ラグビーの感動


アイルランドに勝った日本代表の活躍にはことごとく感動し関心しました。刻々と変わりゆく局面で15名一人一人が「いまこの時点で自分が何をしなくてはいけないのか」を考え、自分の考えで瞬時に行動に移すことでラグビーという競技は成り立っていることもよくわかりました。そうであるから勝てた日本代表の姿は実に頼もしいです。翻って身の回りを見てみると「どうしたら自分が仕事をしないで済むだろう、もっと楽をするにはどうしたらいいだろう」と、電話が鳴ってもなるべく出ない、回りが忙しくしていても気付かないふりをしている、同じ給料ならなるべく仕事はしたくない、という人類に多数出会います。指示まちというのでもなく、単なる怠け者なんでしょうか? One for all, All for one という行動規範は口を酸っぱくして説教して身につくモノではないんですね。育ちですか? 受け継いだDNAですか? 

合格通知


昨日、試験合格の通知がきました。学科講習4日間、学科試験、実技講習、実技試験とこの夏、フルに頭と体と心を傾け、打ち込んできただけに喜びもひとしおです。60の手習いとはこんなものでしょうか。また、ぼちぼちと、ブログも更新していきますわい。

夜間救急室勤務


浜松市医師会の夜間救急室の準夜勤務 夜8時から12時まで。内科なので子供はきませんが、深夜勤務の場合は子供を診ることもあります。今日は梅雨時の高温・高湿度の1日。受診者は多くはありませんが、急性扁桃炎、咽頭炎などの上気道の炎症で40度近い発熱が立て続けに5-6人。自然気胸1名、腎結石(疑い)1名:血尿、右背部痛の症状。早く12時にならないかなー、と念じつつ、時間つぶしにこのブログを久しぶりに更新。先日、蔵ちゃんにあったら、最近は迫力ないですね、更新も少ないみたいですね、といわれましたが、まあ、その通りですね。今年は、乳癌学会は参加しないで家庭学習です。学会のプログラムも魅力ないしね、内容も目新しくないしね、会長も魅力ないしね。。。リアル多地点には満を持して参加しますよ。5次会ぐらいまでいけるよう、体力温存しておきますね。

現在、11時40分、あれからも結構ひっきりなしに腹痛、発熱、などの有症状者が受診、病態生理がだいたい納得できそうなひとばかりなので、抗生剤や、痛み止めとかを処方し、診療に合間はずーっと、TEDを聞いて英語の世界を楽しんで来ました。内科担当の看護師は、「ひとみ」と書いたエプロンをしているようなおばあさんで、気が効かなくて、振る舞いも間が抜けているけれど、世の中、看護師不足の昨今、こんなのでも我慢するしかないかと我慢、我慢。あと3分でmission completed、大晦日のようなカウントダウンが始まろうとしています。夜間救急室からお伝えしました。

自己学習・自己鍛錬 パート2


高校三年生の受験勉強のさなか、1階の居間に降りて行くと内科医の父が医学書を読んでいた。勉強の合間の息抜きでお菓子を食べて何か飲んでいろいろと話した。無機化学と有機化学、高校の化学ではあまり区別がなかったけど、通信教育教材では無機と有機の区別があった。父に聞くと「むきになる奴がやるのが無機化学、勇気のあるひとがやるのが有機化学だよ」との説明。しばらくはそれを信じていたがいつの頃からか、くだらないジョークだとわかった。その後、大学に受かって浮かれていたときに、父が「医大のいちやまあらた(市山新)先生に勉強の仕方を聞いて来い」というので、いちやまあらた先生のお部屋を尋ねた。いちやまあらた先生は、生化学の教授、なので「わたなべくん、これを読みなさい」と、Whiteの生化学を下さった。Whiteという人が中心になって作った生化学の教科書、それも、英語の分厚い本であった。困惑しつつも感謝して頂き、札幌に持っていって一生懸命に読んだ。この頃には有機化学と生化学の関連も少しはわかるようになっていた。それで、教養部から医学部に進学した年の夏休み、第二生化学に実習に通った。緩衝液の作成だとか、酵素反応の測定だとか、TCAサイクルだとかを手を動かして勉強したような気がする。その時の教授が、必須アミノ酸はふとりめすいばると覚えなさい、と教えてくれた今井陽先生である。今井先生からは、イノシトールは命取る、というのも習ったけど、どんな意味合いだったかわすれた。しかし、PIK3(ふぉすふぉいのしとーるすりー)が細胞増殖信号伝達系で重要だ、ということをずーっとあとになって知った時、今井陽先生の顔が浮かんだ。また、スクワレンは救われん、というのも習った。コレステロール合成のスタート物資で、これもあとにあってとても重要な物質であることを知った。高校、大学のときの勉強は結構役立つものだとつくづく思う。遺伝子変異の結果、アミノ酸が他のモノに入れ替わり、発がんの元になったりするということがわかってきた。なので、我々腫瘍内科は、アミノ酸だとか、遺伝子変異だとかについても十分な理解をしていないといけない。EGFRのT790Mというのは、790番目のトレオニンがメチオニンに置き換わっているからEGFRが暴走する、というのも、「スタイル抜群水曜(水溶)日」でおぼえるSTY(セリン、トレオニン、チロシン)のT、が「言おう(硫黄)と思ってMCに」で覚えるMに変わる、ということ。このような領域はしかし、いまや生化学と呼ぶより、分子生物学という呼び方がコモンセンスである。市山新先生がいらっしゃった教室も生化学から分子生物学に看板が変わっている。その分、学門の中身も深く、濃く、幅広くなっていく。学門は自分でするもの、自分で学ぶもの。学門の中身が深く濃く広くなるのにあわせてYouTubeなどで様々な勉強ができる時代になった。ASCOも今年は参加できなかったが翌日から、ネットで全ての演題の発表を見ることができるのだ。あるとき、ある専門医の試験をうける資格をとるために二日間も缶詰になってくだらない講義を聴きに行く女医さんに浜松駅であった。そんなのなんでe-ラーニングでやれないのか、と思ってしまうが、一同に会して講義を聴いたという事実が専門医には必要なようで、ぼーとして聞いていなくても叱りつけるチコちゃんは会場にはいないらしい。

自己学習・自己鍛錬


新しい治療や検査が導入されるとなると、その関連の団体がまことしやかに研修会を開催しそれに参加しないとなんとなくその治療や検査を行う資格がない、みたいな「えせ認定証」が発行されます。勉強することは医療者の基本であり腫瘍内科医なら薬理学、内分泌学、分子生物学、遺伝学や、内科学の基本をつねに学習して自己鍛錬を続けることは当たり前のことであります。近年はYou Tubeなどで分子生物学の連続講義をまなぶことができ、また、遺伝学のイロハからヨヒモセズまで導いてくれるサイトもあります。そんな便利なサイトを覗きつつ、Tompson&Tompsonとか、Molecular Biokogy of Cellとかの教科書をじっくり赤線を引きながら勉強する、これが昭和生まれの自己学習方法であります。ワードプレスについてもおなじように勉強をしていかないといけません。このブログもマンネリ化してきました。

よく頑張った平成時代


平成最後の月はめまぐるしく過ぎ去りました。先月の20日から23日までの4日間に開催された第16回St.Gallen Consensus Conferenceがありパネリストしての責務を果たすべく事前の準備をしっかりやろうと、パネルディスカッションでの質問スライドのドラフトが送られてくるのを待っておりました。今までは、クリスマスホリディが終わる頃に送られてきましたが、今回は、なかなか来ず、1月下旬には送りますとアナウンスがありましたが来ず、2月半ばになってやっと送られてきました。すぐにコメントを送りました。なぜそんなに遅くなったのかというと、今回からSt.Gallenのfacultyが入れ替わり、几帳面な老人たちが退き、ずぼらな後継者が担当したことがその原因であった、と判明しました。勝手な判断ですが、間違いないでしょう。コンセンサスカンファレンス当日のquestionも途中で入れ替わったり、やり直したりと、準備の悪さにほとほとうんざりとしてしまいました。

今回は何かの分類が新しく定義されたとか、新たなコンセンサスが形作られた、と言うことはありませんが、術前薬物療法がますます標準的な取り組みであることが確認されたことが一番大きなプログレスといえるでしょう。Neo adjuvant というたかのひでみ先生が嫌う「薬物療法が補助」という概念は払拭されつつありPST(Primary Systemic Therapy)という用語が多様されています。また、例外的にまず手術をすることを「Surgery first」という用語をEric Winerは用いていました。

全体的に誰でも知っているトライアル結果をどう解釈するか、たとえば、閉経前乳がんのSOFT/TEXTトライアルとか、HERAトライアルなどの一連のハーセプチン治療とか、また、術前治療後残存病巣のあるTNBCを対象とした我らがますだしんぞうのりかずくんのCREATEXや、術後カドサイラの効果を検証したKATHERINE試験、TNBCでatezolizumabを評価したImpassion130試験などを下敷きにしたQuestionなど、エビデンスがある領域では、根拠が明確な質問にパネリストたちが、そのエビデンスをどのように解釈するか、というようなポイントが見えてきました。

前回、2017年の第15回に続いて、今回もスライドドラフトを元に多地点カンファレンス参加施設で事前のVotingを実施、その結果と本番での結果を対比してみると、いろいろとおもしろいことが見えてきました。

St.Gallen カンファレンスから帰ってきて、シャンパンカヤック社員向けの講義、福岡での講演、多地点カンファレンスでの発表、浜松オンコロジーフォーラムでの講演、そして京都東山での講演、など、あちこちで少しづつ味付けを変えて、しかも講演の度に深まる理解をテーストに加えて、大いに勉強になった1ヶ月でした。その間、日々の診療は言うまでもなく、浜松医大の卒後研修医師の地域医療1ヶ月研修の指導、それから厚生労働省医薬審査第二部会会議とか、青森出張とか杏雲堂病院とか、とにかく超多忙を極めた1ヶ月、ブログの更新も途絶えてしまいました。平成も明日でおしまい。あっという間の31年間でした。よくがんばりました、と自分にご褒美をあげたい気持ちです。

救急車に関する考察


「こんなことで救急車を使うな」と中村祐輔先生(http://yusukenakamura.hatenablog.com/entry/2015/01/12/073436)も嘆いているように救急車をタクシー代わりに使う人、ちょっとした頭痛でもすぐに救急車を呼ぶ人、赤ちゃんが泣き止まないといってすぐに救急車を呼ぶおかあさんなど・・・ 「ただなんだから」、「俺たち税金払ってんだから」とか言ってタクシー代わりの不適切な救急車利用は一向に減りません。我々医師もなるべく救急車を呼ばないようにといろいろな局面で患者、家族に説明していますが、すぐに救急車を呼ぶ、というのが文化として定着しています。

救急隊の方々は文句一つ言わず業務を黙々と遂行しますが、きっと「やってられねーよな!」というのが本音ではないでしょうか?

こんな事例がありました。80才台の男性、痰がでる、ちょっと声が枯れると自分で運転して受診しました。診察すると口の中は異常にからから、本人は一昨日ぐらいから口内炎があちこちにできて痛い、と言っていますがかなり病的な口内所見。胸部聴診すると両側肺でばりばり音、これは大変な様相。酸素飽和度は80%ちょっと。しかし、本人は至って元気。胸部CTを取ったら両側肺に著しい肺炎像。これは入院して数日間、抗生物質の点滴が必要と判断し、農協系のいい病院の病診連携室に電話して入院を依頼、呼吸器内科での対応をお願いします、本人は歩いていけます、家族が車で送ります、と伝えて待つこと数分。農協系のE病院の病診連携室からの返答は「呼吸器内科では徒歩で来た患者を入院させることができません。救急外来を通さないと当日入院はできないので、救急車で受診させてください。」とのこと。「本人はしゃんしゃん歩けますし家族が車で送ります。」と当院担当者が説明すると「当院の規定で救急車で来た患者以外は救急外来を受診できず、当日入院もできませんのでとにかく救急車を呼んで下さい。」との説明でした。到着した救急隊員に「元気なんですけど病院が救急車でなくっちゃダメっていうものですからすみません、よろしくお願いします。」と説明、救急隊員も「わかっています、わかっています、そういう対応する病院が多いですからね。」と実に穏やかで寛大な対応。患者本人「自分でいけるけど、乗った方がいいわけね」とすたこら救急車にのりこみ、にこにこしながら穏やかに座っている。奧さんには「救急車で行くなんてちょっと大げさだけど数日で退院できるから」と説明すると「大丈夫、大丈夫、自宅からピーポーピーポーやられると、あのうちは葬式が近いなんて近所でいわれちゃうけどここからなら大丈夫。あとで車とりにくるから停めさせといてね。」と穏やか。みんな穏やかでいいのだけど農協系のE州病院の対応はほんとうにこれでいいのだろうか、院長先生に伺いたいのですが・・・