自己学習・自己鍛錬 パート2


高校三年生の受験勉強のさなか、1階の居間に降りて行くと内科医の父が医学書を読んでいた。勉強の合間の息抜きでお菓子を食べて何か飲んでいろいろと話した。無機化学と有機化学、高校の化学ではあまり区別がなかったけど、通信教育教材では無機と有機の区別があった。父に聞くと「むきになる奴がやるのが無機化学、勇気のあるひとがやるのが有機化学だよ」との説明。しばらくはそれを信じていたがいつの頃からか、くだらないジョークだとわかった。その後、大学に受かって浮かれていたときに、父が「医大のいちやまあらた(市山新)先生に勉強の仕方を聞いて来い」というので、いちやまあらた先生のお部屋を尋ねた。いちやまあらた先生は、生化学の教授、なので「わたなべくん、これを読みなさい」と、Whiteの生化学を下さった。Whiteという人が中心になって作った生化学の教科書、それも、英語の分厚い本であった。困惑しつつも感謝して頂き、札幌に持っていって一生懸命に読んだ。この頃には有機化学と生化学の関連も少しはわかるようになっていた。それで、教養部から医学部に進学した年の夏休み、第二生化学に実習に通った。緩衝液の作成だとか、酵素反応の測定だとか、TCAサイクルだとかを手を動かして勉強したような気がする。その時の教授が、必須アミノ酸はふとりめすいばると覚えなさい、と教えてくれた今井陽先生である。今井先生からは、イノシトールは命取る、というのも習ったけど、どんな意味合いだったかわすれた。しかし、PIK3(ふぉすふぉいのしとーるすりー)が細胞増殖信号伝達系で重要だ、ということをずーっとあとになって知った時、今井陽先生の顔が浮かんだ。また、スクワレンは救われん、というのも習った。コレステロール合成のスタート物資で、これもあとにあってとても重要な物質であることを知った。高校、大学のときの勉強は結構役立つものだとつくづく思う。遺伝子変異の結果、アミノ酸が他のモノに入れ替わり、発がんの元になったりするということがわかってきた。なので、我々腫瘍内科は、アミノ酸だとか、遺伝子変異だとかについても十分な理解をしていないといけない。EGFRのT790Mというのは、790番目のトレオニンがメチオニンに置き換わっているからEGFRが暴走する、というのも、「スタイル抜群水曜(水溶)日」でおぼえるSTY(セリン、トレオニン、チロシン)のT、が「言おう(硫黄)と思ってMCに」で覚えるMに変わる、ということ。このような領域はしかし、いまや生化学と呼ぶより、分子生物学という呼び方がコモンセンスである。市山新先生がいらっしゃった教室も生化学から分子生物学に看板が変わっている。その分、学門の中身も深く、濃く、幅広くなっていく。学門は自分でするもの、自分で学ぶもの。学門の中身が深く濃く広くなるのにあわせてYouTubeなどで様々な勉強ができる時代になった。ASCOも今年は参加できなかったが翌日から、ネットで全ての演題の発表を見ることができるのだ。あるとき、ある専門医の試験をうける資格をとるために二日間も缶詰になってくだらない講義を聴きに行く女医さんに浜松駅であった。そんなのなんでe-ラーニングでやれないのか、と思ってしまうが、一同に会して講義を聴いたという事実が専門医には必要なようで、ぼーとして聞いていなくても叱りつけるチコちゃんは会場にはいないらしい。