雑な医療


友人から相談があった。乳癌術後、主治医から「いい検査があるから」と言われ40万以上を払いOncotypeDxをやってみたところRSが22だった。主治医から英語で書いた結果報告を渡され再発率は14%だからホルモン療法だけでいい、といわれたそうだが、患者は何が何だかわからない、不安に陥っているというのだ。それはそうでしょう。きちんと微小転移の可能性をたんぽぽの種のたとえで説明し、Estrogen Receptor、Progesterone Receptor、HER2 Ki67、核異型の意義を説明し、その結果Luminal Aならば、その意味を説明し、こういうわけだからホルモン療法だけでじゅうぶんだよ、化学療法は、意味がないんだよ、ということをきちんと説明しなくてはいけない。雑な医療をやっていたら、いくらがんセンターと名のつく施設でも、必ずや足元をすくわれることを我が母校の後輩にはっきりと言っておく。また、やることをやらないで、死神のような悪徳業者にたぶらかされ、安易にまだ評価も定まっていないOncotypeDxを患者に高額の出費を強制して実施するような姿勢ではいけない。もっと、誠実な対応をしなくてはいけないことを菊水の後輩には告げておく。

体力勝負の青森出張


毎月第4火曜日は青森勤務。前日の夜青森入りして吉田茂昭先生、太田富美子さん、橋本先生、川嶋先生、そして今週はWOCの明美さんと前日カンファレンスと採点カラオケ100点満点。火曜日は朝9時から県病で外来、セカンドオピニオン、病棟回診その他、治験管理室慰問など。昼は吉田院長とホタテフライ弁当を食べる。午後は外来で4時ごろから、カンファレンスの準備。昨日は、術前ホルモン療法が奏効しなかったLuminal AB型の次の治療をどうするかというザンクトガレン2011応用問題を取り上げた。電子カルテの看護記録が充実しているので問題点がパシッと把握できる。夜は吉田茂昭院長、川嶋先生と秀寿司で終了カンファレンス、21世紀のがん医療、国立がん研究センターに焦げ付く無益医師の傾向と対策、癌医療均てん化に果たした私たち(吉田、笹子、朴、室、渡辺、河野、徳留・・・)らの功績に関する自我自賛セミナー、などをこなし、夜8時にタクシーに飛び乗り8時20分に空港へ到着。場内アナウンスで「渡辺様、渡辺様」と呼びだしがかかっている中を全力で出発ロビーに駆け上がる。ここが一番つらい。ST低下していそう。8時45分発だとおもっていたら35分発でもう大変。10時に羽田着、11時10分に新横プリンス着、朝6時、始発の電車に飛び乗り、ばいばいするわ、それからあとは静岡、浜松と新幹線を乗り継ぎ、水曜日は通常の浜松外来勤務。この行程を毎月繰り返すと必然的に体重が増えるので、毎朝のランニングが欠かせない、というわけです。

がんと温泉 Part 2


もうひとつの部類が「温泉に行ったら脱衣室にがんの患者は入浴禁止と書いてありました。先生が温泉に行ってもいいというから楽しみに行ったのですが、入らずに帰って来たんですぅ。」というようなものです。私も温泉が好きなので、次に行った青森県の古牧温泉の脱衣室に掲載してある「成分、禁忌症、適応症および入浴上の注意」を確認したところ、確かに、浴用の禁忌症の欄に、悪性腫瘍(癌および肉腫等)と書いてありました。こう書いてあれば、物事をまじめに受けとめる人は、入浴しないで帰ってくることになるでしょう。

しかし、この禁忌症、医学的に見て、全く根拠があるとは思えません。それで、調べてみたのですが、温泉法 第18条に「温泉を公共の浴用又は飲用に供する者は、施設内の見やすい場所に、環境省令で定めるところにより、次に掲げる事項を掲示しなければならない。 一 温泉の成分、 二 禁忌症、三 入浴又は飲用上の注意 とあります。また、温泉法施行規則(温泉の成分等の掲示) 第十条  法第十八条第一項 の規定による掲示は、次の各号に掲げる事項について行うものとする。 一 源泉名、 二 温泉の泉質、三 源泉及び温泉を公共の浴用又は飲用に供する場所における温泉の温度 四 温泉の成分 五 温泉の成分の分析年月日、 六 登録分析機関の名称及び登録番号、七 浴用又は飲用の禁忌症、八 浴用又は飲用の方法及び注意、 九 次項各号に掲げる事項 とあります。しかし、禁忌症はどうやって決まっているかについてはどこにも書いてありません。そこで浜松市役所に確認したところ、「温泉の更衣室にある表示については環境省の局長通知(昭和58年ぐらいでとても古いもの)に基づいているようです。意味合いは単純に「具合の悪くなるかもしれないから」というレベルのようです。通知が発せられた時代は、がん患者さんへの配慮などは全く考えられていなかったからではないか?」ということでした。

ということは、つまり、なんだな、温泉ががんにいいとか、悪いとか、そういう話は待ったく根も葉もないでたらめ、いわば都市伝説みたいなもの、ということなんです。

がん患者は、ただでさえ、食べてはいけない、やってはいけない、といろいろと無意味な自己規制を設定しがちです。しかし、今回の調査で、温泉に行ってはいけない、ということは完全に間違っているということがわかりました。たまには、温泉に入ってリラックスして冷えたビールで乾杯!! ということも大切ですね。

がんと温泉 パート1


がんの患者さんに温泉のことをよく質問されます。これには、種類の質問が含まれます。パートワンが「秋田の玉川温泉はがんに効くと言われていますが行ってもいいですか。」です。この答えは決まっています。「がんに効く温泉などあるはずがありません。あんなところに行ってもがんがよくなりませんからやめたほうがいいです。」と答えます。「でも、親戚のおばさんの友達のお母さんが玉川温泉にいったら肺癌手術後にどんどん元気になったということですが。」というような反論をされることがあります。「玉川温泉に行かなくったっても元気になる時期ですから、温泉の効果ではありません(断定!!)」。この話題はずっと昔から根強くあります。私の最初の経験は、もう20年近く前の事です。国立がんセンターの外来で、しばらく来なかった患者さんが受診し「背中が痛い」というので診ると、背中が真っ赤にただれてやけどのような状態になっていました。聞くと、玉川温泉に行って来たというのです。胸椎、腰椎など骨転移があり、タモキシフェン内服中でしたが、半年前ぐらいから、あれやこれやの不健康治療にはまり、ひと月前ぐらい前に、玉川温泉に行ったということでした。玉川温泉では、悪いところが当たるようにして岩板に寝て、強酸の温泉水が流れるようにするとよいといわれ、そうしたところ、皮膚がただれたそうです。温泉の同宿者の話では、そうならないと効かないということでしばらく我慢していたそうですが、状態は悪くなるばかり、治療をしないことの不安もあり、改心して国立がんセンターの外来を受診したのでした。ずっと治まっていた骨転移による痛みもぶり返していましたので、タモキシフェン再開を勧め、いかがわしい民間療法にははまらないようにと諭しました。当日採血結果では、腫瘍マーカーが増加していました。同じような患者さんは、何人かいましたし、温泉水を自宅に持ち帰り、悪い所に塗っているという患者も硫黄のにおいをぷんぷんさせて外来に来たこともありました。当時、秋田大学が温泉の効用を研究中だ、とのことでしたが、当然、ランダマイズドトライアルなどなく、ろくなデータも公表された形跡もありません。怪我をした鶴が温泉に入ったら治って元気に飛んで行ったのを旅の僧侶が見たというような、古来よりの伝承がまことしやかに言い伝えられているにすぎないもので、結局、玉川温泉など、がんに効くと言っているのは、まるで根拠のない話で大もうけをしている人がいる、それに騙されている人がもっとたくさんいる、という話なのです。

第8回 浜松オンコロジーフォーラムの御案内


主催 NPO 法人 がん情報局
日時:平成23 年4 月23 日(土)15 時~ 18 時
場所:浜松市楽器博物館 6 階「62 研修交流室」 (アクトシティ浜松 研修交流センター)

◇参加費 500 円
◇お申し込み先 http://www.ganjoho.org

◆Scientific Session◆
ザンクトガレン合意会議の意義
浜松オンコロジーセンター 腫瘍内科 センター長 渡辺 亨

◆Practical Session◆
がん性皮膚潰瘍の悪臭に対するメトロニダゾール外用製剤の工夫
昭和薬科大学 医療薬学教育研究センター 講師 渡部 一宏

がん薬物療法治療に伴う皮膚症状の診かた、治し方
国立がん研究センター中央病院 皮膚腫瘍科 科長 山﨑 直也

緒方晴樹先生からの質問にお答えして


(問) 今回のSt.GallenのvotingでのLuminalBに関する質問 ” Use also ER+ PgR- and/or …………HER2-positive?”は、LuminalBの定義にER+/PgR-/HER2-なんかも入れちゃうの?というような意味合いでしょうか? LuminalBの定義をどこまで広げるのか、混乱がすでに生じているということでしょうか?その結果、yesと他が半々の結果になってしまったと解釈してよろしいでしょうか?

(答)
遺伝子発現解析によりLuminal Bと分類される腫瘍のうち約30%はHER2関連遺伝子が発現し、約70%は発現していません。そのためLuminal Bを、HER2陽性と陰性に分けることを提案する論文も結構あります。今回のST.Gallenでは、Luminal遺伝子が発現している乳癌を、Luminal A、Luminal B(HER2 陰性)、Luminal B(HER2 陽性)の3グループに分けることになりました。
Luminal A は、ER かつ・また PgR 陽性(陽性割合の高低は問題にせず)、HER2 陰性、Ki-67 低値(15%)となりました。Ki-67染色・判定については検査施設毎のQC必要ですね。

Luminal B(HER2陰性) はER かつ・また PgR 陽性(陽性割合の高低は問題にせず)、HER2 陰性、Ki-67 高値(>15%)、Ki-67検査が出来ない場合にはグレードなどを代用してLuminal AとLuminal Bを区別することになります。

Luminal B (HER2 陽性) は ER かつ・また PgR 陽性、HER2 陽性、kI67は問わず、です。

このほかに、HER2陽性(non-luminal) としてHER2陽性、ERかつPgR陰性のもの、それとトリネガに分類されます。
Luminal BがHER2に着目して二つのグループに分類されたことはむしろすっきりしたと思います。

エビデンス原理主義


後藤先生のお考えは、確かにEBM学としては貴重なロジックですが、実践に応用するという意味では、ややかたくなな対応と感じます。そう言うのを古来よりエビデンス原理主義と呼びます。原理原則に忠実な、イスラム原理主義とか、ファリサイ派とか、原理を一生懸命に守るという姿勢は、もし、原理が完璧ならば、それを守る必要があり、尊重されていいかもしれませんが、とかく、原理というのは、不完全、行き過ぎ、と言う面があります。エビデンスも不完全であり、すべての項目に関して、あるいは領域において、充分なエビデンスがあるわけではありません。コンセンサスカンファレンスが開催される理由は、不完全なエビデンスしかない領域で、それらをどのように演繹して日常診療に応用するか、ということを目標としているわけです。エビデンス原理主義の象徴としてGKITを、ある意味では崇拝していますが、それはアンチテーゼとして、それではだめだよ、もっと脳細胞を使って、演繹して、応用して、例外がなぜ生じるかを考え、それでも大多数のベネフィットが得られ、個別の症例で不利益がなければ実践するという知恵と勇気が必要なのです。バランスのとれたEBMを北海道でも学習して頂きたいと思います。

井上博道先生へ


井上先生から頂いたコメントも示唆に富んだ内容でしたので、私からのお答えを掲載致します。

PACS01はCEFx6 vs. CEFx3>DOCx3 の比較でER or PgR陽性症例が8割近くふくまれています。全体ではDFSもOSもCEFx3>DOCx3 の方が良好でしたがサブセット解析では閉経前より閉経後の方がCEFx3>DOCx3 がよさそう、gradeは関係ないみたい、・・という結果でした。ケモは閉経前の方が閉経後よりも効くという相場になっていますが、このPACS01の観察では、エンドキサンによる卵巣抑制効果がCEFx6の方が強いから、ということなのかもしれません。グレードの高低とは関係ないと言う結果はKi67の高低とは関係ない、ということを意味するものなのかもしれません。個人的には、ということでやるのも結構ですがサイエンス井上を目指すなら、術前治療でCEFx6 vs CEFx3>DOCx3 を比較してKi67 が高いポピュレーションはCEFx3>DOCx3 の方がpCRが高い、というような検討をすればいいでしょう。しかし、あまり、矮小な、薬剤だけに目を向けた課題に取り組むのもMSD的に陥りますので御留意下さい。

後藤 剛先生へ


貴重なコメントをありがとうございました。よいコメントでしたので、お答えを皆さんにも読んでもらいたいと思います。
比較試験はER陽性症例を対象としてホルモン療法 対 ホルモン療法+化学療法 というランダム化比較試験が複数実施されました。これらの試験では化学療法の上乗せ効果があってもごくわずか、という結果が得られています。有意差にはなっているけどその差はごくわずか、ということです。これらの試験のいくつかを対象に、Oncotype DXの性能評価が行われたのは御存知でしょう。その結果は、Recurrence Scoreが低い症例では化学療法の上乗せ効果はない、Recurrence Scoreが高い症例でのみ化学療法の上乗せ効果があるという結果でした。また、RSの低い症例では、Luminal Aの特性も有していると言うことも明らかになっています。一方、Dan BerryのJAMAの論文、Dan HayesのNEJMの論文でも、サブセット解析でやはりER陽性、HER2陰性といったLuminal Aの特性を有する症例群では、強いケモ、長いケモ、複雑なケモの有用性は認められていません。頭を使ってこれらの情報を包括的に判断するとLuminal Aには、化学療法は不要という、好ましい結論がコンセンサスとして導きだされたわけです。なにも、当惑するはなしではなく、もし、御不満なら、北海道地区ででも、Luminal Aを対象としたProspective randomised trialで、Chemo vs. Endocrineを検討されたらどうでしょうか?

入り口が変わって歓迎すべき方向へ どうよ GKITは?


St.Gallen 2011が終了して2週間ちょっとだが、今回はすでに「ハイライト論文」の第1回のドラフトがパネリストに配信され意見を求められた。今回は、前回のブログでお話したように、従来のリスクカテゴリーという表が全く消えさり、その変わり、表2として、Intrinsic subtypeと臨床的近似型の対比、つまり、Luminal A、Luminal B(HER2陰性)、Luminal B(HER2陽性)、Basal Like、HER2-richの5病型分類が示されている。これが、入口が変わりました、ということである。腋窩リンパ節転移云々、腫瘍径云々という解剖学的拡がりに着目したリスク分類は完全に姿を消したのである。表3には、各病型別に推奨する治療が示されている。luminal Aには化学療法は原則として用いない、と書いてある。それは、術前でも術後でも同じことである。振り返ると2007年には24病型分類が表として掲載され、その時はまだ、年令が考慮されていた。今でいうLuminalAでも若ければケモをがんがんいく、という癌研スタイルの治療が行われる根拠となっていた。2009年には年齢が外されたが、その後も癌研では癌研スタイルの治療ががんがん行われていた。GKITの信念だろうが、それはやはりあらためるべきであろう。今回は、完全にバイオロジーに着目して、無駄なケモはやめよう、無駄な手術はやめようという方向性が明確に打ち出されたのはとても歓迎すべき方向だと思う。