第15回 St.Gallen Early Breast Cancer Conferenceを読み解く


2017年4月15日(土曜日) 浜松オンコロジーフォーラム抄録

浜松オンコロジーセンター腫瘍内科 渡辺亨

1978年に第1回が開催されたSt.Gallen Early Breast Cancer Conferenceは今年15回目を終えた。今年のテーマ「Escalating and De-Escalating Treatment in EBC across Subtypes and Treatment Modalities」に示されるようにサブタイプ別、治療手段毎に拡大すべき治療と縮小すべき治療を明確に合意形成を計ることを目指した。1970年台の治療はハルステッド手術しかなくサブタイプとか全身治療とかは存在しなかった。しかし、今後、数年の間には手術は一切行われなくなり、治療と言えば薬物療法であり多遺伝子発現解析により同定された駆動遺伝子(ドライバージーン)に対応した治療により大多数の患者で完全治癒が得られるようになるだろう。今回はこの移行期真っ最中に位置しておりバリバリと音を立てて変革していく乳がん治療を正しく見据える必要があることが示された。とくに(1)従来の形態学的診断から遺伝子発現解析による機能的診断に基づくサブタイプ分類への完全移行が急がれること、(2)薬物療法は「術後」から「術前」への移行が加速していること、が目立った変革である。

参加申し込みはNPO法人がん情報局ホームページへどうぞ。

 

St.Gallen2017の最中(2)


今日の午後は薬物療法のセッションが続いております。ホルモン療法のところは、閉経後のアロマターゼ阻害剤、タモキシフェン、どれをどのように、5年、10年、15年^^^、どれぐらいの期間、つかえばよいのか、どうなのか、それを判断するのに、オンコタイプDXがいいのか、マンマプリントがいいのか、プロシグナがいいのか・・ すっきりしたデータはまだでていないのですけど、ミッチーダウセットが例によってトランスATACのデータをあれこれといじくり回したデータを提示しながら、いろいろな生存曲線を示しているうちに、これがハイリスクで、これがローリスクで、いやいや、このスライドは間違いで、こっちがこっちで、いれかえて、みたいな話になりなにがなんだか分からなくなった。話している本人も混乱しているぐらいだから、聴衆は誰ひとり理解できていないだろう。当面、AI5年でその先、AIを続けてもよし、タモキシフェンに変えてもよし、というところです。閉経前は、SOFT・TEXTトライアル以上のデータはないので、あの2つの論文をきちんと理解していけばよろしい、ということです。マシューエリスは、ルミナルAには、術前治療は細胞毒性抗がん剤ではなく、ホルモン剤を使う、と当然のごとく説明しておりました。

細胞毒性抗がん剤については、アンソラサイクリンとタキサンが必要、とくにHER2病とトリネガはで、と言う程度です。ルミナル乳がんでも、TNBCでも、HER2病でも、「若い人は予後が悪いから細胞毒性抗がん剤をしっかり使う」という考えは、都市伝説であることも、複数の演者がやっと主張するようなりました。閉経前のルミナル乳がんではホルモン療法を10年間、さらにもっと長く続けること、TNBCだから、乳房全摘、温存はしない、というのも、BRCA変異がないのなら、正しい考え方ではない、ということも、きちんと説明されていました。改めて「35才以下は抗がん剤が必要」というような考え方は間違っているということを確認しなければいけません。明日はいよいよコンセンサスカンファレンスです。このブログの読者に方には特別に、明日の質問(235も質問があります)をお教えしましょう。添付します。Masterfile_Session_St.Gallen_Panel_20170310_V3 GC

徳永祐二先生を偲ぶ


あまりに突然の訃報に現実を受け入れることができない。帰国すればまたあの笑顔に会えるような気がする。しかし現実は本当に悲しい。妙子がお通夜に参列して「故徳永祐二儀」と書かれた葬儀式場案内の写真だけをラインで送ってきた。悲しい写真だね、と返信したけど既読にならない。徳ちゃん、安らかにお休みなさい。12年間ありがとう。

St.Gallen 2017の最中


いま、会場で2日目の病理のセッションを聞いております。断端陽性の定義、浸潤がんではtouch on inkでなければよろしい、とSSO-ASTRO-ASCOコンセンサスになっている、というのは数年前から。再切除にならなければよいのであって、断端にがんは絶対に残ってはいけない、ということである。がんけんは未だにマージン5mmと言っているらしいが完全に時代遅れである。会場にはちらほらがんけん一派がいるけどこのような国際的コンセンサスを日本人の乳がんは特殊だ、で逃げ切るのだろうか。DCISではマージン2mmで十分でこれ以上取る必要はないというのも耳にタコができるほど聞いた。腫瘍内科医の耳にもたこができるものだ。

今回のテーマは、Escalating and De-Escalating Treatment、つまり、足りない治療は加え、過剰な治療は削減しよう、ということ。つまり、原発病巣のマージンも腋窩も取り過ぎはやめようぜ、必要なケモはしっかりやろうぜ、患者との情報共有はもっとふやそうぜ、というような方向で話が進んでいます。

お先にどうぞ ぼくは後からゆっくりね


アメリカで生活していたときに「yield」(前回ブログ参照)という交通標識が合流地点にあり、それが「徐行」という意味だということが分かりました。日本語の徐行は、道路交通法第二条で「車両等が直ちに停止することができるような速度で進行することをいう。」 と定義されています。つまり、ゆっくり走行するという意味ですが、「yield」を英和辞書で引くと

  1. 〔農産物や鉱物が〕産出する
  2. 〔努力や投資によって〕収益が出る、利益が挙がる
  3. 〔戦いなどで相手に〕降伏する、屈服する
    ・The younger man yielded to his colleague’s superior knowledge and experience. : その年下の男性は、同僚の優れた知識と経験に屈しました。
  4. 〔自然の力で〕押し戻される、へこむ
  5. 〔議論・説得・懇願などに〕折れる、応じる、譲歩する
    ・I might yield a bit on price. : 価格に関して少し譲歩してもかまいません。
  6. 〔他のものに〕取って代わられる
  7. 〔他の車を通すために〕停止する、速度を落とす

という意味で、7番目に速度を落とす、とありますが、他の意味、産出する、収益がでる、と、意味がつながらないように思いました。でも、降伏する、屈服する、譲歩する、という意味と、先に譲る、すなわち、相手を先に行かせるために「ゆっくり走行する」ことが徐行という意味につながることを学びました。

それで、前回の術前化学療法後の病理診断の表記方法ですが「ypT0 ypN0 ycM0 stage 0 」Tは腫瘍を表すTumor、「0」は「なし」を表すゼロ、Nはリンパ節を意味するLymph Node、Mは遠隔転移を表すMetastasis, 「p」はpathologyのp、つまり顕微鏡で見た病理学的診断ということ、それで「y」の意味がこのyieldなのです。yがついているということは、病理診断に外科切除標本が回る前に、別の修飾が加わっているということ、手術が○○に譲歩した、徐行しているうちに何かが先に行われた、という意味。ここにたどり着くまでに何年もかかりました。病理の先生に聞いても分かっている人はいませんでした。「さー、何でしょう?」という答しか帰ってきませんでした。

手術の前に抗がん剤治療をする、つまり、オレが一番偉いと思っている外科医が、控えめな腫瘍内科医に、「どうぞお先に」と、徐行して道を譲って先にやらせてあげる、ということで、あー、なるほどね、と思ったわけです。1990年代には、手術の前に抗がん剤治療をやるなどけしからん、感染症のリスクは高まるし、出血も多くなって手術はやりにくくなる。それに一刻も早く悪い物を取りのぞかなければならないがん患者に3ヶ月も6ヶ月も抗がん剤をやっていて、その間に転移が進んだらいったい誰が責任をとるんだ!!と、それはそれは、怖くて、譲ってくれるなんてみじんも感じさせない外科医が大手をふるっていた時代です。それが今のように、外科医がどうぞ、と、優しく、物わかりよく、術前化学療法が許されるようになったのは、微小転移の考え方、つまり、タンポポの種の存在が明らかになり、触って分かる乳房の腫瘍より、全身に拡がっている目には見えない転移が命取りになるという考え方が定着したからなのです。しかし、今でも、地域によっては、あるいは時代遅れの病院では、術前薬物療法などまったく実施していない所もあります。たとえば、プロレスラーHが治療をうけた病院など。 まるで、未だに縄文時代の生活をしているようなものだな〜と感じます。「お先にどうぞ、患者さんのためには先に全身に効果の及ぶ薬物療法をした方がいいですよね、僕は後からゆっくり手術しますからね、という術前薬物療法が、今度のSt.Gallenでは主役を演じます。そのうち、手術はもう必要なしとなるでしょう。時代の変化を感じますね。外科医も必要ありませんね、おっと、これを言うと痛い目にあうかも・・・