おせーて 増田しんぞー先生


PD-L1陽性でホルモン受容体陽性の場合、どうしてキートルーダやテセントリクは適応になっていないのでしょうか? 効かないのですか??? 教えて下さい。閉経前でホルモン療法実施中、LHRHアゴニストでホットフラッシュがとてもつらい患者さん、ホルモン療法をやめて、キートルーダ、テセントリクを使っていいのでしょうか? いけないのでしょうか? 保険査定が厳格な都道府県では査定されるのでしょうか?

大きい病院に求める幻想曲


ひさびさでございます

私は2005年以来、がんに関する医療を専門として浜松の地で診療所を営んでおります。とりわけ、乳がんについては、診断、薬物療法を中心とした治療、また、高血圧、糖尿病、高脂血症、アルコール依存症、風邪ひいちゃった、水虫になったみたい、などなど、がんの患者でも、そうでない患者でも必要な診療や、各種ワクチン接種なども責任をもって手がけています。このような私たちの医療活動「街角がん診療」を高く評価してくれる人々も大変多くいらっしゃっていますが、他方で「ちっぽけな診療所でなく大きな病院で診てもらいたい」と希望し、あからさまに後ろ足で砂をかけるような振る舞いで去って行く人々もおります。

ある日、ある時、当院に程近い街に住む高齢の女性(馬川余子さん:仮名)が娘さんが一人で当院を訪れました。2年前から右胸にしこりがあり、それが最近、急に大きくなって血が出るようになった、脇の下にもぐりぐりがあるから診てほしいと。胸とは乳房のことで、話を聞いただけで乳がんだろうと察し、診察で進んだ乳癌、リンパ節転移転移は脇の下から鎖骨周囲に及んでおり、乳がんの拡がりを表すステージは3Cで、昔の表現では「手術不能・進行乳がん」という状態でした。

しかーし、私の辞書には「手術不能乳がん」という言葉はなく、「手術不要乳がん」あるいは「手術無意味乳がん」という言葉がいきいきと記載されています。というのは、昨年のザンクトガレンカンファレンスでも推奨されたように当院では昔から”早期全身治療(Primary Systemic Therapy:PST)を基本的には第一選択としているからです。乳がんのPSTとは、まずがんの性格に合わせて全身に効果が及ぶ薬物療法を行い、乳がんのしこりが小さくなることを確認し、時期をみて必要があれば手術も検討しましょう、というものです。乳がんと診断された時点で、既にタンポポの種のように”目には見えない「微小転移」が全身に散らばっていると考えられており、そのような微小転移もPSTにより撲滅できるという考え方です。このようなアプローチは、HER2陽性乳がんではハーセプチンなどの抗HER2療法を、トリプルネガティブ乳がんでは、タキサン、アドリアマイシンなどの細胞毒性抗がん剤や、キイトルーダなどの免疫チェックポイント阻害剤を、さらにホルモン感受性乳がんでは閉経状況に合わせた内分泌療法を行っているうちに、乳がんのしこりを消えてしまい、手術が不要となることもしばしばなのです。

馬川余子さんは、私の説明を聞いて是非PSTをと希望されたので、その準備として2つの検査を計画し説明しました。ひとつは、乳がんの性格(HER2陽性なのか、トリプルネガティブなのか、はたまたホルモン感受性なのか)を調べるための針生検。もう一つは、全身の転移状況を調べるためのPET-CTです。それぞれの検査の日程を決めて、予約を取って、細かな説明をして説明文書をお渡ししてお帰り頂きました。

ところが翌日、馬川余子さんの娘さんから電話があり「母は大きい病院で診てもらいますから検査はキャンセルしてください。そちらにはもういきませんから」と、けんもほろろのお断り。本人は是非といっていたのだし、本人確認もしなくてはいけませんから、お母さんに代わってもらって馬川余子さんから状況を聞くと「自宅に帰って子ども達に話したら、大きい病院に行った方がいいから、と言われたので、そうすることになったんです。」ということでした。

このような「大きい病院」で診てもらいます、という話には慣れっこですけど、果たして大きい病院が優れていて良い治療を受けることができるのか、首をかしげたくなることもしばしばです。馬川余子さんは案の定、大きい病院の乳腺外科で、乳房(+大胸筋一部合併切除)、腋窩リンパ節、鎖骨上下リンパ節郭清、その後放射線照射まで行われたそうで、手術した側の腕は、リンパ浮腫でばんばんに腫れてしまいました。細やかな心配りと最善と治療ができるちっぽけな診療所よりも、大きい病院の方が優れた医療を提供してくれる、と思っている人は多いのはわかっていますが、本当はどうなの、と少しは問題意識をもってもいいでしょうに、と思いますが・・・・。

ひさびさの、オンコロジストの独り言でした。