だとか、自分たちは、大学院生だぞ、という誇りだとかは無いのでしょうか。まるでお子ちゃまですね、あれでは。彼らは、大学院ということは、おこちゃまでも一応おとなですから、「講義中は寝てはいけません」などということを教授や、教務課が注意するような話ではありません。
 
 
以前、某私立医大の学生の講義に行ったとき、学生の講義は始めてだったので、経験のある先輩に心得を聞いてみたことがありました。その先輩は、「医学部の学生の講義なんて、話を聞け、と言う方が無理だよ。みんな好き勝手に携帯電話やったり、新聞読んだり、おしゃべりしたり、まるで、駅の待合室で、ちょっと、聞いて下さい、というようなもんだから、崇高な教育なんてことは考えない方いいよ。」と言われたことがありました。その忠告は、確かに正しいかも知れません。しかし、はじめからこの講義は寝てやろう、と思って出席だけとりにくる聴取がいるような、今回の講義のような場合でも、最初のつかみをどうにか工夫し、講演力の回復に努めたい、と、秋の夕暮れにひとり思うエビデンス侍でした。それではご唱和ください、いっか~んいっか~ん、いっか~ん。どうもありがとうございました。
 
 

時代は変わっていく


第11回CRCセミナーがおわりました。CRCとは、Clinical(臨床)Research(研究)Coordinator(コーディネーター:調整、まとめ役)の略。臨床研究まとめ役って、いったいなんなのか、を理解するには、治験あるいは臨床試験についての若干の説明が必要になります。
 
新しい薬剤や治療方法が、効くのか効かないのか、安全なのか、危険な薬か、役に立つ薬か、薬とも呼べないような、へにもつかないものなのか、を評価するために、人間を対象とした、治療研究をしなくてはいけません。この治療研究のことを治験、または臨床試験と呼ぶのですが、もっと言うと、全くの新薬の試験を治験とよびます。製薬会社は、治験を病院に依頼して、やってもらわなければなりません。会社では、ネズミや犬を使った研究はできますが、人間を対象とした治療研究は、病院でしかできません。そして、病院で治療研究をきちんとやるためには、CRCがいないとできないのです。医師だけでできるものではありません。治療研究に協力してくれる患者さんに、新しい薬がどんな薬か、とか、どのような効果がありそうか、とか、副作用としてどんなものがでそうか、副作用が出たら、どうしたらいいのか、などなど、患者さんに懇切丁寧に説明しなくてはいけません。CRCが活躍が期待されるわけです。また、いつ、どのように薬剤を使用したのかとか、どのような効果がでたのか、副作用はどうか、などを、きちんと記録して、それを残しておかなければなりませんが、そのような記録の作成や保存もCRCが行います。このように、新しい治療方法を正しく評価して、効く薬剤は、なるべく早く世の中に出し、効かないもの、副作用が強くて危険なものは、世の中に出さないようにする、それが治験や臨床試験の目的で、治験や臨床試験をスムーズに行うには、CRCがいないとできないわけです。また、新しい薬剤を開発した製薬会社は、とにかくそれを早く売り出したいから、効く、というデータが欲しい。また、副作用も軽い方がありがたい。ですから、昔は、酒一升をもってきて、先生よろしく、ということで、効果あり、と判断するような医師もいた、という噂を聞いたことがあります。そのようなおかしな事がおきないように、臨床研究が正々堂々と行われるためには、医師一人だけでは、だめで、CRCが第三者として関わりをもつ必要があります。ちなみ看護師、薬剤師、臨床検査技師、医師などの資格をもった医療職が、特別なトレーニングをうけて、CRCになることができます。
 
というわけで、我々、CSPOR(→http://www.csp.or.jp)では、臨床試験を実施するという活動と並行して、CRCのためのトレーニングプログラムとしてセミナーを6年前から実施してきました。だんだん、参加者が増えてきて、今年は、婦人科グループとの共同運行にしたので、婦人科医も多数参加、CRCの数、質ともに飛躍的に向上してきています。CRCなしで臨床研究は実施できない、という時代になってきたし、CRCは完全に市民権を得たように思います。また、かつては、あちこちの集団、グループがCRC勉強会やセミナーをやっていましたが、だんだんと、どこも続かなくなって、内容的にきちんとして、多くの優秀なCRCを排出しているCSPORだけが、CRCセミナーとして存続しているわけです。そして優秀なCRCがいる病院は、臨床研究のみならず、研究以外の医療のレベルも飛躍的に向上しています。これからも、CRCセミナーのいっそうの充実をはかるつもりです。