よくわからないままに


オンコロジストの独り言を更新しようとしてひらいたらworldpress.comとコネクトしますか? という画面になって、なんとなくstep1-4まで進んだら、この世界に入り込んでしまいました。いったい何が起こったのでしょうか。過去のブログはどこへいったのでしょうか?

-ologyが違うなあ


昨日は静岡県大腸癌化学療法研究会というのがあって一般演題に対するコメンテーターとして参加した。静岡県では大腸がんは未だに外科医の牙城、しかし薬物療法が急速に浸透してきている現在、外科医が(見よう見まねで)薬物療法に取り組んでいる状況だ。しかし、われわれからみると、え~、なんでえ~、(ムンクの叫び)、信じられな~い、というような議論がまかり通っている。そのため、コメントもついつい過激になる。転移再発大腸癌に対して薬物療法がそれなりの効果を発揮しているのに、残った腫瘍を手術で取る、という文化がまかり通っているのが理解できない。技術的に取れる、切れる、ということが予後を改善する、という確証はまったくない。なのに、「コンバージョン」という表現で手術をすることを正当化しようとしている。「技術的可能」だが「生物学的無謀」というように感じる。どうも学問、つまりオロジー(-ology) が違うような気がする。

 

コメンテーターとして次の問題を提起した。

 

薬物療法がよく効く症例が増えてくると、どのようなことがおきるでしょうか。以下の記載のうちから正しいものを選びなさい。

 

(1) 大腸癌が転移してもQOLの高い生活を送ることのできる患者がふえる。

(2) 外科手術の重要性がますます高くなる。

(3) 外科手術がだんだん不要になってくる。

(4) 消化器外科医、腫瘍内科医、看護師、薬剤師などによる患者中心のチーム医療がますます重要になる。

 

麻薬って言わなきゃあだめでしょうか?


土日は第7回乳癌学会中部地方会が38度を超える猛暑の名古屋で開催された。企画は岩田広治先生が昨年からいろいろと考えていたようでかなり趣向を凝らした良いものだった。また、運営も愛知県がんセンターのスタッフの皆さん中心にウグイス嬢までこなし本格的でよろしかったと思う。昨年、浜松で開催した第6回のテーマ「すそのを広げよう、中部乳癌診療」をうけたリレーメッセージで「みんなで語ろう、乳がん」どおり、いろいろと語った二日間であった。

二日目の模擬カンファレンスで感じたこと・・。毎週愛知県がんセンターで開催されているカンファレンスの舞台再現版である。アメリカ型タイタニック病院の仕組みを模倣しているのかもしれないが、病棟担当ナース、外来担当ナース、メディカルソシアルワーカー、薬剤師、がん看護専門ナース、担当医、退院調整ナースなど、関与者が多すぎる。話のつっこみが甘い。看護師1名、薬剤師1名、医師1名、事務担当1名で十分にこなせる内容だろう。がん患者と介護保険、ケアマネージャーとの問題についても認識がちょっとゆるいのではないかな、愛知県行政の業務仕分けの対象となるのではないかと思ってしまうぐらいだが、トレーニング病院としては致し方ないだろうか。疼痛の強い患者にオキシコンチンを勧めても断固拒否。どうしたらいいか、という部分では、患者は、数年前に自分の母親が麻薬を使用したら二日で亡くなったという記憶から、麻薬は絶対に使いたくないという話だが、みんなで、麻薬、麻薬、と連呼しているので、おかしいな、うちでは麻薬なんていちいち言っていないなあと思い、「麻薬って言わなきゃいけないんでしょうか、オキシコンチンという痛みどめという表現で、浜松オンコロジーセンターではやっていますが、どうして麻薬って言わなきゃいけないんでしょうか?」と尋ねた。壇上の薬剤師が「入院患者では薬袋にと書いてあるので、麻薬と言わないわけにはいかないんです。」というので、「って書かなきゃあいけないんでしょうか?、法的に決まっているんでしょうか?」と聞いたところ、会場から岐阜の薬剤師が答えて曰く、「って書く必要はありません」と。確かに、麻薬というとどんなイメージがありますか、と一般の人に尋ねると「中毒になる」「やめられなくなる」「体が弱る」ので使わない方がいい、と答える人が多い。しかし、これらはすべて間違い!! 痛くてオキシコンチンを使っていた患者が抗癌剤や放射線照射が効いてオキシコンチンを減らしたり、やめたりした例は数多いし、中毒なんかになった人は会ったことがない。体が弱ることなんかもなく、むしろ、痛みがとれて、体が楽になって温泉に入ったようだ、と言っていた患者もいたし、よく眠れて食欲も出る、ということも多い。オキシコンチンの飲み始めには吐き気が出ることはあるけどノバミンやアタPなどの吐き気止めで抑えられるし、最初、眠くなることもあるけどだんだん慣れてくるし、便秘はセンナ、ピコスルファートなどでコントロールできる。この模擬患者の場合、お母さんが・・というけど、それはかなり昔の話で、当時の麻薬は、塩酸モルヒネをワインと砂糖水に溶かしたブロンプトンカクテルなど味も悪く吸収が不安定で、制吐剤なども同時に使うという知恵と技を持ち合わせた医師も少なかった時代だ。だから、当時のと今のは全然違うし、今は、医師も看護師も、いわゆる麻薬の使用にずっと手慣れているので、麻薬といわなきゃ始まらない、と言うもんでもなかろう、と、思う。しかし、会場からは、あの阿部恭子大先生も、「麻薬と言わなくてはいけないと思います。」とおっしゃったのですが、それでも食い下がり、「大昔の思い出とは決別して、別に麻薬、麻薬と騒がずに、オキノーム(野球賭博で謹慎を食らった力士はオキノウミ、似ているけどちょっと違うね)を1袋飲んでもらって、どう、痛みとれましたか、という感じで対応したってよいのではないか、と発言。今でもそう思っている。そう言えば、がんセンターにいた平賀一陽先生も昔、そんなことをおっしゃっていた。この麻薬、麻薬の話、会場にいた当院薬剤師の宮本さんに話したら、「ボクも聞かれたら、麻薬ですって言うけど、そうでなきゃあ、いちいち、麻薬、麻薬なんて言わないですよ。そんなんだったら、ナベルビンとか、抗癌剤使う時は、毒薬、毒薬って言わなくてはならないし、アリミデックス使う時は劇薬、劇薬っていわなくちゃいけないことになる。麻薬とか、毒薬とか、劇薬っていうのは単なる扱い上の分類の話だから、そんなこと、あまりこだわる必要はないと思いますよ。麻薬の管理はきちんとボクたちがやっているんだから、なんてのも全く必要ないですよ。」と、実に理にかなった正解を与えてくれた。また、模擬患者の話に戻り、会場から発言した相原病院のリエゾン看護師、早川さんの心理分析はさすがにポイントを得ていたし、今までの経験から私も同じことを考えていたので大きく納得した次第だ。宮本くんや早川さんのように、ひとりで何役もこなせる実力派の医療者がチームにいれば、船頭多くして船、山に登るようなカンファレンスに時間を費やすこともないんだな、とつくづく感じた。