不毛な議論


2002年以来、乳がん学会会員数、乳がん専門医数は急速に減少している、この原因は何だろうか? ということで乳癌学会最終日にプレジデンシャルシンポジウムであれこれ後論が展開された。正解はでなかった。正解は簡単である。乳癌学会が専門医のありかたについて、外科の2階建てにこだわり、態度を明確に出来ずにいた、これが原因である。外科医たるもの、他人の体にメスを入れる以上、外科医としてのフルスペックのトレーニング、すなわち、心臓外科、肝胆膵外科、食道外科といった高度な外科も研鑽を積まなければならない、という不毛な精神論と、自分の歩んできた外科研修の道が一番正しいと思っている外科理事の、セピア色のノスタルジアがわざわいしているのだ。外科と思ってやってきたら、外科手技は多少必要であったも治療の主体は薬物療法であり、そこには、ずっとずっと専門性の高い腫瘍内科医がやってきている、という状況では、乳腺外科医はさらに現象の一途をたどるだろう。このことは、私が2000年に乳癌学会の腫瘍内科理事となったときに予測し、改革を主張したことである。しかたがないね、自分たちのことは見えないんだよね。しかし、壇上に並んだ21人の若手医師は、全員、乳腺外科医である! ということも、フロアからの鋭い質問により、明らかにされ、その瞬間、しまった!!という空気が会場を包んだのであった。質問者は、壇上の若手21人全員が乳腺外科医である、ということが明らかになったあとも、腫瘍内科医は? 病理医は? 放射線科医は? としつこく、挙手をもとめ、当然のことながら、だれも壇上でてを挙げる医師はいない。企画自体の甘さが露呈した瞬間であった。ついでにひとつ、医療ツーリズムのような、つまり、空港をつくり海外から検診受診者をつれてくればいい、って、一体に何を考えているんだ? こいつ〜! という意見もあり、会場はあきれかえっておりましたね。

舛添先生と呼ばれたい(呼ばれたくないけど)


この話は今問題となっている話に似ている経験をしたということです。ASCOの行きのANAのビジネスクラスでマイレージポイントが貯まっているということでファーストクラスにアップグレードしたわけです。それはそれは快適でしたが、さらに快適だったことは、がらがらにすいていたので、1Aのとなりの1Bに「ベッドをご用意します」と客室乗務員のお姉さんが親切に言ってくれました。つまり、1Aで食事をしたり本を読んだりして(勉強も少しした)、そろそろ寝ようということで1Bを寝室に使うという、まるでSuite roomみたいな使い方ができた、すなわち、出張にファーストクラスとスイートルームを使った、ということで都知事のようだね、ということです。違いは、全て自分のお金でまかなっているし、そもそもボクは、あんなにせこく、さもしく、みみっちく、いやしく、ゲスの極みではないもん、という、ただそれだけのことです。

ASCO 番外編2


電子渡航認証システム(Electronic System for Travel Authorization: ESTA)をまた忘れた話

米国行きの飛行機に乗るにはASTAで認証を受けないといけない、というのは2009年から始まっていてあたりまえだろ、と言われます。確かに旅行会社を通じて航空券やホテルの予約をやってもらうと今年で更新しないといけません、と言ってくれるのですが、私はホテルも航空券も自分で直接取るので、2年ごとに更新すべきESTAをいつも失念します。今年もANAのカウンターでESTAの記録がありませんと言われ、あるはずです、と言ってはみたものの、ありませんは正しくて2年前に申請したものがちょうど3日前に失効していました。それで、そういえば、2年前もASCOに行く時にカウンターで指摘されてその場で、ネットにつないで汗だくでESTA認証を受けたことを思い出したのです。それで、今回も全く同じ、まるでデジャブ現象のように、おーんなじように、「ここでパソコンで手続きしていいですか?」とANAのお姉さんに聞いて、いいですよと言われつつも迷惑そうな顔をされながらESTA認証を受けたのでした。2年後だから忘れないようにしないといけません。

ASCOの内容を、とりあえず簡単に:

やはり高い薬剤という話題は多いですが、その話はその通りですが、「値ごろ感」を逸脱して常識外れの薬価がついているものが多いですね。ipilibumab daratumumab.. 以前から言っているように、大間のマグロには5000円払ってもBigMacが5000円と言ったら誰も買いませんね。そのような消費者側の「値ごろ感」が機能しない領域ということです。今年は、しかし、しばらく開発品がなく停滞してた企業もnivolumabやipilibumabで大もうけして、10人、20人といった社員を大軍でASCO観光に送り込んできて、夜の街でも大活躍ですね、よかったよかった異型度くん。また、一時北朝鮮のデパートみたいになっていた企業展示ブースも、かつての分厚いじゅうたん、天上に届くほどの華麗なセットといったなんとゴージャス「元の木阿弥」現象が見られます。喉元過ぎれば熱さわすれる、ということで、効果は長続きせずだれのどんなお仕置きもOSに貢献してませんね。

レトロゾールはやはり10年、15年の使用が、反対側乳がん予防という意味でも今後、スタンダードになりそうです。半年に一回注射薬で骨粗鬆症は予防できるし、関節痛もオメガ3不飽和脂肪酸製剤である程度防げるようだし、15年内服、でも効いていれば積極的に使えばよろしいのですが、効いていることを、どうやって確認するのかね? それが問題です。

TC6サイクルは、タキサン4サイクル-AC4サイクルに劣ってしまいました。これは6サイクルと8サイクルの治療期間の比較だからでしょうか? TC8サイクルという議論は公にはなっていませんね。NSASBC02では、Docetaxel 8サイクルを検討しました。これだと、AC4-Docetaxel 4と同等の効果が認められましたが・・・。浮腫もかなり強く出ました。

カペシタビンを術後治療でドセタキセル、ACに加えてみてはどうだろうか、というFINXX(ふぃんぺけぺけ)試験では、カペシタビンの追加効果乏しいと言うのが一応の結論。しかし、カペシタビン内服の完遂率が75%と低いとか、トリネガでは効果ありそう、というあたりは、今後の活用につながるポイントだろうと思いました。とりあえず、そんなところです。あと、緩和医療のランダム化比較試験とか、スピリチュアリティが満たされているかを客観的に測定するといった、ものすごく興味深い話も、緩和医療のセッションで聞くことが出来ました。

次号「舛添先生と呼ばれたい」の巻 

 

Vogel New Yorkとの食事


彼は自らを、恐竜(ダイナソー)に喩える。恐竜のように環境の急減な変化に適応できず滅び行く種族、と言う意味である。Dr. Steven Vogel, サンアントニオ乳がんシンポジウムやASCOに参加した事のある人なら誰でもしっている、青いシャツにチノパン、太鼓腹で少し足を引きずりながら、会場の最前列近くから、マイクの前までゆっくりと歩いてゆき、司会者に当てられると、独特のニューヨーク訛りで、「Vogel New York, Wonderful data、Wonderful presentation…」と、自己紹介をして、演者を賞賛してから、皮肉に富んだ質問をする。1つのセッションで、半分ぐらいの演題で質問をするので名物おじさん的存在、若い女性演者の中には、Dr. Vogelに質問された、わーい、と演壇上で飛び上がって喜ぶ人もいる。

私が、Steveに興味を持ったのは10年以上前のこと、サンアントニオ乳がん学会の会場でたまたま座った席がとなりになり、たびたび、質問に立つSteveにいったいどういう人だろう、興味をもった。雑談をかわし、名刺を交換した。ニューヨークでオンコロジーのクリニックを開業しているというのだ。その後2005年、私も浜松オンコロジーセンターを立ち上げ「街角がん診療:Oncology just around the corner」の取り組みを始め、彼のPrivate Oncology Practiceの取り組みや、学会での積極的な姿に、何か、お手本となる物がないかなとも思ったのだ。毎年の学会で会う度にいろいろな話をして、いつか、日本に講演に来て講演してほしい、と頼んだところ、「自分には講演なんかできないよ。1週間もクリニックを閉めることはできないし」と言われたこともあった。

Clif Hudisが乳がん学会で日本に来たとき、座長をしたので控え室で「今度、Steve Vogelを日本に呼んで講演してもらおうと思うんだけど」と言ったところ、冷ややかに、「Vogel New Yorkはアカデミックなことはしていないから講演なんてできないよ」と言われたことがあった。そのときのClifの発言で、大学とかがんセンターに身を於いていないと「アカデミズムではないから教えることもない」という、いわば、さげすみの、上から目線を感じた。しかしVogel New Yorkは負けていない。彼を通じて、アメリカのPrivate Oncology Practiceの実情を、もし学ぶところがあれば学びたいと思っていた。

今般、KHKが、秋のしゃんしゃん大会の企画について相談にきた。今年の3月頃の話だ。海外から呼ぶとしたらどなたがよろしいか、ということで、くだらない、ありきたりのしゃんしゃん大会ではおもしろく無かろうから、ということで、Vogel New Yorkをお呼びしてみたらどうかと、提案してみた。担当の岡本さんもご存じで、それはおもしろいですね、と乗り気であった。しかし、KHKは、アクセスの方法がない。こちらに確か名刺があるからと、数年前の名刺ファイルから検索してみたらあった。しかし、それにはメールアドレスは書いていない。緊急時の電話連絡番号は書いてあって、もらった名刺は患者用のもの。なのでASCOのDirectory を調べてメールを送ったところ、すぐに返事がきた。 最初は、いったい何を要求されているのか、何を話せばいいのか? 自分なんかで役に立つのか? というような、ややネガティブな反応であった。何回かメールのやりとりで当方の意図を伝え、KHKの岡本さんからの条件提示をしてもらって11月20日に東京での講演が実現することになった。今日は、そういうわけで、心の交流をはかるため、Vogel New Yorkとステーキを食べながら打ち合わせ、楽しいひとときを過ごした。話の中で、今度、スペインにも呼ばれて講演してくるが、作りかけのスライドを見てくれと相談された。彼は、自分がどうしてスペインに呼ばれたのかわからない、というから、なんて頼まれたのか?と聞いたところ、どうしてあんなに沢山の質問ができるのか、って言われた、ということだ。それで、彼が用意した最初のスライドはこれ、と見せてくれたのが、風車に突き進むドンキホーテ、そして風車をさして、これ、何かわかるか? これは、製薬企業だよ、というのだ。そして、アバスチンを発表したMiles Davisとのやりとりも紹介してくれた。それでよくわかったのだけど、Vogel New Yorkの質問は、常に、患者の立場にたって、鋭く、皮肉を込め、演者の考えを聞きただす、ということだ。製薬企業に一人で立ち向かう自分をドンキホーテに喩えているのだ。また、彼をダイナソーにしてしまったのは、アメリカの保健制度のひずみだとも言っていた。よく聞くと、日本とは状況がことなり、真剣にとりくもうとする彼をダイナソー、絶滅危惧種に追いこんだのは、まさにシッコ SiCKOの世界だ。国民皆保険の我が国とは全く状況がことなり、そこには利権、収益に群がる我利我利亡者、保険会社に翻弄されるかわいそうな医師たちの姿が見えた。そんな中で孤軍奮闘するVogel New Yorkは、がん患者にとって、一番大切なこと、それは、「自分のオンコロジーの主治医がいつもいてくれること」と訴える。がんが治っても高血圧や甲状腺疾患、あるいはインフルエンザの予防接種で、私から離れないすばらしい女性が沢山いる、とも言っていた。日本でも、大病院では、受診するたびに担当医師が変わる、診察室の戸を開けたら4月から突然、違う医師が外来に座っていた、なんていう「制度」を盾にとった心のこもっていないチーム医療に泣かされる患者は沢山いる。話を聞いてアメリカの実情からは、街角がん診療は普及しないように感じ、お手本にはなりにくいかな、と思ったが、制度矛楯を指摘しても仕方がない。大切な理念は共有することができた。日本の制度ではむしろ実現しやすい、心の交流を重視した街角がん診療の普及にこれからも努力したいと思う。

ASCO2016 今年の話題(番外編1)


今年のASCO、シカゴは真夏です。昨年は連日冷たい雨、強い風でしたが、今日はミシガン湖で泳いでる人たちもいました。いきなり番外編としたのは、今年は光る演題がない。昨年のプレナリーセッションの盛り上がりからするとしょぼい。乳がんでは、「MA17」のポール・ゴスが5年より10年、10年より15年といった感じで、ルミナル乳がんの術後のAI期間がどんどん延びるような演題を発表しそうです。ルミナルでケモが必要と言うような場合はもっと早くに再発するだろうから、するとルミナルAでホルモンで行こう、となった場合、これから15年やります、と言うよりは、まず、術前治療で1年ぐらいはやってみて効いたから、手術をしたとしてもあと14年は内服ですよ、となれば、微小転移(高野先生も使ってくれているタンポポの種の理屈)があるのだから、病気は「ここ」だけではないんですよ、気長にホルモン療法をしていきましょう、というほうがいいだろうと思います。患者のいう「ここ」とはもちろん乳房のしこり。よく言うように「乳がんは自分で触って見つけることのできる数少ないがんの1つ」ですから、自分でしこりがわかるのですが、それを患者のなかには「ここ」にがんがあることが耐えられない、と言う人が結構います。そうすると経験の少ない外科医は、では手術で取っちゃいましょう、ということになり、今後15年のホルモン療法が 効くのやら効かないのやら、雲をつかむような形にしてしまって、苦痛の長期間のホルモン療法を始めることになります。そんな状況で、「先生、今飲んでいるホルモン剤、あと10年以上続けるといわれたけど、これ、本当に効いているんですか?」と聴かれても、正直に言えば「わかりません」が答えなのです。「えっ、わからないんですか?」と詰め寄られても、それは、あなたが「ここ」を手術で取ってほしいというから、「わからなくなってしまったんでしょ。」と、喉の先まででかかったことばをぐっと、飲み込んで、頑張りましょう、というしかなくなるのです。くどいようですが、高野先生もJASMOの教育セッションで、私の作成したスライドを沢山、無断で使用してくれて、タンポポの種の理屈を説明してくれているように、それは、無断でも、挨拶なしでも、正しい考え方を伝えてくれているのだから、別に、挨拶に来い、と行っているわけではないんだよ、とにかく、「ここ」にあるのがいやなんです、という気持ちを否定するつもりではないのですが、「ここ」のかたまりだけではなく、目には見えない、タンポポの種のような微小転移が体中にひろがっているのだから、それもあわせて退治するには、15年間のホルモン療法を続ける必要があり、それが本当に必要かどうか、いまの時点では、手術よりもまず、「ここ」にあるしこりが小さくなることを確認できれば、その子分であるタンポポの種も、どこに隠れていても一網打尽ということですよ、という説明を、若い外科医も少しは理解してほしいと思うのです。