一ヶ月後の木々


浜松オンコロジーセンターを開設して1ヶ月、無事に経過致しました。この間、患者さんもとても協力的で職員の努力もあり、つつがなく過ごすことができました。仕事の内容は国立がんセンターにいたときも今も、基本は診療と勉強で講演会もいっぱいあるのでほとんかわりません。いちばん変わったのが庭木の世話がルーチンワークに加わったこと、とくに水やりはヘビーデューティーです。イチイの木5本は、一時、内側の葉が一斉に茶色くなりなした。生着不全かと心配し、コニファーガーデンに尋ねたところ「根を切っているのでどうしてもこの時期はしょうがないでしょう。大手術の後の患者さんみたいなものでしょうから、もう少しまてば回復するはずです。毎日たくさん水をあげてください」とのことでした。手術の喩えに、妙に納得し、毎日、水浸しになるくらい水やりをしました。その甲斐あって、5本とも表面に近いところの枝には、新芽がたくさん伸びて来ました。北国原産のイチイ、夏の暑さにはとくに弱いらしいので、これからも水やりは欠かせません。もう一つのシンボル「喜樹」、抗がん剤「カンプト」の原料の木ですが、新しい葉は中心部から次から次へと出ているのですが、大きくなった葉がすべて虫に食べられ依然としてぼろぼろです。この虫はカンプト耐性虫であることは間違いない(写真参照)。山桃は小さな実をつけています。まだ、緑色ですが、赤くなると食用可となるはずです。きんかんは、今年の収穫は終わり、夏には白い花が咲き、来年の冬にはまた、実がなるでしょう。先日、アゲハチョウがキンカンの木を視察に来ていました。卵を産む場所を探しているのでしょうか。今日は、終日雨、水やりはしなくていいので助かります。これから、東京に行き、乳がん患者さん用のDVDの編集会議です。ワット隆子さん、中村清吾先生とご一緒です。

基本の「キ」


浜松オンコロジーセンターを開設して2週間が経過、この間、ASCOに行ったり東京との往復だったり、めまぐるしく歳月が流れていった。まだ「ルーチン」と言えるような仕事や生活のパターンができあがっているわけではないが、午後の診療時間は、比較的ゆっくりと時間がとれるので専らセカンドオピニオンに充てている。遠隔地からセカンドオピニオンを求めて受診された患者さんには、うなぎでもご馳走して、と言うわけにもいかないので、そのかわり、時間をかけて相談に乗るようにしている。

転移性乳がんで、肝転移が出て治療をどうしようか、ということでご相談に来られた方、とくにがんに伴う症状があるわけではない、とおっしゃるので、今すぐに抗がん剤という必要もないかもしれません、と話しているうち、「がんとは関係ないと、今、かかっている大学病院の先生にいわれたのですが、とにかく辛いのは、食事をしてお腹がいっぱいになると、右手の親指から始って、手全体、そして肘のあたりまで、しびれてくることです。この原因が何か、それだけでもわかれば、と思うのですが、大学病院の先生は、触診もしない、聴診器もあてないで、気のせいだ、精神科でも受診すればどうか、と言ったとのことである。確かにわかりにくい、解釈しにくいしびれではある。タキサンを使った後のしびれなら、両側の手にでるだろうし、食事や満腹とも関係ないだろうし。しかし、名医はそこからがちがう。基本に立ち返って考えてみると、腕神経叢、橈骨神経領域の症状のようだ。そこで、腕神経叢(頸の骨の間から出た神経は、複雑に寄り合ったり分かれたりしながら、くさむらのように複雑に入り組んだ神経の束をつくり腕の神経となる、この神経の草むらを腕神経叢とよび、頸の横から左右の腕に入っていく)の近くを触診してみると、右鎖骨上に、服の上からでもはっきりわかるような、リンパ節の腫れがある。そのかたいリンパ節は、乳がんの転移だろう。そのリンパ節を後方に圧迫すると、いつもと同じしびれがでる、と患者さんはおっしゃるので、原因は、鎖骨上リンパ節転移であることは間違いない。では、満腹との関係はあるのか? よくよく話しを聞いてみると、右手で箸を使っているうちに、腕がだるくなる、腕がだるくなるころには、満腹になる、ということで、要は、右手、右腕を食事の際に使用することにより、症状が増強するということがわかった。この痛みさえ、どうにか軽くなって欲しい、というご希望をかなえるためには、鎖骨上リンパ節に対する放射線照射という手段が有効だと思うので、担当医師とそのように相談するようにお話した。実を言うと、その担当医師は、私が国立がんセンター中央病院にいた頃、レジデントとして2年近く指導した医師で、地元の大学に帰って、乳がん診療にとりくみ、腫瘍内科の新しい拠点を確立した男である。その開拓者精神や進取の気性は高く評価するが、臨床医として、また腫瘍内科としての、基本の「キ」をわすれてはいないだろうか、いっか~ん! 私の指導が悪かったのだろうか。最近、そういう風に感じることが結構多い。これまた、いっか~ん!!!

試される薬事行政力


今年のASCO(アメリカ臨床腫瘍学会)での目玉は、全体的にはモノクローナル抗体と小分子キナーゼ阻害剤につきると思う。モノクローナル抗体は、乳がんにおけるハーセプチン(トラスツズマブ)、大腸がん、肺がんなどにおけるアバスチン(ビバシズマブ)、大腸がん、頭頚部がんなどにおけるアービタックス(セタキシマブ)について、画期的なデータが多数報告された。しかし、とりわけ注目に値するのが乳がん術後治療においてハーセプチンを使用すると再発率が50%抑制される、というデータだ。今回、三つの臨床試験で同様の効果が得られているようで、そのうちの一つは、日本からも多数の症例が登録されているHERA studyである。今までは、ASCOで驚異的な結果が発表されても、あれは、欧米のデータだから日本人にはあてはまらない、とか、日本人を対象とした治験をやり直す必要がある、なんていう、いかにもモラトリアム的な対応で、本質的対応が先延ばしにされ、その結果、「海外では使えるが、日本では使えない抗癌剤」という一つのカテゴリーを形成しうる社会問題が生じてきたが、今回は、そのような言い訳は一切、通用しない。日本人も対象となった臨床試験で、ポジティブデータが出たのだから、我が国の行政も、そして、製薬企業も、すぐにアクションをおこさなくてはならない。具体的には、ハーセプチンの術後での使用での承認を得ること、とくに、これは、ヨーロッパ、米国、そして日本の三極での同時承認が必要であろう。厚生労働省の承認が、他二極から、決して遅れをとってはならない。しかし、承認までのプロセスは、どうしても数ヶ月はかかるだろうから、その間の患者さんへの使用をどうするか、と言う問題も具体的に対応策を講じるべきであろう。いいとわかっている薬、安全性も確立されている薬が、既に市場に存在するのに、承認までは使えません、と言うわけにはいかない。希望する患者さんには、ハーセプチンの分だけ自費診療とする混合診療を認めるのか、企業が無償で提供するのか、保険での使用を前倒しして認めるのか、患者さんは待てないのである。さて、どうするか、薬事行政力が試される問題である。また、中外製薬の担当者の問題解決力をじっくりと見せてもらいましょう。日本でのハーセプチンの臨床開発に関与してきた私としては、1日もはやくスムーズにハーセプチンが術後治療として使用できるようにしてもらいたいと、企業と行政に強くお願いしたい。

 

 

シンボルツリー(その2)


5月2日に、浜松オンコロジーセンター東北の角に、イチイの木、5本が植えられました。イチイは、タキソール、タキソテールなどの抗癌剤の原料です。イチイは日本では北海道や信州など、寒冷地で自生する常緑の針葉樹です。浜松の暑い夏を乗切ることができるか、少し心配ですが、お世話して下さったコニファーガーデンの内山さんによれば、植えられた5本は千葉県で育てられた木だそうで、暑い気候に順応しているとのこと、水をたっぷりやることが大切だそうです。もうひとつ、CPT-11(トポテシン、カンプト)の原料である喜樹も植えました。半年前に藤原さんから頂いたのですが、その後、育つどころか、だんだんと小さくなっています。抗癌剤治療の専門家として、イチイや喜樹をシンボルにしたいのですが、喜樹はだめかもしれない、残念!

無事診療開始


2005年5月6日、新築後の初診療日でした。連休明けということもあり、初日から38名の予約患者と新患2名、抗癌剤点滴5名と、初日にしては忙しすぎましたが、職員のみんながきちんと持ち分をこなしてくれたのでつつがなく終えることができ一安心でした。初心をわすれず、確実に勉強することを基本として、理想の癌診療を目指したいと思います。

各方面からたくさんのお祝いのお言葉、お品を頂きました。ありがとうございました。植物は胡蝶蘭やフラワーアート、観葉植物など35も頂き、院内はまるで花屋の店先のようです。7月か8月に、ミニシンポジウムのような会を開催したいと考えており、その折りにあらためてお礼を申し上げたいと思います。

5月8日(日曜日)の内覧会、多数の方々にお越し頂き、これもありがとうございました。駐車場のバリケートのペイント作業など、まだ、肉体労働が残っておりますし、家具、什器なども、まだ、整っておりません。3階の自宅も未完成です。7月21日頃のミニシンポジウムまでには、落ち着いてご案内できるようにしたいと思います。