電子カルテのかげひなた


浜松オンコロジーセンターに電子カルテを導入して1週間が経ちました。マニュアルを見ながら使いこんでいくうちに、だんだんと慣れてきて使いやすいなと感じる部分、どう考えても不合理な部分、いったい何を考えてこんな仕組みにしているんだとややむかつく部分、経験知が足りなくて稚拙な部分、など、があります。
 
今回導入した電子カルテは、診療所向けの既製品、使い勝手が良かろうが悪かろうが、購入した以上、それに慣れるしかありません。大病院で電子カルテを導入する場合、病院側からのワーキンググループなどと呼ばれるユーザーの代表者グループと、電子カルテ制作業者の開発チームとが、毎週のように話し合いをして、その病院の運用にあわせて、システムをカスタマイズする、というプロセスを進みます。今はずっとずっと合理的に事が進むのでしょうが、私が国立がんセンターでTRUMPとMIRACLEという名称の2つのオーダリングシステム導入に関与した時は、まったく不合理かつ、わがままな要求がユーザー側から次々と出され、開発チームは、そのわがままをなだめる事にエネルギーを費やしていたようなこともありました。たとえば、まだマウスが一般的でなかった頃、ユーザー代表の中のわりと若い年代の○○先生から、「是非マウスを使えるようにしてほしい」との要求が出されました。開発業者側は「技術的には可能です。」と答えます。すると、ユーザー代表の中のわりと年配の医師が答えます。「○○君、マウスって意外と不便なんだよね、知ってる? 机が広くないと、全部動かせないんだよ、広い机は外来には入らないから難しいんだね。」 このような不毛な議論が延々と続き、マウスをつけるけど、使いたくない人は使わなくてもできるシステムにしてほしい、という結論になりました。しかし、開発業者側は、「技術的には可能だけどなあ~、予算的にどうなんだ!、いったい、いつまで、ユーザーのわがままにつきあわなきゃ、いけないんだ。斬り~」という心の底のさけびが聞こえてきそうな表情で、だまってやり過ごしておりました。こんな感じで、多かれ、少なかれ、大病院のオーダーメイドシステムは、その病院のわがままな要求に振り回せれて、ずぼずぼの作り込み になっており、それをそのまま他の病院で使えないので、開発経費に無駄が多い、また、他病院とのデータやりとりなど、とてもできなさそうなシステムがあちこちの病院に導入されたのでした。
 
一方、既製品の電子カルテ商品の場合、いくら不合理であると、10人中9人が感じたとしても、そういうことになっているので、そういう物として使って下さい、ということになります。その最たるものが「A5サイズ処方箋」対応です。私は、前からこの不合理は知っていました。というのは、国立がんセンター中央病院で院外処方を始めたときのこと、薬剤数が多くなり一枚の処方箋では、足りず2枚になって、患者さんが、そのうちの一枚だけを薬局にもって行ったので、薬剤が全部処方されなかったことがありました。その時、処方箋用紙をよくみると、A4の半分しか使ってなくって、残りの半分には、処方された薬剤とは全然関係のない薬剤の注意書きがずらずらとプレプリントされているのです。薬剤部長に、「このずらずらの部分は無駄だから、処方薬を記載する部分を広くしてほしい」と御願いしたところ、「院外処方箋はA5と厚生(労働)省が決めているので、それはできない」と言われました。A4の半分の部分だけを使えば、「A5サイズの処方箋」の基準を満たすので、それはそれなりに賢い対応です。しかし、どうしてA5でなくてはいけないのでしょうか? 世の中、A4が国際サイズとされ、いままでB5などが使用されていたカルテや公式文書もすべてA4に変更されているのに、なんでA5などという、みみっちいサイズの紙を厚生労働省は指定しているのでしょうか。なんでA4でもOKとしないのでしょうか、この時代に。
それで、当院で導入した電子カルテも、「A5サイズの処方箋」にしなくてはいけない、ということで、電子カルテ純正品のレーザープリンターは、すべてA4とA5の2種類の用紙をいれるダブルトレー方式なのです。最近の汎用機は、レーザーでもインクジェットでも、ほとんどがA4のみ対応なので、ダブルトレー対応のプリンターは、デザインもださい、音もうるさい、ずうたいもでかい、のです。A4で印刷した院外処方箋を縮小コピーしてA5にする、とか、A4も受け付ける院外処方薬局が繁盛しているとか、いわれなき「A5サイズの処方箋」のために、世の中、おかしなこと、無駄なことがいっぱいおきているように感じます。そこでひとこと、いっ・・・、おっと、あまり言うと小嶋社長やホリエモンのようになってしまうとこまるので、ここは、おとなしく、おとなしく、おとなしくおとなしくしなくてはいけません。しかし、言いたいことはいわないとストレスたまってやけ食いしそう。そこで、いっぱつ、いっか~ん、いっか~ん、いっか~ん、いっか~ん、いっか~ん、すこしすっきりしました。 では、次回、電子カルテシリーズは、「経験知がたりなくて稚拙な機能」についての独り言を聞いて下さい。
 
 
 
 
 

医師-患者関係


過日訪れた町の症例検討会で、医師-患者関係について考えさせることがありました。O先生が術後の患者さんに抗がん剤治療を提案したところ、患者さんが、抗がん剤はしない、という道を選択された。しかし、数ヶ月で遠隔転移が出た、ということで、そこからの治療方法の選択をどうしましょう、ということがポイントでした。すると、会場の後ろのほうに座っていらっしゃった、やや年配の地元の先生が、「何で術後の抗がん剤治療をやらなかったのか。患者が拒否するなら、説得してでもやるべきだろう。自分で説得ができない、と思ったら、先輩でもだれでも呼んできて、説得してもらうべきで、それもしないのは、怠慢ではないか!」と、喝~っ!!!!みたいな迫力で主張されたのです。担当のO先生は、とても理性的で、よく勉強されており、その地域にあっては、標準的治療普及の若きオピニオンリーダーとしてしっかりと診療をされている先生です。この患者さんにも、十分に時間をかけて、再発のリスク、抗がん剤治療を実施した際のリスク抑制効果、そして、抗がん剤治療をやることのハーム(副作用、時間、お金)をきちんと説明して、その上で患者さんが選択した道を尊重した、ということなわけで、私も、それでいいんじゃないかな、と思いました。ここで、医師ー患者関係の4つのパターンがある、という話、これに行き着くわけです。詳しくは、近々、朝日新聞社から出版される「がん常識のうそ」をお読みください。えっ、本の宣伝だったの? そ~なんですよ。

電子カルテ(3)


電子カルテのヴェンダー、つまり、電子カルテを作っている会社は、大病院と診療所では、かなり異なっているのですが、その理由がよくわかりません。大病院では、IBM, NEC、富士通、日立など、一般のコンピューターの開発も手がけている会社のものが多いのですが、診療所では、BML、サンヨー、シャープなど、大病院用のとは、別の会社が、高いシェアを持っているようです。どのような経緯でこういう棲み分けが定着したのか、病診連携を考えた場合、このような棲み分けが障害とならないのか、など、十分に理解できない点があります。明日は電子カルテを設置の日です。

説明と同意の難しさ


AKさん、お久しぶりですね。ご無沙汰しております。NSASBC01試験は、来年、いよいよ最終解析を向えます。確かに、臨床試験に参加して頂くためには、説明することが山ほどあり、同意を頂いたあとも検査や治療の内容やスケジュールについて、説明することが、山X山あります。ですから、試験に参加されないという方には、説明量がぐっと減るので、外来の時間も短くなりますし、患者さんからみると、手のひらを返したように、と、感じるのかも知れません。ほんとうは、そのように感じさせてはいけないのですが、なかなか、若いうちは経験不足もあり、つい、こちらの都合で話を進めてしまうことがありますね。以前にもAKさんから、同様の指摘を頂いたことがありましたが、そのような経験を通じて、我々も、段々対応がうまくなり円滑になっていくように、努力しなければいけないと思っています。ご指摘、誠にありがとうございました。お元気にお過ごし下さいませ。

55年通知


エビデンスに基づいて、しっかりとした抗がん剤治療が行われるようになってきたことは、それは、喜ばしい事だと思います。しかし、物事には何事にも、節度というか、常識的な判断も大切です。抗がん剤は、世界各国の製薬企業で開発されていますが、実際に新しい抗がん剤を開発するだけの力のある製薬企業は、アメリカ、フランス、イギリス、イタリア、ドイツぐらいに限られてきています。日本でも抗がん剤の開発力のある企業は、1ー2社あるかないかです。しかも、最近の厚生労働省のジェネリック医薬品を後押しする政策で、開発力のある製薬企業は、どんどん減っているのではないでしょうか。そうすると、どうしても、海外での新薬開発が先行します。昨今、よく話題になる「日本では有効な抗がん剤が使用できない」という話、あれは、半分は事実です。半分は、というのは、「新薬」イコール「いい薬」というわけではない、というのがひとつの理由です。海外で開発途上の薬剤の情報も日本に入ってきます。しかし、現在開発中、すなわち海外で治験中ということは、効果があるのかないのか、安全に使用できるのかできないのか、と言う問題を吟味している最中であって、海外開発品のなかで、安全性に大きな問題有りとして、開発が中止された薬剤もあります。つまり、開発途上の薬剤は、海の物とも山の物ともつかない、という状況であって、日本で使えないことが、むしろ安全である場合もある、ということです。半分の真実、という問題、これは、たとえば、ジェムザールという抗がん剤。これは、日本では、肺癌と膵癌で承認されています。しかし、これら以外に、乳癌、卵巣癌で腫瘍縮小効果が証明されております。延命効果はなくても、QOLの向上や症状緩和につながると考えられます。食道癌には、パクリタキセル、カルボプラチン、TS1など、膵癌にはTS1が有効、と言うことは海外や日本での臨床試験で明らかにされていますが、日本では、厚生労働省の承認がおりていない、という理由で、使用することができません。なかには有効性が確認され、承認手続き中のものもありますが、これもつかうことはできない、という認識にならざるを得ません。

 

しかし、ジェムザール、パクリタキセル、カルボプラチン、TS1などは、すでに市場に出回っています。ただ、適応となる癌が限られているだけです。このような状況に対して、最近、がん専門病院では、「当院では使用できません」と、それらを全く使用しようとしません。この間、患者さんから聞いてびっくりしたのですが、私も隅々までよく知っている東京のがん専門病院の内科で「ジェムザールを使ってくれませんか」、という卵巣癌の患者さんに対して「死んでもいいんだったら使ってやる」と言い放った医師がいるそうです。これって、いったいなんなのでしょうか。

 

効果がない、あるいは効果があるかないかわからない、という状況ではなく、2割~6割の患者で、腫瘍が縮小する可能性がある、それにともなって症状緩和、QOL向上が得られる可能性がある、患者さんも希望を持つことができる、という状況です。木で鼻をくくったように「当院では適応のない薬は使えません」と、まるで厚生労働省のお役人にように言って患者さんを追い返すか、それとも、医師として裁量で、「可能性があるので、どうにか使ってみましょう」とするか。そうは言っても、卵巣癌の患者さんに、ジェムザールを使用すると、社会保険でも国民保険でもレセプトの審査で査定されてしまいます。査定される、というのは、医療機関から、保険支払い基金に患者負担分以外の医療費の支払いを請求した際、病名と一致しない診療内容があると、支払いを拒否される、つまり、医療機関がその分、赤字になってしまうということです。このような状況では、正々堂々と、抗がん剤の適応外使用を行うことは不可能です。と、だれでも思うでしょう。

 

ところが大丈夫なのです。「昭和55年通知」というのが厚生省(当時)から出されています。これは、2項目からなり「①医学、薬学上、公知の有効性が認められている薬剤は、保険適応外であっても、その使用に対しては、柔軟な対応をすべし。②この対応に関しては、支払基金間での相違がないように配慮すべし」というものです。つまり、医学的あるいは薬学的に、エビデンスのある薬剤は、保険承認の有無に関わらず使用すべきである、しかも、都道府県、社会保険あるいは国民健康保険など、支払い基金間で、対応が異なってはいけない、ということです。昭和55年といえば、まだ、日本医師会が行政にも影響力を持っていた時代で、良い意味で、医師の職業人としての裁量が認められていた時代です。行政というのは、律儀なもので、25年経った今でも1回出された通知は有効なのです。ですから、海外でのエビデンスがあれば、この「昭和55年通知」に従って、患者さんのベネフィットを重視して治療に使用することは正しいことと言えます。ただし、医療行為の責任や、患者に対する説明責任は、治療行為を実施した医師にあることは他の医療と同じです。

 

PS.

K君へ:死んでもいいんだったらジェムザールを使ってやる、なんていう態度は、論外であることは言うまでもありませんよ。驕らず、原点に返り反省しなさい。

 

 

電子カルテ(2)


電子カルテ、オーダリングシステム、診療支援システム、医事会計システム、など、病院や診療所で使用されるコンピュータを使った情報処理、管理システムは、いろいろな名称で呼ばれています。もちろん、これらは、少しづつ機能が違います。もともと、病院、診療所の会計を処理するために、レセプトコンピューター、いわゆるレセコンというのが1980年代にいろいろなメーカーのものが登場し普及しました。レセコンとは、医事会計コンピューターシステムです。
 
レセプトというのは、月毎に、その月に行われた、診察や手術や検査や薬剤処方や点滴・注射などの保険点数を集計して、医療機関から社会保険、国民健康保険の支払い基金に請求する明細書のことです。手術したのにその分の請求がもれていたり、処方した薬剤の根拠となる診断名がついていなかったり、と言うことがないように、実施した医療行為に対して過不足無く請求するためには、レセコンが役立ちます。
 
オーダリングシステムというのは、薬剤処方とか、レントゲン検査の依頼・指示とか、採血検査の指示とか、医師の指示(オーダー)をコンピューターで行うものです。これがあると、処方した内容が、薬剤部門に伝わって薬剤が処方され、医事会計部門に伝わって、会計処理につながります。つまり、医師の処方、が発生したら、それから、すべての処理がもれなく、実施されるわけです。そういう意味で、発生源入力、ということですから、医師の処方内容をレセコンに打ち直す、という二度手間が省け、しかも間違いがなくなる、というものです。オーダリングシステムは便利ですが、オーダーしたことをカルテに記載しなくてはいけないので、その点が二度手間になります。国立がんセンターでもそうでしたが、オーダリングを導入すると、必ず、医師から、仕事が増える、ただでさえ忙しい外来がますます忙しくなる、などの不満がでます。とくに、コンピューターになじんでいない団塊の世代以上の皆さんは、マウスを使うには机が狭すぎる、など、訳のわからないことを言います。確かに、二度手間になるかも知れませんが、考えようによっては、JRの指さし確認のように、もれがないよう、二重チェックができるという事も言えます。
 
そして、この「二度手間のカルテ記載の部分」もコンピューター化したのが電子カルテです。電子カルテは1990年代に先進的な病院では導入されました。私も、いくつかの病院の電子カルテを視察してまわりましたが、いずれも、「単なる紙芝居」でした。カルテ、すなわち診療録記載の理念が全くわかっていないのではないか、と思われるような稚拙なシステムが、使われていた病院もありました。電子カルテのことを考える際には、やはり、カルテの記載とはなんぞや、ということをよく考えないといけません。日野原重明先生が1970年代の後半にPOS(problem oriented system)を日本に導入されました。POSはいまでもそのまま、使えるカルテの記載方式ですが、これは、たんなる「書式」ではありません。患者さんの主観的な訴え、医師が診た、あるいは検査した客観的な所見、にもとづいて、医師がどのような診断をして、どのような対応が必要と考えたのか、そして、処方するなり、追加検査をするなり、様子をみるなり、どのようなアクションプランをたてたのか、という一連の思考プロセスをカルテに記載する、というものです。紙芝居カルテを作っていた鴨川の病院を先日、何年かぶりに訪れたのですが、病院全体が紙芝居になっておりました。 
 

電子カルテ


新年、あけましておめでとうございます、皆さん。今年もよろしく御願いします。
 
浜松オンコロジーセンターでは、今年1月に電子カルテを導入することにしました。情報の効率的出し入れのためには、電子カルテは、必要不可欠なインフラストラクチャーですから。
 
浜松オンコロジーセンター開設を決めた時点で、すでに電子カルテの導入を決めていましたが、その前にまず、業務の流れをある程度、定型化しなくてはいけませんでした。また、電子カルテ導入してからも、業務手順は、ブラッシュアップされることが期待できます。
 
国立がんセンターにいたとき、IBMの診療支援コンピューターシステム「ミラクル」導入にあたり、ユーザー側のまとめ役をやるように総長だった阿部薫先生に言われました。それでがんばりました。現在、東大にいる小山博史先生や、北条文彦先生といっしょに2週間にわたるアメリカ視察旅行にも行き、医療情報化システムの最先端を見聞きした経験も「ミラクル」設計に十分に活かされたと思っています。ミラクルというニックネームも、この旅行中に考えたのです。ちなみにミラクルMIRACLE)は、Medical Information Systems for R esearch, Administration and Clinical E xpertiseの頭文字。奇跡という意味です。
 
アメリカ施設旅行では、小山先生が事前に周到な計画をたててくれ、かなりタイトなスケジュールであちこちを視察して回りました。なかでも、すごかったのはPubmedを作っているNLM(National Library of Medicine)を訪れた際、NLM所長ご自身が、すべてを案内してくれたことです。こうやってPubmedのコンテンツは作っている、検索システムは、こういう考え方に基づいて設計してある、など、丁寧に説明してくれたものでした。また、当時の電子カルテの最先端や、小山先生得意技のバーチャルリアリティなど、今では当たり前だけど、当時としては、狐につままれたような、必ずしも正確には理解できないような体験をたくさん積んできたものでした。1996年ごろの事だった思います。
 
そんな経験もあり、医療情報の電子化には、積極的に取組んでいくつもりです。システムアップができて、運用が安定したら、超音波やレントゲンなどの画像も完全電子化して処理できるようにしようと思っています。それから、、システムの互換性の問題、個人情報保護の問題もありますが、病診連携に活用できるようなlocal,→regional,→nationwide→globalなシステム構築ができれば、と思っています。
 
しかし、導入を具体的に検討する段階になって、意外な新事実が次々と判明、まさにスタジオ騒然という感じです。今年は、連載物として、「電子カルテ導入奮闘記」をお届けしたいと思います。