PET神話崩壊事例


久しぶりで聞いたナンセンスプレゼンテーションは、あまりのナンセンスぶりに驚愕し、思わず研究会会場から発信したが、そのナンセンスぶりに対する感動は1日たってもまださめやらない。そもそも、この研究会というのも、もはや時代遅れだ。1製薬企業がスポンサーで、年に2回開催される典型的な「地方の研究会」、持ち回りで当番世話人という古風な名称で毎回毎回世話人がかわる。どうでもいいような世話人会というのが会の開始前に執りおこなわれる。20年以上前から行われているこの会では、なんのデータもでない、科学的にも評価に耐えられない臨床試験まがいのおままごとをやったり、静岡県の症例登録をしたり、倫理も科学もありやしない。確かに20年ぐらい前だったら、これでよかったかもしれない。しかし、今や、歴史的使命を完全に終了したような典型的な「痴呆の研究会」である。それで、PETの話だが、画像をみるとPET-CTなど、すげえなあ、と確かに関心する。一時期、新幹線の中にも日立のPETCTのコマーシャルが乗降口の壁に載っていた、じっくりと見た人も多いだろう。えっ、ここまで見えちゃうの?これなら診断の専門家なんていらないじゃん、と思ってしまうほど、猫も犬もPET、ペットの雰囲気があった(だじゃれです)。夢の検査PETCTで見つかった癌病巣を夢の治療法トモセラピーで照射すれば癌は治る、とうたっている病院が未だに帯広のほうにあるらしいが、それも時間の問題だ。

ウィキペディアで春山茂雄を調べると出てくるが、『「「脳内革命」で得た利益を元に1996年4月、総事業費50億円を投じて東京都新宿区に健康テーマパークと銘打った「ザ・マホロバクラブ」を開業。和風高級人間ドックとして営業したが、数年で閉鎖に追い込まれている。1998年には東京国税局から約6億5000万円の所得隠しを摘発された。2006年12月26日に春山個人と関連する6法人が破産、田園都市厚生病院も閉院となった。』という原因の一つに、PET導入にかかった数十億の負債が原因との記事もあった。

また、東京の西台クリニックもPETで名を売ったが、過剰投資がたたって倒産した。PETあるいは最近ではPETCTが主流だが、これらの画像検査は確かにびっくりするような画像が出るので、説得力はあるように思える。しかし、待てよ、びっくりするような画像が見えるのは確かだが、見えることにどのような意義があるのか、という点が問題なのだ。絵画鑑賞をしているわけではないんでね、それは、MRIでもいえることで、PETCTで診断することで、どのようなよいことがあるのかがポイントなのだ。よいこととは、検査でわかったことで治療が変わった、あるいは早く手をうつことができて長生きすることができた、病気をなおすことができた、他の検査をしないですむ、特に他の検査が痛い検査だったりする場合は特にである、病気がないことがわかって安心につながる、など、で、こういった、よいことがあれば検査としての意味があるが、ただ、すげえ画像が見えちゃう、だけでは、MR.マリックと同じ。いろいろ検討していくと、何もPETCTでなくてもよい、PETCTでなくても他の検査でも同じ、とか、PETCTでは意外と見えないこと、わからないこともあるので、そんなにいい検査ではないね、とか、かえっていらぬ心配が増えた、というようなこともあって、PETCT神話は現在、音を立てて崩れているように思う。保険点数が低く設定されたから、PETCTでは採算があわないんだ、点数設定がおかしい、という意見も聞くが、意味のない検査に、そんなに高い点数はつけてはだめだし、その点、厚生労働省保険局は先見の明もちょっとはあるね。熱病のごとくPET、PETと言っていた時代に導入を決めた病院では、数億から数十億の負債がずんと重くのしかかっており、それに加えてこの「みぞうゆ」の不況だ。当院でも確実に患者数、セカンドオピニオン数も減っているので、さすがに今回の不況は、「世の中の景気にはあまり左右されない」と言われる医療機関や製薬企業も例外なく影響を受けているはずだ。虫害製薬だって例外製薬ではなく中外製薬だ。我が県立総合病院では、な、なんとPETCTを3台も導入、しかも検査につかう放射性同位元素を含んだFDG(フルオロデオキシグルコース)を作るサイクロトロンも自前で持っているというから、その投資額は30億円を超えたという話も聞いた。浜松えすれい病院でもそうだが、PETCTを依頼すると翌日でも予約できる。どこも同じような状況で、閑古鳥が「くえっ、くえっ、ひまだ、ひまだ」と朝から晩まで鳴いている。PETCTを導入している病院では、集客のためにパンフレットを配ったり、各診療科に検査件数のノルマを課したりと躍起になってもとをとろうとしているわけだ。でも数十億を診療報酬でもとをとるのははっきりいって不可能である。「もとはとれないが有意義な検査であるので設備投資として必要」と言うぐらいの取り組みでないとこんな大がかりな検査は導入できないのだ。そんな背景を知らないtnizm先生が、あっけらかんと「約150例の乳癌患者の術前にPETをやりましたが、いいことはなかったです。でも、病院の経営改善のためには、今後どんどんPETCTをやらなくてはいけないじゃあないかな、と思います」とやったものだから、会場騒然、で、私も思わず質問に立ったわけである。

それにしても静岡がんセンターの夢の庭園にしても、静岡空港にしても、PETCT一挙3台購入にしても、草薙球場ドーム化構想にしても、静岡県知事石川 嘉延の治世にろくなことはないようだ。爪に火をともして生活している我々県民の血税をこれ以上、無駄に使ってもらっては困る!!! no more 石川 嘉延 だよね。

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ナンセンスプレゼンテーション


久しぶりで目が飛び出るようなナンセンスプレゼンテーションを聞いた。静岡乳癌研究会での話。静岡県立総合病院といえば、日本のMGHを自認している医師もいるぐらいの病院だが、そこで、乳癌術前診断でPETをやっているという話。経営を助けるために今後、全例にPETを実施するって??? 冗談じゃあないね。びっくりしました。

第5回浜松オンコロジーフォーラム


第5回
浜松オンコロジーフォーラム
 
2009年2月21日(土曜日)
15時~18時
 
楽器博物館研修センター
 
(1)がん患者の栄養管理 飯島正平 (箕面市立病院)
(2)頭頚部がんの治療 藤井博文 (自治医科大学)
(3)食道がんの治療 高木正和 (静岡県立総合病院)
(4)乳がんの治療 渡辺 亨 (浜松オンコロジーセンター)
 
参加無料
対象 医師、薬剤師、看護師、栄養士、放射線技師、学生
 
お申し込みは、がん情報局まで

「お金と医療文化」in NEJM


 
浜松オンコロジーセンターを立ちあげたときに、経営者として読んで役に立った本は「さおだけ屋はなぜ潰れないか」である。その中で「いずるを制しはいるを計る」ことが重要だ、ということを学んだ。確かに今でこそエアコンのスイッチはこまめに切るし部屋の電気も消すようになった。山王メディカルプラザに勤めていたころは銭ゲバに対する腹いせもあり夏には夜中もクーラーをキンキンにかけていたことを考えると180度の更生である。少し前にIWT大学の医局を見せてもらった時のこと。日曜日の朝だったが研究室、医局、実験室など、すべての部屋には電気がこうこうと灯りテレビもガンガンとつけっぱなし。古き良き時代を感じた。
 
さて今週号のNew England Journal of Medicineに「Money and the changing culture of Mediciene」という論説記事が載っていた。訳せば表題のとおり。医療の分野にもビジネスの考え方が強烈に入り込んできており、医師の医療行為、行動もすべて、市場原理、経済原則の物差しで判断されるようになっているのは、日本でもアメリカでも同じ。しかし、医師が医療を行う際、やりがいとか、達成感とか、充足感とかは、必ずしも「収入」とか「給料」とかではなく、社会から期待される医師としての専門性が発揮できたとき、とか、日頃の勉強や鍛練の成果が診断や治療に役立ったときにえられるのである。それが、この不況で医師の働きをすべて、経営効率で評価される風潮が強くなっている。浅薄な若者は「最小限の努力で最大限の収益をえよう」ということを考える。そうすると見かけ上9時5時シフトで勤務時間が限られていて楽そうに見える麻酔科や放射線科や眼科なんかを志向するものが増えて、がん医療や小児科、産科に進む若者がへってしまうのだ。我々はよく患者の治療方針や画像診断や病理診断などについて同僚や先輩に非公式に助言を求めることがある。こういうのも専門家としての責任感や向上心から自発的におこなっているのだが、ここにビジネスを持ち込んだらどうなる?「先生、今のコンサルテーションは15分ですので4500円プラス消費税になります。それでよろしかったでしょうか」なんていうことになったら、お前はアホか、と愛想を尽かされてしまうでしょう。それで、NEJMで主張しているのは、医療をビジネスの尺度だけで計ると医療の質は低下し、かえって効率が悪いよ、ビジネス対応と、やりがい対応とのバランスをうまくとらない限り、医療の劣化はさけられませんよ、ということです。激しくうなずいてしまいます。

アルバイト・パラサイト


年が明けて受け取ったメールの中に「せっかく国立がんセンターレジデントをご紹介頂きましたが○●◎病院で研修することにしました。」というようなのがいくつかあった。講演や見学などの機会に会って、腫瘍内科の勉強をしたいと言ってきた若い医師には、国立がんセンターのレジデントがいいよ、と言って紹介し窓口として勝俣範之先生に連絡を取るようにと勧めている。どこのどの先生だか、すべて覚えているわけではないので、だれだっけ、これ? というのもあるが、受け取ったメールのなかで「国立がんセンターはアルバイト禁止なのですがあの給料では妻子を養えません。アルバイトができるGNKN病院にしました。」というのがあった。勉強のためだから、といっても背に腹は代えられないということだ。確かにその通りだと思う。一方、大学の勤務医のなかには二つも三つもアルバイトを掛け持ちしろくに研究もしないで高級外車をのりまわし家のローンや海外旅行と贅沢三昧。それでも、もっと給料を上げろとメールを送りつけてくる元気のよいお坊ちゃまもいる。ところで国立がんセンターでもアルバイト完全禁止というわけではなかった、昔はね。今は厳格なのかもしれないけど。それでも二つも三つもかけもちするようなやつはいなかった。恩師阿部薫先生はレジデントのオリエンテーションのときに「君たちは国立がんセンターに勉強をしに来たのだから青春の貴重な時間を切り売りするようなアルバイトの是非についてはよく考えなさい。禁止するとか許可するとか、そういった次元の話ではないのです。」とおっしゃった。その精神がわれわれの間にはなんとなく浸透していた。阿部先生といえば思い出す。阿部先生は横須賀のご自宅に帰るのは土日だけで、あとは部長室に泊っていた。毎晩11時頃になるとランニングシャツ姿でタオルを首にかけ研究所のシャワーを浴びに来る。「お前たちもいつまでもこんなところにいないで早く帰りなさい。」と言って回るので阿部先生回ってくるまではみんな帰れないでいた。毎週土曜日の5時半から日本テレビのプロレス中継があって阿部先生はそれを見てから横須賀にお帰りになる。そのため、週末もみんなで集まってジャイアント馬場の出るプロレスを見ていた。それが終わるまでは何となく帰れないというような雰囲気であったが、プロレスが終わると阿部先生は「さあ、帰るか、お前たちも土曜日の夜なのにほかにいくところはないのか?」と勝手なことを言って帰って行った。冷静に見れば理不尽だが、そんな雰囲気のなかでぼくらは育った。昨今のご時世、労働環境が厳しく待遇も悪いと報道されている勤務医や大学院生だが、医師不足の追い風のなかでアルバイト代も高騰し優雅な生活を送っている、というのが実態で、そんなパラサイト的ぶら下がり医師が、実は医療崩壊の本質なのかもしれない。