TAILORxの物語 -OncotypeDxの孤独- (7)


Bグループの人とCグループの人は試験開始から9年経った時点で、遠隔臓器への転移も、手術した側乳房の再発も、反対側乳がんの発生も、乳がん以外のがんの発生も、また、理由のわからない死亡も、これら全てにおいて、ホルモン治療だけをうけたBグループの治療成績は、ホルモン療法と抗がん剤治療の併用をうけたCグループの治療成績に比べて、「劣っていない(非・劣勢:non-inferior)」ことがあきらかになったのです。つまり、RS11-25の人は、抗がん剤治療を受けなくてもいいだろう、という一応の結論がでたわけです。(以下次号)

TAILORxの物語 -OncotypeDxの孤独- (6)


そこで、自分にとっては、現在までに人類が解明できたことの到達点として、甲乙付けがたい(乳がんが転移・再発しないという)効果のある治療のどちらかはうけられ、また後生の人々、例えば自分の娘とかによい治療はこれだ、という情報を残すこともできるのですから、試験に参加しようではありませんか、ということです。「私はどうしても化学療法は受けたくない」ということなら、この試験には参加しないで、一般治療としてホルモン剤治療をうけることができます」ということも保証はされています。それならそれでいいですよ、ということです。世の中にはいろいろな人がいるわけですからね。私も数多くの無作為化比較試験にたずさわってきましたから、この辺りのやりとりは、特に胸騒ぎすることもなく、落ちついて話を進めることができます。(以下次号)

TAILORxの物語 -OncotypeDxの孤独- (5) 


Bグループの人とCグループの人は、RSが11-25で、自分の意志とは無関係に、また、特別にだれかの「作為=ことさら手を加えること つくりごと こしらえごと」でどちらかに決まったのでもなく、「RSが同程度の人の集団をふたつ作る」、そして、片方(Bグループ)にはホルモン治療だけ、他方(Cグループ)にはホルモン療法と抗がん剤治療の併用がおこなわれました。このようなやり方を「ランダム化比較試験」と呼びます。無作為化比較試験とは言ってはいけない、という専門の先生もいますが、ランダムという外来語も定着してきたので、どちらでもいいと思います。それで、「どうして自分で選べないんですか?」ということですが、多くの乳がん治療の専門家が知識と経験と智恵を絞っても、RS11-25という、中ぐらいのリスクのある人には、抗がん剤が必要なのか、必要ないのか、ということを自信を持って答えられる人はいないのです。つまり、「抗がん剤が必要」というエビデンスも、「抗がん剤は要らない」ということも断定できるのは、神さまだけ、ということなのです。(以下次号)

TAILORxの物語 -OncotypeDxの孤独- (4)


さて、RS 26-100の人は、抗がん剤治療が必要なほどにがんの性格がわるい、大きい、などの理由で専門家でも抗がん剤治療を勧めるので、このグループの人はホルモン療法と抗がん剤治療の併用を受けます。

話を整理すると:

RSが0-10と低い人はAグループ ホルモン治療だけ

RSが11-25と中ぐらいの人はランダム割り付けの結果:

Bグループ ホルモン治療だけ

Cグループ ホルモン療法と抗がん剤治療の併用

RSが26-100と高い人はDグループ ホルモン療法と抗がん剤治療の併用

を受けました。

Aグループとしてホルモン治療だけを受けた1626人の結果は、2015年にすでに発表されています。それによると、RSが低い人は、5年経って93.8%のひとは、乳房での再発はなし、また、99.3%の人は遠隔(他の臓器、例えば骨とか、肝臓とか、皮膚とか、・・・)への転移はない、ということでした。したがって、RSが低い場合はホルモン療法だけでよい、という力強い約束ができることになったのです。それでは、Bグループ、Cグループ、そしてDグループの結果を見てみましょう。
(以下次号)

 

TAILORxの物語 -OncotypeDxの孤独- (3)


試験参加に同意した人は手術標本をオンコタイプDX検査に出し、再発スコア(リカレンス・スコア:RS)が0-10までの人は、文句なくホルモン治療だけ、RSが11-25の人は、ホルモン治療だけ、か、ホルモン療法と抗がん剤治療の併用のどちらかかに、割り付けられる、自分でこっち、とかあっちと選ぶことはできません。できません、というか、RSが11から25というと、地球上のどんな専門家に聞いても、ホルモン治療だけでよいとも、ホルモン療法と抗がん剤治療の併用がよいとも、わからないのです。専門家でもわからないのですから、ランダムにどちらかの治療をうけるように2つのグループを作り、それぞれにホルモン治療だけホルモン療法と抗がん剤治療の併用を受けてもらい、10年後ぐらいにでる結果で、はじめて、どちらがよい、ということがわかるのです。そもそも医学、医療、治療、検査などというのは、昔の人たちがランダムに比べる試験に参加してくれたおかげでわかったことを、私たちに時代をこえてプレゼントしてくれるという、バトンリレーみたいな形で進歩していくのです。(以下次号)

 

臨床試験が明日からの治療を変える


ASCOプレナリーセッション二番目の演題は、小児の横紋筋肉腫の抗がん剤治療に関するものです。横紋筋肉腫の患者の約70%が6歳以下(1歳未満は5%)であり、乳児期、5歳から7歳頃および10歳代に多く発生しますが、まれに成人に発生することもあります。横紋筋肉腫は、小児がんの2.9%を占めるに過ぎない比較的まれな腫瘍ですが、筋肉など体の軟らかい組織から発生する悪性腫瘍(軟部肉腫)の中では、小児で最も頻度の高いがんです(国立がん研究センター がん情報サービスより引用)。

1年間の発症数は、アメリカで350人、EUでも320人、日本では130人ぐらいと、大変少ないがんです。とても進行の早いがんですが、手術+放射線および集中的な抗がん剤治療により7-8割の小児は治るとされています。ヨーロッパを中心とした14カ国にある小児がん治療病院108からなる「ヨーロッパ小児軟部組織肉腫研究グループ」では、2005年からこの試験を開始しました。年令0-21才のハイリスク横紋筋肉腫、はじめて治療例を対象。イホマイド+ビンクリスチン+アクチノマイシンD+アドリアマイシンによる6-8ヶ月に及ぶ抗がん剤治療、手術、放射線照射が終了した時点で、臨床的完全寛解(横紋筋肉腫が画像検査で全て消失している)症例をランダムに、維持療法としてビノレルビン+経口エンドキサンを6か月間加える群、と加えない群にわけて、DFSとOSを検討しました。少ない疾患だし、激しい抗がん剤治療を6-8ヶ月実施した後、さらに6ヶ月間の抗がん剤治療をやるか、やらないか、という比較試験なわけだから、「もうこれ以上、うちの子をいじめないで」というような親の感情が優先し、将来の子供ためにエビデンスを残しましょう、維持療法をするのがよいか、無意味かは、わからないのです、というような説明で同意をえるのはさぞかし難しかっただろうにと、思わず研究者たちに共感してしまいます。努力の甲斐があって得られた結果は、なんと、維持療法を加えた群の方が、生存率でハザード比0.52、と明らかに長生きするというものでした。この結果は驚きです。小児横紋筋肉腫の明日からの治療が完全に書き換えられる、これぞ、practice changingであります。

TAILORxの物語 -OncotypeDxの孤独- (2)


さて、今回の発表は、臨床試験「Tailor-X」の結果ですが、簡単にいうとオンコタイプDXを用いて検討した結果、抗がん剤治療をしなくても、ホルモン剤だけで大丈夫だよ、ということがわかった、ということです。必要な抗がん剤をしなくてはいけなかったのにしなかったので再発して死亡した人、逆に必要ではない抗がん剤治療をうけ、辛い副作用を経験した人、など過去、20年間答えがでなかった問題、今回、一部ではあるけどこれで解決されることになります。(以下次号)

 

TAILORxの物語 -OncotypeDxの孤独- (1)


(1)乳がんの発表

Adjuvant Chemotherapy Guided by a 21-Gene Expression Assay in Breast Cancer

TAILOR−X試験は米国を中心に行われた「オンコタイプDX」によるリスク評価に基づいて、手術後の適正な薬物療法はなんだろうか、を調べた試験です。個別治療、Precise medicineの具体化を目指して計画された試験ですね。乳がんの7割ぐらいは、ホルモン受容体陽性、HER2陰性乳がんです。乳がんは19世紀おわりに手術が行われるようになり、始めは全摘でしたが、1970-80年代から温存(部分切除)が行われるようになり、さらに温存乳房に放射線照射が行われるようになりました。そして、ホルモン受容体検査が普及した1970年代からはタモキシフェンが手術後、腋窩リンパ節転移のある人で使われはじめ、さらに腋窩リンパ節転移のない人でも使われ始め、その期間は2年、5年とのび、さらに今では10年となっています。

一方、1970年代後半からはCMF(C:シクロフォスファミド、M:メトトレキサート、F:フルオロウラシル)という3剤を併用した抗がん剤が術後6ヶ月ぐらい使われる様になってきました。しかし、副作用の少ないタモキシフェンに比べ、倦怠感とか、吐き気とかの強いCMFは、腫瘍から大きくなってから病院に来た人、脇の下のリンパ節に転移のある人、といった病状の進行した人には使われる様になりましたが、そうで無い人、とりわけ手術の時に腋窩郭清を行いリンパ節転移の無い人には、医師も患者もCMFは使わなくてもいい、つかいたくない、ということでまあいいか、ということになっていました。とりわけ1990年に発表された論文で6ヶ月間のCMFとくらべて2か月で終わるAC(A:アドリアマイシン、C: シクロフォスファミド)は同じ位の効果がある、ということがわかりました。しかし、アドリアマイシンは、それはそれは強い吐き気と完全脱毛をおこすほどに副作用の強い薬、赤い悪魔と言われるわけです。
(以下次号)

ASCO 2018 術後HERCEPTIN投与期間は・・


イギリスのケンブリッジ大学を中心として実施したPERCEPHONE6試験は、HER2陽性乳がん患者の術後Herceptin投与期間を検討するために行われた比較試験です。何を今さら?HERA trialで12か月でよかろう、となっており、12ヶ月と6か月を比較したPHARE Trial では、予め設定した12か月投与に対する6か月投与の非劣性のハザード比境界を下回ることができなかった、つまり6か月が12か月に劣らない、ということを検証できなかったこともあり、今のところ、プラクティカルには術後のハーセプチン投与期間は12ヶ月、ということで世の中回っているという状態です。しかし、このPHARE Trialにはちょっと問題があり、当初の目標症例数は7000であったけれど(NCT00381901)、論文では、両群あわせて3400症例ぐらい。症例数が十分ではない場合、βエラーが大きい、つまり、差があったとしても検出できないということで、差が無いとは言いきれないという位置づけになります。(これをβonyari (ぼんやりエラー)と覚えることになっている)。

PERCEPHONE6 trial では、術後Herceptin12ヶ月と6ヶ月を比較し、6か月が12ヶ月に劣らないことを検証する非劣性を検証するデザインとして、「12か月投与群の4年のDFS(再発しない割合)が80%として、6か月投与でもこれを3%は下回らない(77%以下にはならない)」ならば、非劣性(劣ってない)として6ヶ月でもいいんじゃないの、ということにしようという計画で試験が準備されました。しかし、4年のDFSの差が3%以内なら非劣性という3%の根拠はどこにあるのか、だれがきめたのか、ということで、非劣性境界線の決め方が、arbitrary =勝手な、根拠の無い、身勝手な、であるという批判はいつもついて回ります。今回の発表で、実際の4年DFSは、12ヶ月群で89.8%、6ヶ月群で89.4%でした。当初の計画が80%と踏んでいたのが89.4%、まだまだ、観察期間が短いということかも知れません。あるいは、当初の計画が「読みが甘かった」のかもしれません。とにかく、89.8%と89.4%から、ハザード比を計算すると1.07、95%信頼区間は0.93−1.24、これは「1」をまたいでいるので、たしかに差があるとは言えないのですが、当初の計画で80%と77%だった以上の差だったならば、として計算した、「非劣性境界線 1.322」 を下回っているから、非劣性である、という結論が導かれています。しかし、その結論、ちょっと待った!もう少し観察してみないとわからない、というのが正直な結論だろうと思います。それで初期治療で使用する抗HER2療法の投与期間は当面12ヶ月、という意見が大勢をしめているようです。4000症例もの多数を対象とした試験を実施しても、一般臨床の形をかえることが難しい、ということで、なにやら、少しの虚しさを感じる、というのが、梅雨入り間もない浜松の深夜作業隊の偽らざる感想です。

今年のプレナリーセッションは圧巻だ(1)


プレナリーとは「全員出席の」という意味で、日曜日の1時から4時まで開催される。はじめてASCOに参加した25年前、西條先生から「これだけは絶対参加せんとあかんで」と言われ、忠実に守っている。自分の専門の所だけを聞く、というでのではなく、オンコロジー全体を知るために、必ず参加しなくてはいけない。西條先生からもらった数少ない賜物がこの指南と妙子である。さて、最初は2018年ASCO「Science of Oncology Award」受賞記念講演だ。演者はヒトパピローマウィルスに対するワクチンの開発、普及に尽力し子宮頸がんの発症を世界的に抑制することに成功したNCI/NIHのDouglas R. Lowry。子宮頸がんの原因が性交渉によるウイルス感染であり、がんを予防することができる、という画期的な話の顛末である。講演の中で、先進国ではワクチン接種の普及で発症、死亡が急速に減ってきているが、発展途上国ではそこまでは行っていない、というスライドが出た。ここで聞きながらしみじみ感じたことは、「日本ではワクチン接種後に一部の女性に副作用とされる神経症状、疼痛などが発症することから厚生労働省が2013年6月、積極的な勧奨を中止したため、接種率は1%未満にとどまっている。つまり、このまま行くと世界で最も子宮頸がんの発症率が高い国になってしまうのかな〜」ということ、新しいタイプのワクチンの開発も進んでおり、その普及に期待したいものである。短時間だが内容の濃い講演だった。