リスクカテゴリーからスレッショルドへ


31才 閉経前未婚女性、右乳癌 T2 N0 M0 stage IIA、乳房温存術+センチネルリンパ節生検 、浸潤性乳管癌, ly (-),  v (-), SLN 陰性  t: 12×16 mmgrade ER: positive  (Allred Score 8) PgR: negative (Allred Score 8)HER2: negative

さて、このような患者の場合、術後治療はどうするか?

こんな場合、専門家に聞いても半分は、抗癌剤の使用を主張する。その根拠はと聞くと、多くは「若いので予後が悪いからしっかりとした抗癌剤治療が必要です。」と答える。「なぜ、若いと予後がわるいと考えるのか?」

世間には、老人の癌は進行がゆっくりで若者の癌は進行が速いという言い伝えがある。しかし、これは根拠がない。

ST.Gallenのリスク分類で、35才未満はリスクが上がります。だから、化学療法をしっかりやらなくてはいけません。」というふうに反論される。そこが、間違いだ。このリスク分類から年齢を取り除くべきだ。これが私の考え。年齢だけがリスク因子ではないことは、数多くの臨床研究で間違いない。35才未満でホルモン感受性陽性の場合、卵巣機能抑制を十分に行う必要がある、つまり、LHRHアゴニストをしっかりと使用して卵巣抑制をきかせることが、最初に示したような患者では大切なのだ。今回も、会期中にDr. Gelberと年齢をリスクカテゴリーから取り除くべきだということを相談した。確かにそれはそうだ、ということで、今回、年齢という因子を考慮しない、ということになった。

そればかりか、なんと、長年なじんできたあの「リスクカテゴリー」が消えた。変わって登場したのが、「スレッショルド(域値)」という考え方だ。

域値とはしきい、という意味で、これ以上の値を超えたら、陽性とするという、区切りの値を意味する。しかし、よく考えてみると、グレードにしても、ホルモン受容体にしても、HER2の発現にしても、予後因子、予測因子は、全て連続する変数だ。これを、陽性、陰性、というように「二値化(dichotomize)」して、「二者択一(binary decision)」するのにはちょっと無理がある。しかし、そこをどうにかしよう、ということで、今回導入した考えが、域値(スレッショルド)である。

ホルモン療法を実施するかしないか、のスレッショルドは、「少しでもER染色陽性細胞があれば」とする。術後にハーセプチンを使用するかどうかのスレッショルドは「HER2タンパク強陽性細胞が30%以上あれば」とする。では化学療法はどうか? Triple Negativeならば、ほぼ全ての症例に実施する。HER2陽性ならば、抗HER2療法と併せて抗癌剤を実施。問題は、ER陽性、HER2陰性で、ホルモン単独でよいか、ケモを加えるべきか。というところ。ここが常に問題である。どこにスレッショルドを設定するか。これには、グレード3、Ki67MIなどの増殖指標が高い、ER,PgR陰性,リンパ節転移4個以上、広汎な脈管浸潤あり、腫瘍径5cm以上に加えて、全ての可能性を試したいという患者の意向を重視すると言うことになる。

患者の意向がしっかりとこのような形で取り上げあげられたのは初めてだ。今回、リスクカテゴリーからスレッショルドという考え方に移行するが、これを使いこなすには中級者以上の乳癌診療力が必要だ。初心者、すなわち、一般消化器外科の先生がた(消一くん)は、乳癌薬物療法を取り扱うことが少し難しくなるだろう。詳細は、4月3日、福岡の外科学会のランチョンセミナー(スポンサー:アストラゼネカ)で解説するので、多数ご参加ください。

しかし、初心者にとって難しいのは、当面の数年で、MammaPrintなどの予後診断検査が普及すれば、だれでも、消一くんでも、簡単に判断ができるようになる。したがって、腫瘍内科医が威張ってこんなブログを書いていられるのもあと数年だろうか、そろそろ転職を考えないとだめだろうか? マンモグラフィ読影の勉強でもしなくちゃだめだろうか、遠藤先生に弟子入りして、チルドレンにしてもらおうか。とにかく時代は音を立てて流れている。日本はますます、世界から取り残されていく。はやくMammaPrintなどの予後診断検査を日本でも臨床検査として、全ての患者に提供できるようにしないとだめですね。米盛勤先生はじめ、行政担当医師の皆さんもがんばってください。

パネリストとして思うこと


パネリストとして思うこと

 

11St. Gallen Conferencesは、2009311日(水)から17日(土)まで、St.Gallen市内の会議場、Olma Messenで開催された。今年は中華人民共和国からの参加者が日本からの参加者を上回り、約5000名の参加者の1割程度はアジアからの参加者がしめた。

今回は、パネリスト間での事前のメールでの連絡が緊密に行われ、コンセンサス会議で討議すべき問題を「10 Areas of Controversy」にまとめた(表1)。

 

表1 10 Areas of Controversy

1.    Surgery: Axilla, Margins

2.    Radiation: DCIS, Accelerated, Post Mastectomy

3.    Pathology: ER, PgR, Ki67, Grade

4.    Multi-gene signatures, Adjuvant online

5.    Endocrine therapies

6.    Chemotherapies

7.    Targeted therapies

8.    Neo-adjuvant systemic therapy

9.    Fertility

10.  Male breast cancer

 

 

この10の領域について、予め時間配分を考慮して具体的な質問を作成した。今回も前回と同様、パネリストにアンサーパッドが配布され、これらの質問に粛々と回答して行く、という予定だったが、やはり、前回と同様、質問をその場で作り替えるというような、どたばたもみられた。とくに、質問が、「Should:~すべき」から「Could:~してもよい」に変えられるなど、不適切とも思われる変更にあきれてしまったのは私だけではないはずだ。

 

今回のコンセンサスカンファレンスをへて、今後の乳癌診療がどのように変わるのだろうか? いくつかのテーマについて、私の考えを述べたい。

 

基本的な考え方は変わらない

2007年から強調されている「まず、ターゲットを明確にせよ、次にリスクだ」という考え方は今回も変わっていない。今回、ターゲットであるホルモン受容体に基づく、内分泌高度反応性、内分泌不完全反応性、内分泌非反応性の区分について、検討された。その結果、内分泌高度反応性は、ER陽性、PgR陽性細胞割合が50%以上、内分泌高度反応性はER陽性細胞が1%以上、というところに区分線が引かれた。また、HER2免疫染色で強陽性と判定される細胞の割合が30%以上の場合には、トラスツズマブの使用を考慮するという、ASCO/CAPのガイドライン同様の基準が確認された。

 

St.Gallen2009 リスクカテゴリー分類はこうなる

基本的には2007年のものとかわらないが、リスク評価に増殖の指標としてKi-67ラベリングインデックスが採用となる見通しである。おそらく、腋窩リンパ節転移陰性症例を低リスクと中間リスクに分類する基準の一つとして、Ki-6720%未満が低リスク、以上が中間リスク)が加わることになるだろう。

もうひとつ、腫瘍径の問題である。現在、腫瘍径(病理学的浸潤径)を20mmで区分し、以上を中間リスク、未満を低リスクに分類している。しかし、腫瘍径が大きくても、他の因子(ホルモン受容体、グレードなど)が良好な場合、必ずしもリスクが高いとは言えない。そのため、腫瘍径は、30mmで区分することになるかもしれない。

 

複数遺伝子発現解析は、リスク評価を一新するか

米国で開発された21gene recurrence score OncotypeDX)や、オランダで開発された70-Gene assay MammaPrint)などの再発リスクを判定するためのMultigene expression assay(複数遺伝子発現解析法)は今回、もっとも注目された話題の一つである。再発リスク評価について、リンパ節転移の有無・個数、グレード、腫瘍径、脈管浸潤の有無などを用いた従来の臨床・病理学的評価方法だけで良いのか、それとも多遺伝子発現解析法を用いる方法を補足的に用いるか、あるいはこれらの方法に完全に置換してよいのか、という点が討議の中心の一つとなった。21gene recurrence score(Oncotype DX)は、米国では、NCCNNational Comprehensive Cancer Network)ガイドラインにも記載され、一般臨床にも広く使用されつつある。この検査でLow riskと判定された場合には、抗癌剤治療を追加しないということでトータルの支払い額をへらすことができるため、民間の保険会社の大部分は、これの償還を認めている、ということも、普及の追い風となっているだろう。また、70-Gene assay (MammaPrint)は、オランダで開発されたもので米国FDAも承認している。今回のコンセンサスでは、「これらの遺伝子発現解析は、従来の臨床・病理学的評価方法を補完する上で有用である」というようなステートメントになるだろう。次回(2011)までには、このような評価方法がむしろ一般的になり、各種の臨床試験も、多遺伝子発現解析を前提として計画されることになることが予想される。日本での開発を早急に進めないと、乳癌臨床研究における日本の周回遅れはますます強まり、アジア諸国にも先を越されてしまうこことも懸念される。行政の迅速な対応を引き出さなければいけない。

 

ホルモン療法に変更はあるか

閉経前症例に対しては、LHRHアゴニスト+アロマターゼ阻害剤の有用性については、慎重論が高まりを見せた。その原因のひとつは、ABCSG12の結果である(○○参照)。標準治療は、タモキシフェン単独という意見が復調し、LHRHアゴニスト+タモキシフェンを上回る支持率であった。この問題については、現在進行中のSOFTトライアル、TEXTトライアルの結果を待つ、という姿勢が支配的である。

閉経後症例に対しては、AIを使用するという意見は増えた。また、使用する場合には、最初から使用するという多く、タモキシフェンを使用した後、切り替えるという意見を上回るようになってきた。しかし、タモキシフェンの意義を評価する意見もまだまだ多く、一時期、言われていた程、タモキシフェンからAIへの主役交代はスムーズには行っていない。

 

細胞毒性抗癌剤に変更はあるか

使用する薬剤の種類および数、サイクル数や使用期間、などについては、ますます混乱している。アンソラサイクリンは必要か、という問題についても、数多くのサブセット解析がなされているが、未だにアンソラサイクリン不要説は、固まっていない。同様に、タキサンの意義についても、明確な方向性が示されていない。今後、分子標的薬剤が台頭するなかで、細胞毒性抗癌剤の位置づけがどのように変化していくのか、について時代の生き証人として、その推移も見守りたい。

 

トラスツズマブの使用方法に変更はあるか

HER2をターゲットとした治療が、HER2過剰発現を伴う乳癌を対象として確立した経緯を、我々は同時代人として注目してきた。「まずターゲットを見極めよ」という2007年以来、ずっと底流を流れているSt.Gallenの理念は、可能な限り不要な細胞毒性抗癌剤の使用を回避したい、という姿勢の現れである。そのような観点から、ER陽性、PgR陽性、HER2過剰発現の乳癌にたいして、ホルモン療法+トラスツズマブという選択肢は、当然、追求すべきである。しかし、今回のパネルの意見では、まだ、5割近くが、細胞毒性抗癌剤の併用が必要である、という意見であり、トラスツズマブの使用方法には、まだ、大きな変化は見られていない。

 

いちばん感じたこと

いつもと同じ感想であるが、やはり、臨床試験を確実に実施し、新しいエビデンスを発信して行かなくてはならないということである。かつては、「日本人には臨床試験やランダム化比較には、適していない」などと言う、日本人特殊暴論が乳癌学会などでも主張されていたが、それは、遠い昔の老人の繰り言である。若い諸君には、世界中で分担してエビデンスを構築していかなければならない、という重要なメッセージをSt.Gallen コンセンサスカンファレンスからしっかりと受け止めてもらいたいと思う。

小雨ふるザンクトガレン


今日は3日目の金曜日、初日は昼から始まり、しょうもないサテライトを聞く羽目に。気を取り直して、Rihard Gelberのオープニングアドレス。緻密な統計家、いけいけどんどんの大橋先生とは全く違うタイプだ。2002年にハーバードに呼ばれて講演したときにいろいろ話して以来、会うたびに緻密な話をしてくれる。今回の発表は、若年者は予後がわるいと言われているが、それは、ER陽性症例が十分なホルモン療法受けていないからでは?という、IBCSGなどの試験結果に基づく考察に基づく。僕もそう思う。リスクカテゴリーの項目に年齢が含まれているのは、ミスリーディングであると感じる。若い人にはケモをしっかり、というのは間違った考え方だろう。
二日目は、遺伝性乳癌の話や、予防の話。遺伝性乳癌と言えば、必ず登場するのがボストンのジュディ・がーバー。とても礼儀正しい発表で笑顔もすばらしい。BRCA関係のレビューなのだが、聞くたびにやはり、進化している。今回は、予防的乳房切除は確実だが悲しい予防方法である。しかし、こんなすばらしい再建方法もあるよ、という話が加わった。また、BRCA遺伝子異常を伴う乳癌は、悪名高きトリプルネガティブ乳癌の権化みたいなものだが、それに対して新しい薬剤としてPARP(Poly(ADP) Ribose Polymerase)阻害剤の効果が検討されているという話も加わった。もう一つ、久々に登場という感じの、Dr.Trevor Pawles。ロンドンのRoyal Marsden病院の老齢のオンコロジスト。かつて、NSABPのタモキシフェンによる予防試験が公表されたころ、平行してロンドンとイタリアでも予防試験が行われていた。しかし、被験者数が桁違いで、バーナードフィッシャーにぼろくそに言われ、泣きそうな顔をしていたのでを覚えている。(ここで、ウンベルトベロネッシーの話が始まったのでちょっと失礼)。
 

すてきなディベート


「遠隔転移のある乳癌なのに原発巣を切除すれば治る、なんていう妄想を抱かせて治療を導いてはいけないと思います。」ー 転移のある乳癌患者の原発病巣を切除する、という試みが、いま、ちょっとしたブームになっている。レトロスペクティブに検討した数本の論文が公表され、最近外科医は俄然勢いづいているが、果たして本当に手術をすべきか? こんなホットなテーマを取り上げた「ディベート大会」が昨日と今日開催された第5回東海・北陸乳癌会議で展開された。リアリティーに満ちた、専門家といえども決断に迷うような問題を含んだ4症例、各1時間、賛成派 vs.反対派、の立場で土曜日の夜遅くまで1グループ4-5名で話し合い、理論武装しプレゼンテーションスライドを作る。翌朝、8時30分からお昼まで、ルールに従って、激しくも冷静に進められるディベートは、ディベーターも聴衆もとても勉強になった。ディベート大賞は三重大学腫瘍内科の北野先生に決定!! 独断で決定!! 今回のディベーターは、東海、北陸地区の、乳癌診療に携わる、または今後携わりたいという立場の「若手」医師だ。私も、かつては若手と言われた。10年早いといわれつづけてこの30年、いつの間にか古参の立場となったが、この間、心がけてきたことは、原理、原則に基づいて理論を構築し、それを他人に話すことにより、さらに理論展開がブラッシュアップされるということ。エビデンスが不十分な領域で、関連情報を理知的に収集し理論武装し、それを「スピークアウトする」。トレーニング途上の若手はこれが大切だ。この「東海・北陸乳癌会議」は、愛知県がんセンターの岩田広治先生が議長として立案し開催してきた。第4回まではブリストルマイヤーズ主催であったが、コウキョーキの関係で今年からその開催を「NPO法人がん情報局」が担当し運営することになった。来年2010年は3月6日、7日、場所は今年と同じ愛知県民の森で開催する予定。来年からは「中部乳癌会議」と名称を変更、乳癌診療を志す若手医師が対象。参加者は30人ぐらいを予定しています。若手の皆さん、楽しみにしていてください。なお、今回、第5回東海・北陸乳癌会議で使用したスライドは、がん情報局WEB SITE(http://www.ganjoho.org/ )に掲載してありますので、自分なら、どうするか、という立場で考えてみて下さい。

成長したCRCセミナー


CRCは成長していないが、CRCセミナーは18回を数え、名実ともに成長したと思う。2000年2月に飯田橋のジ・アグネスホテルで開催された第1回、その後、年2回、趣向をこらし、これにも工夫を加え、ためになる、役に立つ、マンネリ化しない、セミナーを目指してきた。今回は、NSAS/CSPORおよびJ-GOGで取り組んだ臨床試験の結果がとりあえず公表され、初めてトンネルの出口がどこにあるのか、をCRCの皆さんに示すことができた、という点が大きい、CRCが一生懸命仕事をすると、こういう形で結果が世の中に公表され、患者の治療に貢献するものなんだよ、ということがわかれば、日々のCRC業務にも具体的展望を持てるのではないか、と思うのだが、そういった感想はほとんど聞くことができなかったのが残念である。親の心、子知らず、というようなものだろうか。CRCセミナーは成長したがCRCは成長していない。ああ、もうじき桜の咲く季節だ。3月はSt.Gallenがあるし、デジタルマンモグラフィーを導入したりと、あれやこれや、忙しい1か月になりそうだ。