決める人は決めなさい


「内閣府の上の方からの意向です」というメモを作ったのは決めるべきことを決められない文部科学省の小役人でした。国の行政、すなわち各省庁の小役人は「決めるべき事が決められない」という習性があります。「行政の不作為」という言葉はいつの時代から存在したのでしょうか? これはすなわち、「小役人が臆病なので最終決断ができない」ことが原因で「小役人は物事をきめない」、「決定を先送りしても何となく許される」、「それは重要な問題ですね〜」と、うだうだ言っていると、人事異動の時期になり「後任の者によく伝えておきます。」と、なにを伝えたかというと「うだうだしていればいいです。移動が決まったら、後任の者によく伝えておきます、と言えばそれで済みます。」と言って、うだうだ、うだうだがいつまでもいつまで続きます。我々の領域での「うだうだスパイラル」はオンコタイプDXや遺伝性乳がん遺伝子検査の承認問題、主役は厚生労働省の小役人たち、それと乳がん学会側からは、交渉べたのAかしSだCOさんです。保健償還できるようにする方向と、先進医療とする方向という、異なった2つの解決策、2つの異なった担当部署の間、しかもそれぞれが異なった時期に異なった周期で人事異動しているのでうだうだスパイラルが永久に続くのです。安倍首相が業を煮やし、官邸主導で一気に事を進めたくなる気持ちはよく分かります。首になった事務次官が腹いせに「行政が歪められた」と威張っていますが、要は、決めるべき立場の人が決めないからややこしいことになるのです。AかしSだCOさんが昭恵夫人だったらよかったのに・・。

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この世の変遷


天下の聖路加病院に労働基準監督署から「土曜日の外来診療実施は労働基準法違反」との指導がはいり、土曜外来を閉鎖することになったとのこと。それで困るのは土曜日しか病院にいけない中小企業の労働者ではなだろうか? また、深夜、急変した患者の対応をした医師は翌日休んでいい、ということで、大事なカンファレンスも平気で休む医師が多い。日本が「社会主義国家」どころか「共産主義国家」になり、医師も一労働者として、世の中の歯車として地味に生きなさいということになっている。それでもいいけど、医師はやはり専門職としてそれなりの評価と尊敬をうけており、また、自覚と責任をもって世の中の期待と信頼に応える、ということになっていたはずである。では医師法にある「応召の義務」はどうなるんだろう?

医師法第19条 「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」ということで、『患者が貧困であるという理由で、十分な治療を与えることを拒む等のことがあってはならない』とか、『休診日であっても、急患に対する応招義務を解除されるものではない』と言うことになっているので、当直開けでも、夜間、看取りをして翌朝、病理解剖に立ち会って、遺族を送り出して、そのまま外来勤務して・・・というのが当たり前と、医師法では規定されている。 それだけ、医師の専門性を評価しているとも言える。しかし、労働基準監督署があれこれいうようになって医師も一労働者、ホワイトカラーではなくってブルーカラー、ということになれば、専門職としてのプライドを持つ必要もなく、寝食を忘れて勉学に励むなんて馬鹿なことはやめて、正当な評価としてベンツやポルシェに乗っていたのをやめて、スズキスウィフトに変えて9時5時シフトに徹底すればいいってことになる。それでも医学部に行きたいという若者がいるだろうか? それなりのプレステージの背景にはそれなりの自己鍛錬と自己犠牲があったはずだ。

聖路加病院で思い出したが山内先生が「最近の若い者は『ほうれんそう』ができないのよ」と年寄り臭いことを言っていた。ほうれんそうとは、報告・連絡・相談 のこと。つまり、若者が上司に、患者の○○さん、検査結果改善していましたなどという報告、病棟業務が長引いて勉強会欠席しますなどという連絡、遺伝子発現研究についてご相談がありますなどという相談のこと。しかし、ほうれんそうができない、なんていうのは、いまや当たり前のこと。もう、君には期待しないよ、というほど、ラインで連絡しても既読無視は当たり前。バーベキュー大会やるからきてね、出欠を教えて、といっても返事もよこさない、また、お土産を買ってきてあげても、お礼も言わない、といった、返事・報告・連絡・相談・お礼、など、とにかく人と人との関係性の潤滑油も枯渇してしまった。この世の急激な変化に、ついつい、今の若いものは、という愚痴がもれる我々、還暦世代である。

初夏のつばめ


このブログでも浜松オンコロジーセンターが開院した12年前、玄関軒先につばめが巣を作り雛が巣立った話題をお伝えしました。幸せを呼ぶつばめの営巣、巣立ちは、その後、数年おきに続いていました。昨年、巣立ち前の雛がカラスに拉致されるという事件が起き、カラスにより半壊状態となった被災地は悲惨な姿を止めていました。ことし春先の悲しい出来事から49日経った頃、2羽のつばめが崩壊しかけた巣の下見にやってきました。そして、夏も近づく八十八夜の5月2日、小枝や泥、糞が巣の下に貯まるようになり、巣の修復作業開始が確認されました。しかし昨年の惨事もあり、やや気の重いつばめ対応でしたが、とりあえず、玄関先がよごれるので以前から使用していたつばめ専用シートを妙子が巣の下に設置、それを見た「いきものがかり」の職員があれは何?と関心を示しました。カラス襲撃事件の不幸な顛末を話すとネットでカラス防御対策を調べ、つばめ見守り隊が結成されたのでした。昨日、カラスよけネットを設置し、昨晩、つばめ夫妻の入居を確認しました。これから産卵、抱卵、孵化、巣立ちの夏を迎える浜松オンコロジーセンターから渡辺がお伝えしました。