ちょっと違うんでないかい


「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針 ガイダンス」(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10600000-Daijinkanboukouseikagakuka/0000166072.pdf)の第4章に「 研究者等の基本的責務」の記載があります。そこには「研究者等は、研究の実施に先立ち、研究に関する倫理並びに当該研究の実施に必要な知識及び技術に関する教育・研修を受けなければならない。また、研究期間中も適宜継続して、教育・研修を受けなければならない。」と、教育・研修を受けなければならない、とうるさく書いてあります。このガイダンスには、ほかにも教育・研修が必要だ、とやかましく述べています。これに基づいてか、研修会とか、講習会とかに参加して、参加証をもらうことが不可欠なような風潮になっています。しかし、大切なことは「よく勉強して、自己研鑽をつみ、研究者としての必要・十分な知識と理解と応用能力を身につけること」ではないでしょうか。研修会で朝から午後4時の終了時刻までずーっと居眠りしていても4時30分に参加のハンコだけもらえばそれでOKというのはどう考えてもおかしい。だから、大切なのは「教育・研修をうける」のではなく「各自学習し、十分に研鑽をつみ、正しく習得すること」であり、そのように条文を書き換えるべきだと思います。ガイダンスの基本的な考え方、ちょっと違うんでないかい(北海道弁で語る)。文部科学省研究振興局ライフサイエンス課生命倫理・安全対策室と厚生労働省大臣官房厚生科学課、医政局研究開発振興課が作成したガイダンスだということだから、頭の固い、現場を知らない小役人の作文でしょうね、仕方がないのかも知れません。

がん診療レジデントマニュアル今昔物語


お茶の水の丸善で「がん診療レジデントマニュアル」第8版を買いました。私が22年前に書いた「初版の序」は変わらず載っています。国立がん(研究)センター腫瘍内科の後輩たちが、脈々と繋いできた診療と研修と教育の系譜は22年経って益々充実しています。うれしい限りですね。私と三之君たちで企画した頃の情熱も全く衰えていないように思います。

厳寒のサンアントニオからお送りします。


サンアントニオ乳がんシンポジウムに来ております。昨日の午前中は抗HER2療法の話がありました。ハーセプチンが登場してから30年ぐらい経ちます。ハーセプチンは、乳がんや胃がん細胞の表面にアンテナのようにぎっしりと林立したHER2タンパクを抽出してネズミくんたちに注射し、ネズミくんが作った「抗体」を人間の体に入れても大丈夫なように「ヒト化」したものです。ハーセプチンはちょうど人間が直立して腕をひろげたような「Y」字形をしています。ハーセプチンの効果の仕組みの一つとして、両方の手でがん細胞表面のHER2タンパクをしっかとつかみ、足でリンパ球などの免疫細胞に結合し「免疫力」でもってがん細胞をやっつけるという仕組みがあります。

  • Margetuximab(マージェタキシマブ)は、遺伝子工学の手法でハーセプチンの足の部分を作り替えて免疫細胞との結びつきを強化したもので「スーパーハーセプチン」と呼ばれます。昨日の発表では、ハーセプチンと比べて、効果がちょっとだけ長く続きますよ、ということで、がんが治る、とか、寿命が延びるというところまでは行っていないようです。
  •  ハーセプチンの効果を増強する飲み薬、Tucatinib(トゥカティニブ)の発表もありました。
  • また、ハーセプチンに抗がん剤を結びつけてHER2タンパクが細胞表面にたくさん林立しているがん細胞をピンポイントで攻撃する薬として「カドサイラ」があります。カドサイラに含まれる抗がん剤は、エムタンシンという、かなりマイナーな薬剤ですが、抗がん剤を「deruxtecan(デラクステカン)」に置き換えたものです。小細胞肺癌、非小細胞肺癌、乳癌、皮膚の有棘細胞癌、子宮頸癌、卵巣癌、胃癌、結腸・直腸癌、悪性リンパ腫(非ホジキンリンパ腫)、小児悪性固形腫瘍、膵癌などに広く使われているイリノテカン(商品名:トポテカン)と名前が似ていますが、そうです! イリノテカンを作った第一製薬、現在の第一三共製薬がつくり、HER2タンパクが少ない場合でも効果があるというメリットがあります。
  • ハーセプチンと同じように細胞表面のHER2タンパクに結合する薬「パージェタ」が既に市販されていて、再発乳がんではかなり良い効果があるのでよく使われています。初期全身治療としても、手術の前にハーセプチンと合わせて使う場合には腫瘍がみるみる小さくなる効果があります。しかし、先に手術をしてしまって腋窩リンパ節には転移がないという場合、手術後の再発を抑える効果はほとんどないということが、今回も確認されました。世の中は、手術をすぐしましょう、という流れから、まず、全身に効果のある薬を使いましょう、という流れに変わってきたのはこういう状況もあるからです。かつて念仏のように唱えられていた早期発見・早期手術という対応は様々な薬剤の登場により、まず全身治療!に変わりましたね。

第4条  治療の理屈を理解しておこう


治療の理屈を「薬剤の作用機序」と言います。外科医の説明のように「わるいところをとってしまいましょう」というような猿でもわかる理屈とは違って薬剤の作用機序、つまり、どのような仕組みで治療が効くのかを自分でも理解しておく必要があります。

たとえば、ホルモン受容体陽性の乳がんの場合、女性ホルモンを「餌」としてふえるので血液中の女性ホルモンを減らすような治療(アロマターゼ阻害剤とか、閉経前ではリュープリン注射)やタモキシフェンの様に女性ホルモンががん細胞に取り込まれるのを妨げる治療を使います、とか、トリプルネガティブ乳がんの場合、細胞毒性抗がん剤がよく効くので、点滴と点滴の間隔を縮めてしっかり治療しましょう、とか、HER2タンパク陽性なら、がん細胞表面のHER2タンパクに手錠をかけてがん細胞の息の根を止める治療です、とか、自分が受ける治療の仕組みを知っておくのがいいいでしょう。

第3の注文「 『早期』という言葉に惑わされない」


よくある落とし穴

外科医:この間の検査で乳がんが診断されました。

患者:えっ、そうなんですか。えっ、どうしよう、がんだなんて、全然、思っていなかった、それで、早期なんですか? 手術できますか?

外科医:来週月曜日に入院すれば火曜日の手術枠が空いていますから間に合いますよ。

患者:早いほうがいいですよね、お願いします。

医師:早期発見できたのですから早期外科手術が大切ですからね。

第2の注文「慌てず 焦らず 諦めず」


第2条 

「慌てず 焦らず 諦めず」は、大切な心の持ち様ですが、早期診断とか早期治療など、はやくはやくと急き立てられ、検査とか治療を予約しようとしても何週間も先ですとわれ、慌てる、焦ることはしょっちゅうですね。また、初期治療をきちっと受けたのに再発したとか、再発してから受けた治療が効かない、いろいろな治療をしたけどもう使う治療がないと主治医から言われたときなど、諦めてしまう、もうだめだと思ってしまう、へこたれてしまうということは普通のことかも知れません。そんな患者さんたちが、診察室で涙を流す状況にしばしば遭遇します。慌てない、焦らない、諦めない、と言ってもなんの励ましにもなりません。大切なことは、慌てている自分、焦っている私、諦めた俺、を客観的に見つめることだと思います。慌てているのね私、焦っている僕、諦めてしまっているぞ、とおるくん、と、自分のありようを冷静に見つめてみること。そうすると少しづつ、光が見えてくるかもしれないし、強くなれるような気がするものです。また、家族や友達に、慌てちゃって、焦っちゃって、諦めちゃったことを話すというのもどうですか。

第1の注文「できるときにできることに立ち向かおう」


10月5日の僕のひとりごとで腫瘍内科医から患者への注文12か条に触れました。数人の患者さんから、「12か条全部守っていますよ」という反応を頂きました。また、もっと詳しく教えてほしいという要望もありました。なので少し詳しく注文の中身をお伝えしたいと思います。むかつく内容もあるかもしれませんが炎上させないでください。では、きょうは第1条「できるときにできることに立ち向かおう」です。

がんと診断がついて最初に行う治療を初期治療と呼びます。一方、初期治療が終了した後、他の臓器に転移が出た、もともとあったところに再発した、という場合を再発後治療と言います。腫瘍内科医の注文ですから、ここで言う治療とは、初期治療も再発後治療も主に薬物療法を指しますが、決して手術や放射線治療を否定するものではありません。初期治療の目標は「治癒、すなわち、病気を治してしまおう」ということです。ここで多くの人が勘違いしていることは、手術をすれば病気が治るということです。手術で治る場合もあります。それは「非・浸潤がん」の場合でしょう。しかし、浸潤がん、つまり、まわりのリンパ管や毛細血管の近くまでがんがにじみ出ていって管のなかに入り込み、さらに、その先に拡がっていくような場合には、手術だけで治まるような状況ではないのです。明らかでも明らかでなくても全身に転移が広がっていると考えて治療を計画しなくてはいけないのです。そんな場合、全身に効果の及ぶ治療をしなくては病気を治してしまうことはできないのです。全身に効果の及ぶ治療の中には、脱毛とか吐き気とか下痢とか手足の痺れとか皮膚の傷みなど、不愉快で不都合な副作用を伴う治療がありますが、このような治療を受ければ治る、受けなければ治らない、という状況で、副作用がきついからといって治療受けないという選択肢は正しいでしょうか? できるときにできることをしない、ということはあるでしょうか? 初期治療の目的は治癒であってそのためには全身に及んでいる微小転移を駆除しなくてはなりません。