5年ぶりの夏休み


今日の午後から今週いっぱい夏休みをとることになって先週末からうきうきしている。浜松オンコロジーセンター開設後はただでさえ海外出張などで休診ぎみで学会で池田正先生に会うたびに「渡辺先生、本業の方は大丈夫なの、もっとも先生の場合、どっちが本業かわかんないけどね」とにこにこして言われる通り夏休みなんて取っている場合ではなかった。また、ガイドライン委員長として薬物療法、外科療法、放射線療法、検診診断、疫学予防の5冊のガイドラインと患者向けガイドラインの改訂のため、毎年、7月初めには乳癌学会が終わるとすぐに改訂作業にとりかかり、翌年の学会のときに出版するよう、メンバーを決めたり、スケジュールをたてたり、というのが7月、8月に重くのしかかる作業として、気持ち的に夏休みどころではない、という感じでもあった。今年は、ガイドライン委員長も定年となり、少し楽にもなった。今年出版した薬物療法ガイドラインは、各方面から反響をいただいている。とくに、「診療ガイドラインは行政を動かすことができるか」というチャレンジングな内容に、コンサバ派、リベラル派から、いろいろな意見が寄せられている。それはさておき、6年間、ガイドライン作成に携わり、世の中もかなり変わったことを実感しつつ、吉本なにがしのように、いつまでたってもわけのわかんねえやつもいて、とかくこの世はおもしろい、という感じ。そんなこんなで、夏がすぎ風あざみ、誰のあこがれにさまよう、8月は夢花火、私のこころは夏もよう~、るんるん。今日から、静岡の高木先生と一緒に夏を満喫する予定です、メールは届くので何か御用があればご遠慮少なくご連絡ください。

難しい選択


週末は乳癌最新情報カンファレンスが沖縄で開催された。宮良先生、蔵下先生を中心とした「チームOKINAWA」の面々の結束と情熱で中身の濃いカンファレンスだった。でも戸惑いも多かった。このカンファレンスへの参加は今回が最初である。そして最後というのことだったし盟友の宮良先生が情熱を傾けて準備してきたことから、私と同じように最初で最後の心意気で参加した仲間も多い。このカンファレンス、立ち上げのころに参加しないかと誘われたが断った。遊ぶための口実のためにリゾート地で開催するいうゆがんだコンセプトが見え見えだったし、屋久島、淡路島・・・と開催された初期の頃から批判はしなかったが、静かに参加を断っているうちに「渡辺先生の嫌いな」という形容句がついたので演者としても誘われることはなかった。時を同じくして乳癌学会地方会が発足しつつあり、そちらを充実することが先決でもあった。このカンファレンス、すべてのセッションに製薬、医療機器企業が1:1の形で協賛しているので、なんか、他人の財布を当て込んで享楽にふける、という、昭和末期から平成初期のおねだりん時代の残像が見え隠れするようにも感じる。最初の頃は世の中もおおらかだったし「先生方の勉強を支援する」という理由が許容されていたが、お金に色はついていないとは言え、だんだんひもつきカンファレンスに対する批判や反省が表出されもし、また、利益相反の開示や、カンファレンス運営組織によるイブニング、ランチョンセミナーの運営など、透明性の維持が求められるようになってきた。そのため、このカンファレンスは今回が最後という話が乳癌学会理事会でも言及され、そういうものか、そのとおりだよな、という感覚で今回参加してみたのだ。内容は、準備もよくチームOKINAWAの行きとどいた心配りで、よい勉強、充実した交流ができたことは、改めて感謝したい。しかし、最後だと聞いていたのに来年も、再来年も開催される予定という話になっているようで、はたして時代の流れに逆らうことは可能なんだろうか、トレンドを眺めていきたい。三日目には、センチネルリンパ節生検のプラクティカルな取り組み、マンモトームの実態検討、そしてDCIS徹底討論など、普段の学会では薬物療法などのセッションに参加しなくてはならないので、なかなか聞くことができない話を聞くことができた。すべて一会場での開催の良さはこういうところだ。なかには三日目に早朝からゴルフざんまい、年寄りがカンファレンスに出ないでゴルフに行くのはかまわないが、病理を勉強しなくてはならない若手がひょいひょいとゴルフに誘われてついていく姿は情けない話だ。昭和の残像を見た思いがする。2日目の再発後の治療のセッションでは、岩田先生がCUREをめざすと主張する役回りで、私がCAREを重んじるという役回り、ジャイアント馬場対デストロイヤーのようにバトルを演じるように胴元からは期待された。しかし、この話題はバトルにはならない。最善のCAREを提供し続けることで、中にCUREがえられる場合が出てくる。だから「BEST EFFORT PRINCIPLE」がキーワードである。思いは私も岩田先生も同じなのである。
このカンファレンスの期間中に、With Youという患者との語らいの会に参加する羽目になった。あまりたのしくなかった。というのは、そもそも個々の患者のもつ医療上の問題は、1:1の医師患者関係において、医療の枠組みのなかで、解決すべきであり、そこに医療者としての社会的義務と責任が法的にも伴ってくるものである。多数の患者、市民を対象とした医療に関する情報、知識の提供、伝達とは根本的に異なるものである。とにかく出てくれというので、参加したが、個別の患者の医療相談となり、相談を求められる以上、「今、あなたが受けている治療は不適切である」と言わざるを得ない局面も出てくる。抗がん剤治療をうけていて便秘がつらいという患者さん。抗がん剤はなんですか、ときいたらパクリタキセルです、という。これで、すぐに答えがわかる。パクリタキセル、ドセタキセルなどのタキサンはアレルギー反応防止、むくみ発症予防のためにステロイドを前投薬として使用することもあり、制吐剤として5HT3ブロッカーは全く不要だ。なのに多くの病院でグラニセトロン、パロノセトロン、ラモセトロン、オンダンセントン、カンレイセトロン、トロピセトロン、アザセトロン、ドウデモセトロン、インジセトロンなどが前投薬に使用されている。これらのセトロンは、消化管の運動を抑制するので便秘は必発である。シスプラチンやACなどは、悪心・嘔吐誘発作用が強いのでこれらのセトロンとステロイド、アプレピタントを併用しなくてはならず、便秘対策も講じなくてはならない。しかし、吐き気がほとんどないタキサンに必要もないのにセトロンを使って、しかも便秘対策も不十分と、これでは、「今、あなたが受けている治療は不適切である」と言わざるを得ない。他にもハーセプチンとジェムザールの併用、など、治療自体に疑問を感じるような場合があり、ああいった中途半端な患者会議では、どういう風にふるまえばいいのだろうか、難しい選択である。

やっぱりだめだねえ~


昨日、ニュースジャパンを見ましたが、ハーセプチンによる再発抑制効果についてのキャスターの説明は、やっぱり、全然だめでした。そもそもキャスターは、与えられた原稿を読むだけで、たとえ古館にしても、みのもんたにしても、秋元優里にしても、自分の言葉ではしゃべりません。全然だめな説明は、取材してニュースのストーリー仕立てをして原稿を書くディレクターが、行き当たりばったりの取材だったり、根本がわかっていなかったり、ということが原因です。エビデンスリテラシーということが、医療界にも全く浸透していないので、相対リスク抑制、ハザード比、などで表わすべき指標を、絶対リスク差であらわしたりすると、真実が正しく伝わらず、分かりにくくなるわけです。その話を、結構しつこく取材では話したのですが、結局まったく要領を得ない説明でした。最後にキャスターの秋元優里が、カプランマイヤーカーブのパネルをさかさまにひっくり返して、「むしろ、患者の立場では、このような見方が必要なのではないでしょうか?」と、究極の頓珍漢、で締めくくりました。

わかりにくい資料


フジテレビがハーセプチン治療を受けている患者に焦点をあててニュース番組「ニュースジャパン」で紹介したいので取材したいと来たのは4月の半ばごろだった。そのあと政治・経済・スポーツ・とばく・芸能など、ニュース盛りだくさんで放送が延び延びになり、ときどきディレクターから5月中には放送になります、6月の後半にずれこみそうです・・と連絡は受けていたが別にどうでもいいやと思っていた。以前、フジテレビが1か月ぐらい「街角がん診療」を密着取材にきてたくさんの患者さんにインタビューしたいということで私から無理言ってお願いしたり学会での講演の場面を撮りたいというので学会事務局に掛け合って了解をとったりした挙句、焦点を絞り切れずボツになったことがあったので、今回もそんなことだろうか、と思いつつも忘れかけていつつも、どうなったのかな、と気にはなっていた。先週電話があり、7月7日の夜11時30分からの「ニュースジャパン」で放映されることになったとのこと、つまり明日なのだけど、その電話で、放映が遅くなった理由がどうも他にもあることがわかったのだ。ディレクターの説明はこうだ。「虫害からもらった資料をみるとハーセプチンによる再発抑制効果は6.3%、救命効果は2.7%となっていて有意差があるあるというが、ある放射線科の専門の先生に意見を聞いたら、こんなわずかな差で効果があると考える方がおかしい、とも。以前、渡辺先生から聞いたハーセプチンの効果は、確か再発を半分に抑えるとのことだったが6.3%という数字と、半分という数字がどうも結びつかないのです、それもあって、なかなか放送に踏み切れず・・・」。うん、確かに6.3%とか2.7%とか、そういう数字では誰も納得しないだろう。この数字は、ハーセプチンを術後に1年使用した場合としない場合を検討した「HERA trial(へらとらいある)」の2年経過時点での解析結果として2007年にランセットの掲載されたデータで、それがそのまま、虫害の資料としてつかわれているのだ。HERA trialはの結果は2005年5月のASCOで発表され同年10月のニューイングランドジャナルオブメディスンに論文として発表された。HER2陽性乳癌患者に初期治療(化学療法・手術・放射線)後、ハーセプチンを1年間点滴するグループとしないグループを比較すると、ハーセプチンを点滴すると再発が抑えられ、その効果の大きさは「ハザード比で0.54」。同じころに発表された別の臨床試験でもハザード比は0.5前後と報告されている。臨床試験の業界でもEBMオタクの世界でも、再発とか死亡とかのイベントが、観察期間も様々な対象でぽつぽつと起きるような場合、治療した場合としない場合の、イベントのおき具合を表す指標としてハザード比という指標を用いる。ハザード比は横軸に時間、縦軸にイベント発生割合をとったカーブの傾きの比とか、曲線の上にある面積の比、などと説明することが多い。時間の経過とともに事象が起きて行くときに使用する表現なのだ。だから、ハーセプチンの効果などは、ハザード比で表わすのが適切で、それが0.5となっていれば、「再発が半分に抑えられる」と理解できるのだ。ところが、この表現の意味がわかっていないと、ある時点で区切って、その時の再発率の絶対的な差で表現しようとする。これが、6.3%という数字が独り歩きし始めた原因だ。古い医師の中には「胃がんの5年生存率」というように、ある時点で区切ってそれまでのイベント発生割合の絶対的差でしかものが考えられない人たちがいるので、そのような脳みその構造をもった人のために、虫害山口さんが6.3%を強調したのかもしれない。しかし、この表現はずいぶんとゴカイを与える。ゴカイではだめだ、イソメを使いなさい、という話ではなく、ハザード比でものごとを考えなくてはいけないのだ。この話をフジテレビのディレクター氏に電話で何回も何回も説明したが、???ということだった。なので、先週の金曜日の昼休みに杏雲堂に来てもらった、あれやこれや、説明した。その結果がどうなるか、明日の夜のニュースで明らかになる。かりにうまく表現できていないとしたら、それはディレクター氏が悪いのではなく、すべて、説明がうまくできない私の責任です。えっ、やけに謙虚じゃん、ってか?