病理解剖を行なうことに遺族が同意してくれた場合には、心より感謝の思いを伝えます。死亡診断書は解剖の後にお渡しします。病理解剖依頼書をきちんと記載しないと、病理の先生に叱られるのできちんと書きます。病理の先生は翌朝8時30分にならないと電話に出てくれません、国立がんセンター病院ではね。なので、翌日の病理解剖担当の先生を確認してから一度家に帰るなり、医局で仮眠するなりして朝を待ちます。8時30分、電話します。喜んで!と言ってくれる病理医はいません。中には、本当に解剖が必要なのか? と不機嫌そうに言う先生もいました。その先生は、その後ものすごく偉くなって総長まで一時的になりましたが、その後の御家騒動で築地を追われてしましました。さもありなん、さもありなん。病理解剖は、死亡原因を確定するということもありますが、やはり、肝臓に転移したがんのものすごさ、たばこをすっていた患者の真っ黒な肺、これじゃあがんになるよなー、生前の検査では見つからなかった骨転移の存在、これが痛みの原因だったんですね、見つけてあげられなくてごめんなさい、と感じたこともありました。甲状腺の裏がわに転移して副甲状腺が破壊されていることがわかり、これが、低カルシウム血症の原因だったということがわかり、JJCOに症例報告をしました(1)。病理解剖室のひやっとした空気、ホルマリンと生き物と遺体の匂い、冷たくなった遺体の硬さ、メスやピンセットなどの金属が解剖台のステンレスにあたる音・・・。病理解剖から学んだ数々の知識とともに今でもよみがえってきます。病理解剖が終了すると、遺体をきれいにして霊安室に移動、待ち受ける遺族に病理解剖に協力してくれたことを改めて感謝の思いを伝え、解剖結果を分かりやすく説明します。研修医と共にきちんとお辞儀をして、霊安室を立ち去ります。ここまでが、看取りのあとの病理解剖における医師の役割です。
1. Watanabe T, Adachi I, Kimura S, Yamaguchi K, Suzuki M, Shimada A, and Abe K. A case of advanced breast cancer associated with hypocalcemia. Jpn J Clin Oncol. 1983;13(2):441-8.