最先端の誤解


標準治療と先進治療、どちらが良い治療でしょうか。答えは標準治療です。標準治療とは、臨床試験がきちんと行われ、効果と安全性が十分に吟味された治療をさします。ところが、標準治療は「並み」で、「先進治療」が「特上」というような、間違った概念が植え付けられているように思います。先進治療とは、標準医療として将来的には、保険が効く医療となるけれど、現段階では、まだ、十分に安全性も有効性も定まっていない治療です。言ってみれば、将来有望かもしれないが、現時点では海の物とも山の物とのつかない新人選手みたいなものです。先進医療には、樹状細胞及び腫瘍抗原ペプチドを用いたがんワクチン療法、活性化自己リンパ球移入療法などが含まれます。厚生労働省は医療機関を限定し、臨床試験を積極的に行ってきっちりと評価しましょう、ということで保険診療とは別建てで、患者から料金を徴収してもよいということにしています。しかし、この先進医療という用語は、まるで、厚生労働省が認めた最先端の優れた治療という間違った印象を一般の人々に与えています。先進医療はこのように行政上の用語ですが、それになんとなく似た用語で、「先端医療」という言葉が使われます。これは定義もなにもなくて、先進医療のごまかしで使用されている場合もあります。まるで、「松阪牛」を「松坂牛」と書く中国人のようなずるがしこさですね。
確かにペプチドワクチンや樹状細胞は、悪性黒色腫や前立腺がんといったごく一部のがんで有効なことは確認されていますが、乳がん、大腸がん、胃がんなど、多くのがんでは、効果の兆しは全くと言っていいほど認められていません。したがって、これらは未完成治療、あるいは、不確定治療と呼ぶ方が正しいと思います。ところが、樹状細胞やペプチドを用いたワクチン療法は、○田クリニック、セ○ンクリニックなどの民間診療所で、毎月数百万円の自費診療として行われているのが現状なのです。しかし自費診療としてまったく法律の枠外で行われていることですから、歯止めをかけることはできません。また、生命保険会社も、先進治療をカバーする保険を売り出しているため、この誤解を助長しています。標準治療にも限界があるのは事実です。もう有効な治療はないという場合には、未来の患者のためにも、きっちりとした臨床試験に参加すること考えてもらいたいと思います。たとえば、山口大学の岡正朗教授の消化器外科では、臨床試験として、しっかりした枠組みで、これらの免疫療法が本当に効くのかを、検討しています。大腸癌が対象ですが、この試験でしっかり検討して本当に良い治療ならば、将来の患者さんにもこの上ない贈り物として残していくことができるでしょう。その場合、臨床試験の段階によっては、全く自分のためにはならないということもある、未完成、不完全だから試験をするんだ、ということをよく心得ておく必要があります。

あたりまえですよね ゾメタ


4月から外来化学療法加算1 がAとBに分かれた。外来化学療法加算Aは、infusion reactionとかアナフラキシーショック等の重篤な合併が起こる可能性のある薬剤には十分な専門的な観察が必要なので、それなりの陣容と体制を整えなくてはいけないので580点、Bは、そうでもないので430点。先生のところはゾメタはどうしていますか、という問い合わせがあります。どうもこうも、そもそも静注の薬剤だし、歯科治療既往、現症などに注意を払い顎骨壊死など重篤な合併症に対して十分な観察が必要なので、当然Aを算定していますよ、とお答えしています。当然ですよね。

朝日新聞連載 ― 臨床試験のための基準づくり ―


がん治療が正しく行われるには、病理診断は大変重要です。病理診断とは、がんなのか、がんではないのか、がんだとすれば、たちの悪いがんなのか、よいがんなのかを、顕微鏡に映るがんの姿を見て診断するのです。最近では、薬物が効きそうか、ということも診断できるようになってきました。それほど重要な病理診断ですが、同時に、病理診断医の技量の差も大きく、また、主観に左右されやすい領域でもあります。また、かつては、学派によって診断が異なるという場合もありました。
CMFとテガフール・ウラシル配合薬のランダム化比較試験は日本全国約五十の病院で行なうことになっていたため、対象となる乳がん患者を適切に選択するためには、病理診断が正しく行われる必要がありました。病院によって、地域によって、対象となる患者が異なっているようだと、得られた結果を正しく解釈できないということにもなりかねないのです。そのため、臨床試験開始の1年半前に病理部会を組織しました。定期的に行われた会議では、試験に参加する五十病院の病理診断学の先生に、毎回、数十枚の顕微鏡写真スライドを全員同時に見てもらい、たちの悪いがん、ふつうのがん、よいがん、を診断する基準を作成してもらいました。病理診断の専門家の集まりといえども、最初のうちは、診断がなかなか一致しません。同じスライドを見て、たちの悪いがんという答えと、ふつうのがんという答えが、半々ということもありました。会を重ねていくうちに、一致率は次第に向上していきましたが、どうしても主観に左右されるところがあり、完全一致というところまではいきません。そのため、臨床試験では、各病院の病理診断医に診断してもらったものを、あとで、3名がもう一度見直して確認する、という方法をとりました。この時作成した乳がん病理診断基準は、今では教科書にも載っています。当時、ご協力頂いた 病理診断医の先生方には感謝しています。

20年ふたむかし


1992年に私たちは国立がんセンターでそれまで内分泌と呼んでいた乳がんの内科診療を主たる仕事とするグループを、乳腺内科と呼ぶことにした。それは誰に許可を得るものでもなく勝手にそう決めてそう名のった。がん治療学会でも、乳腺内科渡辺亨ですとあえて所属を強調した。変な診療科だね、内科でいったい乳腺の何をやるの? とか、母乳マッサージとかやるのか? などと、大腸外科のMRY先生にさんざんコケおろされた。しかし、しかしだ、そこには腫瘍内科という存在をアッピールするための全体計画があったのだ。つまり陣容が充実するに伴い婦人科癌を守備範囲にいれ泌尿器科癌、頭頸部癌、泌尿器科癌、原発不明癌など、腫瘍内科分野からの参画に乏しい領域を少しづつ勉強していき名実ともに守備範囲を広げていったのだ。当時、へんだな、と思ったことの一つに、臨床腫瘍研究会などで胚細胞腫の発表に、「私は素人なので教えてください。」と前置きするOE君の姿だ。何が、素人なんだ? お前は肺がんしか勉強しないから、そんなへんな前置きをするんじゃあないのか? と感じたので、私たちは腫瘍内科と胸を張って言えるように勉強していこう、と決めたのだ。その歩みの途中で乳腺内科という変な看板は徐々にフェードアウトさせていった。そのような周到な計画のもとに行った活動である。婦人科癌では勝俣君がよく頑張ってくれたし、そのほか、先生のお弟子さんですか? と聞かれてうれしくなるような若手がたくさんそだった。ところで、今年、2012年4月から、とある癌専門病院に乳腺内科という看板があがったらしい。三丁目の夕日の感覚だなあ。化学療法科という、血も涙もないドラッグハンター的呼称よりはましだけどね。Breast Medical Oncologyを大学に定着させると張り切っている元若手外科医もいるが、それはそれで、いいかも知れないが、時代は、ボーダレスの方向に向いているのも確かで、やはり、一領域に固執した取り組みでは、片手落ちになる。数年前のビジネスのキーワードは、「選択と集中」であったが、リーマンショックや、タイの洪水などをみても、一領域、一地域に限局し、選択し、集中することが、どんなに危険か、ということを学んだ。むしろ、軸足をしっかり決めるけれど、守備範囲はある程度ゆるく、ひろく確保する、という視点が必要であり、それには、中腰、ため腰のスタンスが重要なのである。

朝日新聞連載


臨床試験のためのチームづくり

テガフール・ウラシル配合薬は、一九九〇年代前半の日本では乳がんの他、大腸がん、胃がんでも広く使われていました。しかし、手術後に使用した場合、がんの再発を抑制できるかということに関しては、専門家の間でも、賛成派と反対派に意見がわかれる状況でした。一方、欧米でも、胃がん、大腸がんでは、当時、手術後に標準的に使用される治療方法が定まっていませんでした。そのため、これらの疾患では、手術後に抗がん剤治療をしない場合と手術後にテガフール・ウラシル配合薬のランダム化比較試験を行う必要がありました。そこで、乳がん、大腸がん、胃がんの三疾患を対象に、国立がんセンターを中心に大学病院、基幹病院に協力を呼びかけ、全国規模での「多施設共同臨床試験」が開始されたのでした。一九九五年の事でした。乳がんでは、術後抗がん剤治療として、CMFとテガフール・ウラシル配合薬のランダム化比較試験を実施することになり、私はその試験の責任者に任命されたのでした。数百人の乳がん患者さんの協力を得て、国民からの税金を研究費として使用して実施する試験ですから、それこそ不退転の決意で臨まなければいけません。まず、取りかかったことは、試験を実施するための中核となるメンバーをきめ、運営委員会組織を構築することでした。私の同僚の腫瘍内科医師、乳がん手術を専門とする外科医師、国立がんセンターとはライバル的存在であった癌研究会附属病院の病理診断学の先生、大学の統計学専門家、被験者となる患者さんにどのように説明をするかという倫理的な面を専門としている看護研究者、集まってくるデータをどのようにまとめ解析するかを研究するデータマネージメント責任者、患者さんの生活の質(QOL:クオリティーオブライフ)を研究している医師など、異なる領域の専門家に、臨床試験という共通の目的を達成するために協力を依頼しました。まさにチームビルディング力が求められたのでした。

エビデンスと経験のはざま


熱病のように根拠のない風評が拡がっているように思う。転移性乳癌に対して古典的なホルトバギーアルゴリズムを無視して、結節性肺転移に対して、私はケモを選びますね、という意見を聞いた¹。先生、ホルモン感受性陽性だし、術後のホルモン剤終了してからかなり時間がたっているし、どうしてホルモン療法の選択ではだめなんでしょうか? と尋ねると、ケモがよく効きますからね、肺転移には、という。その根拠はなんなんですか、と聞くと、経験ですよ、経験!と居直っている。見かけはそんなに年配の医師ではない。その医師は、昔、癌治療学会で渡辺先生から、コテンパーにやられましたが、とも言っていたが、こんなやつならコテンパーにやっていたに違いない。それから何十年たったのか知らぬが、全く成長がないんじゃあないの、このひと。懇親会も出ないで消えたのでゆっくり話すこともできなかったが、岩手県での出来事だ。
別の機会のディベートの話、ジェムザールはパクリタキセルと併用することになっている、OSが延長したというエビデンスもある、と主張する人が多い。そのエビデンスとは、Kathy Albineの論文だが、その論文で報告している試験ではパクリタキセル終了後のジェムザールを使用した症例は15%なので、85%がジェムザールの恩恵に浴していないのだ²。WEBでたまたま見かけた新潟の牧野先生も、パクリタキセルとジェムザールの併用に関しては、前臨床のデータもあり、生存期間の延長効果の意義は大きいとおっしゃっていた。りりーも併用を推進することが適正使用であると勘違いしている節もある。しかし、ジェムザールを単剤で使用した経験のある医師は多かろうけれど、脱毛もなし、吐き気もなし、しびれもなし、と実にQOLを高く保てる薬剤であるのに、わざわざ、パクリタキセルとの併用で使う必要もなかろうし、また、OSが伸びるというデータもエビデンスとしては弱い。事実、ドセタキセルとの併用ではOSも伸びず、併用の意味はなかろう、ドセタキセル単独でいいだろうというような結論が出ていた³。浜松オンコロジーセンターでは、あまりにリリーがうるさく言うので、ゲムシタビンは他社のジェネリックに変更した。そしたらリリーのMRクンも来なくなりゲムシタビンは単独で使用しているがそれでいいんじゃあないかと思う。医薬品機構が教条主義的、エビデンス原理主義的に、かたくなに併用を縛るため、臨床の現場が大変混乱するのだ。こんど、JCOG元代表でJCOG見直しの原動力となった青儀先生がWEBに登場するらしい。まさか、ジェムザールはドセタキセルとの相性は悪いがパクリタキセルとの相性は素晴らしい、なんていうおかしな結論を導いたりしないように、エビデンス侍期待の新人、原先生、青儀先生をしっかり支えてください。

1.Hortobagyi GN: Treatment of breast cancer. New England Journal of Medicine 339:974-84, 1998

2. Albain KS, Nag SM, Calderillo-Ruiz G, et al: Gemcitabine Plus Paclitaxel Versus Paclitaxel Monotherapy in Patients With Metastatic Breast Cancer and Prior Anthracycline Treatment. Journal of Clinical Oncology 26:3950-3957, 2008

3  Nielsen DL, Bjerre KD, Jakobsen EH, et al: Gemcitabine Plus Docetaxel Versus Docetaxel in Patients With Predominantly Human Epidermal Growth Factor Receptor 2–Negative Locally Advanced or Metastatic Breast Cancer: A Randomized, Phase III Study by the Danish Breast Cancer Cooperative Group. Journal of Clinical Oncology 29:4748-4754, 2011