分断されたカンファレンス


カンファレンスの語源は、一緒に話し合う、討論する、という意味であると理解しています(confer(話し合う)+-ence(こと)⇒ con-(一緒に)+fero(持ち運ぶ)⇒ bher-(運ぶ)が語源。「一緒に物事を運ぶこと」がこの単語のコアの語源。reference(言及)と同じ語源をもつ)。若手医師、中堅医師、内科医、外科医、病理医、看護師、薬剤師など、様々な職種が集まってあーだこーだ話し合う習慣は、若き日々に国立がんセンターで阿部薫先生に徹底的に叩き込まれたよきルーチンであります。

浜松オンコロジーセンターでは他職種カンファレンスを定期的に行い診療方針をみんなで話し合うことが質の高い診療を提供するための礎(いしずえ)となっています。

浜松オンコロジーセンターで生検をした病理検体は、浜松医療センター病理検査室に診断をお願いしています。かつて、徳永雄二先生(故人)が浜松医療センター外科にいた頃は、カンファレンスを積極的に盛り上げてくれ、外部の診療所の医師たちも時間を合わせて、症例提示をしてくれました。病理検査室の先生方、秘書さんも多忙な業務の合間をぬってカンファレンスの準備、解説など、現在でも支えてくれていることは言うまでもありません。あるとき、浜松医療センターの外科医が異動となり、それを期に、病理カンファレンスの充実度が低下してきました。その理由は、その外科医が頭の硬いやつで、「個人名、個人の社会的背景、病状が第三者に漏れることは、個人情報保護法に抵触する。」という主張を持ち出し、「法令が絡むとなればこの形を続けることは不適切だ」という最終判断となりました。爾来、外部の医療機関ごと、外部と内部の症例に関する情報は同時に提示しない、というような、分断政策が取られています。カンファレンスでは、他医療機関の患者の個人情報は、電子カルテ情報など、提示されますから、漏洩といえば漏洩かもしれませんが、別にその情報に興味、関心を持ってメモをするでもなく、どうこうするわけでもないので、「一緒に話し合う有意義なカンファレンス」を復活させたいと思うのですが、個人情報保護のための分断方式という、頭の硬い外科医の主張の方が、行政職の人々にとっては正論とされ、分断政策がルーチンとなっており、そのルーチンにおとなしく従い、波風をたてない日々を過ごしております。

鼻腔管理


「鼻腔にゲンタシン軟膏を塗るとコロナウイルス感染を抑えることができるよ」と独り言したところ、ウイルスに抗生物質が効くわけがないだろう!!! という指摘がありました。 そんなことはわかっていますよ。コロナウイルスの体内侵入経路は、手指とか、エレベーターボタンとか、ではなく、大部分は鼻腔経由、つまり鼻から吸い込んで・・・と専門家も言っています。鼻腔内を写した電子顕微鏡写真を見ると、丸い細菌(ブドウ球菌など)、細長い細菌(大腸菌など)に寄り添うように、無数の「つぶつぶのコロナウイルス」が写っています。細菌がコロナウイルスの増殖に適した環境を提供しているのではないか、足場を与えているのではないか、と推測したので、それでは、鼻腔内を清潔に保てばいいんではないだろうか、と思いこみ「アルガード鼻スッキリ洗浄液」、「ゲンタシン軟膏塗布」を励行してしているわけです。清潔にして悪いことはないし、気分スッキリなので、これからも続けていきますよん。

さようなら ロビンちゃん


黒の豆柴犬、ロビンが本日永眠しました。15年間の犬の生活でした。ロビンはこのブログにも何回か登場しましたが、極め付けは「氷上のロビン」、厳冬の早朝、池に厚い氷がはったのでロビンを歩かせてみたら、ちょこちょこと、冷たさもいとわずに池の真ん中まで歩いていって、写真に写ってくれました。

また、渡辺露敏(わたなべつゆとし)のペンネームでSt.Gallen報告の日本語訳に訳者助手として登場したこともありましたが、飼い主は出版社からこっぴどいお叱りをいただきました。

ロビンの最期は日曜の午後4時、誰にもどこにも迷惑をかけず、静かに安らかにこの世を去りました。身長60cm、体重5kgでした。 さようなら、ロビンちゃん。。涙・・

知床岬の大惨事


知床の海難事故はとても悲しい出来事です。3才の女児が波高3mというたたきつけられるような荒波のなかでどんなに怖い思いをしたことでしょう。パパ、ママとも会えず、冷たい冷たい海に流されてひとり天国に行ってしまった女の子。。安らかにお休みなさい・・・

くたばれ!! 白鷺プーチン


浜松オンコロジーセンターの前にはビオトープ風の池があります。池には、15年前に水質確認のためにわきん5匹を放ち、3年程まえに5cmぐらいの鯉を5匹入れました。環境が良いせいか わきんは、どんどん繁殖し40匹ほどに増え、鯉は30cmに育ちました。池は待合室からも東海道(昔の国道一号線)からもよく見え、患者さんたちや近所の人たちも喜んでくれていました。とっところが、1週間前、羽を広げると1メートルぐらいになる白鷺が、飛来するようになり、気付いたら、金魚を補食し、鯉も全滅!! してしまったのです。白鷺には、コサギ、チュウサギ、ダイサギ(チュウダイサギ、オオダイサギ)があるそうで、オオダイサギだけが、冬鳥つまり渡り鳥で、他のサギは、一年中日本にいるんだそうです。わきん、鯉を皆殺しにしたプーチンは、渡り鳥で夏になるとロシアに帰るのか、それとも一年中日本にいて、つぎからつぎへとでたらめをしでかすのか?? とにかく憎たらしいやつ!!! 池に防御網を張りプーチンにこれ以上、残虐な行為をさせないようにする手はずを整えました。くたばれ、ウラジミール・プーチンめ!! 今に見ておれ!! Ты меня должен уважать!

April Reset- 四月だ 行くで!!


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新年度の第一月曜日でございます。今年は狂人プーチン戦争と長引くCOVID19 Pandemicで世界中が陰鬱ムードですが、毎年、この日は、よし!!! リセットして行くで!! という意気込みで臨みます。年度替わりで検診無料クーポンも有効期限が過ぎ、年度末まで駆け込み受診でてんやわんや、おぼんこぼんの毎日でしたが一気に閑古鳥(かんこどり)の群が来ています。しかし暇してられない日々、院内環境整備や電子カルテのチューンアップなど、肉体労働・頭脳労働の日々です。先週、愛犬ロビンが「下痢」して心配しましたが、あらたちゃんに聞いたところ、クロストリジウム感染症だろうとの診断、特別調整飼料で復活し元気になり、快食・快便の日々、行くで!!ロビン!!!!

勝手に標榜 今は昔・・・


昔、私が勤務していた築地のがんセンターでは、外科医3人の乳腺外科が手術だけでなく抗がん剤治療もやっていました。一方、内分泌部と標榜する科に所属する内科医が抗がん剤、ホルモン剤治療もやりつつ、外科医との合同カンファレンスなども開催しつつ、次第に内科医が手掛ける薬物療法の方が上手にできることから、外科医も内科医に依頼するようになっていきました。そのころ、私は調子に乗って「乳腺内科」と勝手に名乗って、学会などでも「築地のがんセンター乳腺内科の渡辺亨です」と自己紹介してから質問したりして目立とうとしていました。勝手に名乗っても、だれからもお咎めを受けず、いつの間にか、その名称が定着し普及し、気づいたら有明の癌研には「乳腺内科の原文堅先生」という人がいるではありませんか。あーら、驚きですね。

おせーて 増田しんぞー先生


PD-L1陽性でホルモン受容体陽性の場合、どうしてキートルーダやテセントリクは適応になっていないのでしょうか? 効かないのですか??? 教えて下さい。閉経前でホルモン療法実施中、LHRHアゴニストでホットフラッシュがとてもつらい患者さん、ホルモン療法をやめて、キートルーダ、テセントリクを使っていいのでしょうか? いけないのでしょうか? 保険査定が厳格な都道府県では査定されるのでしょうか?

大きい病院に求める幻想曲


ひさびさでございます

私は2005年以来、がんに関する医療を専門として浜松の地で診療所を営んでおります。とりわけ、乳がんについては、診断、薬物療法を中心とした治療、また、高血圧、糖尿病、高脂血症、アルコール依存症、風邪ひいちゃった、水虫になったみたい、などなど、がんの患者でも、そうでない患者でも必要な診療や、各種ワクチン接種なども責任をもって手がけています。このような私たちの医療活動「街角がん診療」を高く評価してくれる人々も大変多くいらっしゃっていますが、他方で「ちっぽけな診療所でなく大きな病院で診てもらいたい」と希望し、あからさまに後ろ足で砂をかけるような振る舞いで去って行く人々もおります。

ある日、ある時、当院に程近い街に住む高齢の女性(馬川余子さん:仮名)が娘さんが一人で当院を訪れました。2年前から右胸にしこりがあり、それが最近、急に大きくなって血が出るようになった、脇の下にもぐりぐりがあるから診てほしいと。胸とは乳房のことで、話を聞いただけで乳がんだろうと察し、診察で進んだ乳癌、リンパ節転移転移は脇の下から鎖骨周囲に及んでおり、乳がんの拡がりを表すステージは3Cで、昔の表現では「手術不能・進行乳がん」という状態でした。

しかーし、私の辞書には「手術不能乳がん」という言葉はなく、「手術不要乳がん」あるいは「手術無意味乳がん」という言葉がいきいきと記載されています。というのは、昨年のザンクトガレンカンファレンスでも推奨されたように当院では昔から”早期全身治療(Primary Systemic Therapy:PST)を基本的には第一選択としているからです。乳がんのPSTとは、まずがんの性格に合わせて全身に効果が及ぶ薬物療法を行い、乳がんのしこりが小さくなることを確認し、時期をみて必要があれば手術も検討しましょう、というものです。乳がんと診断された時点で、既にタンポポの種のように”目には見えない「微小転移」が全身に散らばっていると考えられており、そのような微小転移もPSTにより撲滅できるという考え方です。このようなアプローチは、HER2陽性乳がんではハーセプチンなどの抗HER2療法を、トリプルネガティブ乳がんでは、タキサン、アドリアマイシンなどの細胞毒性抗がん剤や、キイトルーダなどの免疫チェックポイント阻害剤を、さらにホルモン感受性乳がんでは閉経状況に合わせた内分泌療法を行っているうちに、乳がんのしこりを消えてしまい、手術が不要となることもしばしばなのです。

馬川余子さんは、私の説明を聞いて是非PSTをと希望されたので、その準備として2つの検査を計画し説明しました。ひとつは、乳がんの性格(HER2陽性なのか、トリプルネガティブなのか、はたまたホルモン感受性なのか)を調べるための針生検。もう一つは、全身の転移状況を調べるためのPET-CTです。それぞれの検査の日程を決めて、予約を取って、細かな説明をして説明文書をお渡ししてお帰り頂きました。

ところが翌日、馬川余子さんの娘さんから電話があり「母は大きい病院で診てもらいますから検査はキャンセルしてください。そちらにはもういきませんから」と、けんもほろろのお断り。本人は是非といっていたのだし、本人確認もしなくてはいけませんから、お母さんに代わってもらって馬川余子さんから状況を聞くと「自宅に帰って子ども達に話したら、大きい病院に行った方がいいから、と言われたので、そうすることになったんです。」ということでした。

このような「大きい病院」で診てもらいます、という話には慣れっこですけど、果たして大きい病院が優れていて良い治療を受けることができるのか、首をかしげたくなることもしばしばです。馬川余子さんは案の定、大きい病院の乳腺外科で、乳房(+大胸筋一部合併切除)、腋窩リンパ節、鎖骨上下リンパ節郭清、その後放射線照射まで行われたそうで、手術した側の腕は、リンパ浮腫でばんばんに腫れてしまいました。細やかな心配りと最善と治療ができるちっぽけな診療所よりも、大きい病院の方が優れた医療を提供してくれる、と思っている人は多いのはわかっていますが、本当はどうなの、と少しは問題意識をもってもいいでしょうに、と思いますが・・・・。

ひさびさの、オンコロジストの独り言でした。