こんな事が許されるのでしょうか?


ふみかたくんからのレスがないので、タイトルと内容を一部改訂しました。

子宮内膜がんと診断されて大学病院に紹介された患者さん、手術を勧められましたが、知人が横浜の血管内治療がいい、いいと勧めたので、大学病院での手術を断り6か月間通って血管内薬剤注入をうけたそうです。しかし、出血が続き、腫瘍が大きくなってきたと言われたということで、セカンドオピニオンを求めて当院へ。患者さんが月々の注入薬名を書き写したメモをみてびっくり仰天!! それにはハーセプチン、ベルツズマブが使用されていると書いてあるではありませんか。子宮内膜がんに抗HER2治療? しかも血管内注入? 以前もこのクリニカにかかっていた乳がんの患者さんがセカンドオピニオンを求めてきたことがありました。そのときもとんでもない薬剤が注入されていました。保険診療ではないからといってこんなことが許されていものでしょうか? 癌治療学会とか臨床腫瘍学会などの学会は黙っていてよいものでしょうか? 迷惑を被るのはなにも知らない患者さんたちです。

広告

痴呆会にならないために


乳癌学会が終了して、夏休みも終わり、あらたな活動シーズンに入りました。昨日、本日と乳癌学会中部地方会がありました。我思うに、地方会の基本はエビデンスレベル4、5の研究、つまり、症例報告とか、後ろ向き研究の発表を基本として、徹底的に討議して、どうすればレベル3,2,1への足がかり、勉強のとっかかり、研究のヒントが得られるか、と言うようなことの示唆が得られることが、最も重要ではないでしょうか。そういう観点からは、座学であっても教育講演として、EBM入門、とか、臨床研究の進め方、とかはあってもいいと思います。フロアーからの質問、コメントも、やっぱり低調です。まあまあ、穏便に穏便に、という風潮はやっぱりだめでしょう。実際、漢方#48が効く、という思い込みとバイアスの固まりのような最悪のケースシリーズ4例の報告もあり、「漢方薬はランダム化比較試験に向いていない」というセピア色の情けない主張がスライドに出ていて、これは指導者が悪いのではないだろうか?、発表者は多少、今後に期待できるような若者ではありましたので、思い切り突っ込んでしまいました。また、今のような教育セミナーも学会(学術集会、地方会)からは切り離して、年1-2回、別会場、別オケージョン、有料でやるのがいいでしょう。あるいは、企業スポンサーのしゃんしゃん大会をチューンアップして、薬剤よいしょではないように複数社相乗りで、実臨床の達人シリーズのようなケースカンファレンスを深めればいいのではないだろうか。ランチョン、モーニングなども、最近の傾向として企業太鼓持ち的な方向に、激しく傾いており、しかも、演者もそれに気づいていないような哀れなセミナーが増えています。また、MMG ECHO読影の技術講習も学会(学術集会、地方会)からは完全に切り離すべきでしょう。学会の時間を使ってのついでの技術講習に意義を主張する人もいますが、見ていると自己学習でも十分できるような内容なので、あれは、インターネットでやってもいいでしょう。同一会場に同一時間帯に集まる意義は、討論を通じた「情報、知識、理解の共有」にほかなりません。痴呆会を地方会にするには、いろいろと考えるところ、思うところがありまする。

イントロビデオ「いい奥さんをもらおう」


講演の前の5分ぐらい、ストーリー性のあるショートムービーを流す企業がふえています。5−6年前のアストラゼネカがはしりだったと思いますが、がんの告知をされた女性が家族にささえられ、不安や心配を乗り越えて治療に前向きに取り組むまでに至るというやや感動的な作品、二作目もあって、「あつしー」と、福内先生が呼ばれる場面は感動的でした。昨日見たのは中外(虫の害とは異なる)のもの、医局に泊まり込み、朝から手術、外来、抗がん剤点滴、カンファレンス、夜中の回診と、滅私奉公をする若手医師の姿をドラマ化、中心テーマは、奥さんが届けに来た着替えをナースが、先生これ、といって手渡すというところに表現されていて、「理解のある奥さんをもらわないといい勉強ができません」というもの。幸い、我が家は理解のある奥さんなので問題ありませんが、周りを見渡すと、このテーマで苦労している同士が実に多く、中外さんも実にいいところに目をつけたものだとただただ関心しています。中外にあっぱれー!!