医薬分業は誰のため?


病院にかかって飲み薬が必要な場合、院外処方せんが発行され、調剤薬局で薬を買わなくてはなりません。この医薬分業と呼ばれる仕組みは、約2/3の病院で採用されています。高血圧や高コレステロール血症などの場合は、薬局の薬剤師が処方せんを見れば、その患者の病名や、注意事項などは容易にわかりますから調剤薬局で薬を処方してもらい、説明を受ければ大概問題なく、多くの患者さんにとって医薬分業は便利な仕組みと言えるでしょう。しかし、抗がん剤の場合、事情がすこし違います。処方せんには、薬剤名、分量、日数しか書いてないので受け取った薬剤師には、患者が肺がんなのか、乳がんなのか、はたまた胃がんなのかもわかりませんし、ご病気はなんでしょう、と聞けないことも多いそうです。また、白血球数や腎臓、肝臓機能の良し悪しもわかりませんし、家族が代わりに薬を取りに来た場合など、全身状態を知ることもできないまま、指示された通りに処方しなければいけないことになっているので、不安を抱く薬剤師もいます。点滴抗がん剤の副作用を抑えるため、ステロイド剤を1日16錠内服する場合があります。これは、ふつうの量の数倍なので、以前、東京の病院に勤務しているとき、抗がん剤治療を受けていることを知らない調剤薬局薬剤師から、これは多すぎるのではないかと、問い合わせが来たことがありました。調剤薬局薬剤師は、患者に薬を安全に、間違いなく服用できるよう、一所懸命説明しますが、たった一枚の処方せんから謎解きして対応するのには限界があります。浜松オンコロジーセンターでは、8年前の開院以来、医薬分業は採用せず、院内調剤を続けています。薬剤師が患者の病状や検査結果を正しく把握し、適切に対応してくれています。時には、腎機能が悪いので内服抗がん剤の分量を減らしたらどうか、と我々医師に提言してくれることもあります。ますます複雑になるがん治療ではチーム医療は不可欠、医薬分業はあまり適切な仕組みではないように思います。

市民講座は誰のため?


浜松に本拠地を置くNPO法人がん情報局では、2006年から乳がん市民講座を年2回開催しています。今週の市民講座には、患者、家族、医療関係者あわせて約250名が参加、うち約100名は初参加ですが、全15回参加の皆勤賞の方もいらっしゃいました。また、広島、三重、東京など遠方からの参加者もいらっしゃいます。この市民講座の特徴は、事前に参加者からの40-50の質問を医師、看護師、薬剤師など9名の回答者で分担して回答スライドを作成、すべてに対して正直に、真正面から答えるやり方です。抗がん剤の副作用を乗り越える方法、主治医とのコミュニケーションの取り方、手術後の痛みがとれない、再発が心配、がんによい食事や食品はない、など、似たような内容はまとめて答えるようにしていますが、毎回、2時間半を超える長丁場になります。終了時には会の進め方や感想をアンケートで尋ね、終了直後の反省会で、スタッフ全員で目を通すのもこの会の定番となっています。よく準備してわかりやすく解説してくれてありがとう、という感想が多く、準備した甲斐があったね、と皆で悦び讃えあうのも反省会の楽しみです。しかし、時間が長すぎる、会場が寒い、スライドの字が小さい、声が小さい、回答者がふざけすぎ、内容が難しすぎる、など、次回への反省材料となる厳しい指摘も多く寄せられます。反対に、もっと長くやってほしい、回答者はユーモアがあってよいという感想もあります。個別の医療相談はやめてほしい、個人的な話は病院で聞けばよい、という意見もあります。でも、私たちの考えはこうです。個別相談を題材に、先々の事は思い悩まないようにしましょう、痛みは我慢しなくてもいいですよ、これから使える治療薬もたくさんあるので決して悲観する必要はないですよ、明るい未来はすぐそこに、といった答えを、参加者全員で共有することが、この会の大切な目的だろうと思います。次回も楽しみしています、と笑顔で帰って行く参加者を見送るとき確実な満足を感じるのです。

出版 N・SAS試験 阿部薫先生に感謝


NSAS試験 - 日本のがん医療を変えた臨床試験の記録- (小崎丈太郎著、日経メディカル開発)が、著者の小崎さんから送られてきました。アマゾンでも「ただいま予約受付中」になっています。(アマゾンへ)。この本、ドキュメンタリーとして、丁寧な取材に基づいて書かれており大変読みごたえがありますし、がんの臨床試験に携わる方々には是非、読んで頂きたいと思います。あらためて、患者の皆さんをはじめ多くの人たちの協力で臨床試験が計画され、実践され、解析されて、その結果が世に問われ、そして、診療が改善されていくということがわかります。私も、この本を読んで、初めて知ったことがたくさんありました。たとえば; 103ページ、坂元吾偉先生に最初にお目にかかった時のエピソードの紹介のところ 『「これは間違いなく慶応ボーイだ」坂元は渡辺を慶応義塾大学出身の医師と誤診した。「あとで北大だと聞いて腰がぬけるほどびっくりした。」というのが坂元の渡辺評だ。』 これはどういうことでしょうか???、褒められているのか、だめだしされているのか、微妙であります。また、だいぶあとになって佐藤恵子さんのところにイデアフォーのメンバーがやってきて「申し訳ないと謝罪した」話(119ページ)。ちなみに、佐藤恵子さんが作ってくれたNSASBC01の説明同意文書に宇宙怪人シマリスがデビューしました(アマゾンへ)。また、大鵬の高木茂さんが患者を名乗る人物からNSASBCを非難する執拗なメールが、まるでストーカーのように送られてきた、それは、半年以上続いたそうです。高木さんが、私の知らないところで、そんなに頑張ってくれていたことを知り大変感銘を受けました。ところでこのストーカーのような人物、思い当たるところあり、イニシャルで言えばIKではないかと。などなど、つらかったけれど、中身の濃い長い歳月が走馬灯のようによみがえってきます。この本の副題 「日本のがん医療を変えた臨床試験の記録」は、当事者としてまさにその通りだと思います。しかし、最初から最後までの緻密な青写真を書いたのは阿部薫先生なのです。この本の最後に、阿部先生の使徒である吉田茂昭先生と私がそれぞれの立場で書いている阿部先生の追悼文を読むと、涙でパソコンの画面が曇ります。阿部先生、どうもありがとうございました。