今日の山本君


今日の「最近の話題を語ろう」のコーナーでは渡辺先生がブログで書いていた「エビデンス原理主義」について山本君が尋ねました。臨床試験に関する話題です。 

 

山本君         先生のブログで「エビデンス原理主義」ということばが出ていました。ネットで調べたのですが見つかりませんでした。あれって、どういうことなんでしょうか?

 

渡辺先生       あれは、私の造語だよ。ネットで調べても出てこないさ。臨床試験のエビデンスに凝り固まって、融通の利かない人をそう呼んでいるんだ、最近。イスラム原理主義とか、極端な行動をしているよね、ああいうニュースを見ていて思いついたんだけどね。

 

山本君           はぁ・・、でも臨床試験をきっちりやるとか、それっていいことなんじゃあないんですか。エビデンスを尊重する心が大切だって、渡辺先生、よくおっしゃいますよね。

 

渡辺先生       そうだ、早田一平です。エビデンスは確かに大切だよ。EBMの基本、知っているよね? 臨床試験の結果として報告されているもの、その中で、偶然の結果を見ていやしないか、バイアスが入り込んでいやしないか、この偶然とバイアスをあぶりだすのが、EBMの考え方として大切なんだよ。

 

山本君           それは、よくわかります。「真実・バイアス・偶然」教ですよね、名郷先生の教科書にもでてきます。で、そのようにきちんとエビデンスを評価するっていうことで、その原理主義っていうのは、何でよくないんでしょうか?

 

渡辺先生       あの時の臨床腫瘍学会での議論を聞いていて感じたことはね、こういうことだ。臨床腫瘍学演習というセッションでね、具体的な症例が提示された。そのセッションで解説を担当する先生が、「ある臨床試験の結果を、この症例にあてはめることができるかどうか」を説明したんだ。そのときに彼が言ったのは、この臨床試験は、PS0-2の患者を対象としているので、この症例のようにPS3の患者にはその結果はあてはまりませんって。それで、おいおい、違うだろう、頭使えよって、なったわけ。

 

山本君           えっ、そんなこと、言っちゃったんですか?

 

渡辺先生       そうは言わないさ、大人の見識ってやつさ。あの本、結構いいこと書いてある。口述筆記だけど、養老猛なんかのより、よっぽど、よくまとまっている。おっと、話がそれたが、PSってわかるよね。

 

山本君           Performance Statusですよね。日常生活の活動度を表す指標ですよね。知っています。

 

渡辺先生       PS23の違いはわかるよね。一日のうち半分以下の時間臥床しているのがPS2、半分以上の時間臥床しているっていうのがPS3、終日寝たきりっていうとPS4になる。で、このPS2PS3の堺っていうのは、結構、いいかげんだろう?

 

山本君           そうですね、何となく曖昧な感じですよね。

 

渡辺先生       客観的に臥床時間が何時間と計測しているわけではないし、むしろ評価者の主観がはいるよね、元気よさそう、とか、いきがいい、とか、そんな感じでの区分だから、そもそも、そんな厳密なものではないわけよ。

 

山本君           そうですよね、わかります。

 

渡辺先生       そのようなところで、この結果は、PS3に人には当てはまりません、というのはおかしいだろう。これは、EBMの手法のステップ4になるんだけどね、PS0-2 を対象とした試験だけれども、PS3の患者にも適応できると考えるのが普通だとおもったわけですよ。

 

山本君           それは僕もそうおもいます。でも、じゃあ、なんで、臨床試験の対象患者をPS0-2に限定したのでしょうか。

 

渡辺先生       いい指摘だ。それは、二つ三つの理由があると思う。ひとつは、慣例的に、臨床試験は、PS0-2の比較的元気のいい患者を対象とする、ということが多いからそうなっているという理由、二つ目の理由は、抗がん剤にしても放射線にしても、ある程度、体に負担がかかるよね、そういう場合、あまり、状態の悪い患者が被験者に含まれると、治療完遂率が落ちたり、有害事象が多発したりと、場合によっては、試験が台無しになるので、なるべく状態のよい患者を対象として行う、という風潮がある。特に、薬剤の第II相試験では、薬剤の性能評価が目的のわけだから、効果が出て副作用が出にくそうなポピュレーションを対象とするほうがいいわけだ。三つ目の理由は倫理的な配慮っていうことだと思う。試験の被験者には、あまり病状の重い患者は加えないということね。

 

山本君           PS2以下を対象とするっていうのはそういう理由があったんですね。

 

渡辺先生       あと、臨床試験の「phase」によっても、対象となる被験者のPSについての考え方は異なると思う。第I相試験は、人間で初めて使用するっていう場合もあるわけで、いったいどんな副作用がでるかもわからない、という状況だから、ある程度元気のいい患者を被験者とする、ということから、PS 0-1に限るということがあるよね。逆に、第III相試験となると、薬剤の総合力を見る、なるべく一般臨床に近い状況で見る、得られた結果をなるべく多くの患者に適応できるようにする、ということから、PS 0-3までを対象とするという場合もあるよね。これ、結果の一般化可能性、「 generalizability 」というんだけど、そういう考え方もあるんだ。

 

山本君           あっ、それ聞いたことあります。JCOGの福田先生の講演で聞きました。福田先生も、同じような話をされていました。

 

渡辺先生       そう、彼は僕の弟子だからね。

 

山本君           えっ?? 全然タイプが違うように思いますけど・・・。それはさておき、臨床試験では、適格条件がPSみたいな何となく曖昧なものもありますが、たとえば、白血球のようにはっきりと数で区分できるものもありますよね。その場合は、どうなんでしょうか。

 

渡辺先生       どうなんでしょうか、って?

 

山本君           よく白血球数4000以上を適格とする、というときに、3900ではどうかみたいなディスカッションがありますよね。

 

渡辺先生       わかった、わかった。それね。それは、4000と決まっていることなら、やはり4000以上じゃないとだめだよ。

 

山本君           でも、3900だって、問題なさそうに思いますけど。

 

渡辺先生       そうだよ、問題ないとおもうよ。それだったら、適格基準を3500以上とすればいいわけさ。それでも問題ないと思うんだったら、3000以上でもいいですよ。とにかく、決めたことはきちんと守るし、決めるのも意味のあるような決め方をしなくてはだめっていうこと、わかる?

 

山本君           誰もが納得するようなところに線を引いておくっていうことですよね。

 

渡辺先生       そうそう、それそれ。

 

山本君           あとぉ、先生がブログで書いていた中でわからなかったのがpragmaticな視点も重要、というのですがあれはどういうことですか? 

 

渡辺先生       pragmaticは実際的という意味ね。これは、臨床試験を計画する際に、プライマリーエンドポイントに関する結論がえられるのならば、そのほかの細かいところは、あまり規定しないようにすること、そんなやり方の臨床試験を、pragmatic designと呼ぶんだ。あのブログでこの言葉を使ったのは、昨年8月のニューイングランドジャーナルに肺小細胞がんで、ケモがよく効いた場合、その時点で脳転移がない症例では、予防的全脳照射をやるほうが生存期間が長い、という論文があったね。あれ、読んだ時に、いい論文だなあ、と思っていた。あの論文に対して物知り顔の若者が「あの試験は脳転移がないことを検査するような規定もなくかなりずさんな試験だ、日本でやり直さなくてはいけない。」みたいなことを言っていたんだよ。それでね、じゃあ、具体的に、どうすりゃいいんだ、ということを考えてほしかったわけです。MRIで脳転移の有無を否定することってしたって、造影剤の量によって転移病巣の出方も違うから、造影剤の量まで、規定するわけ? ってなる。つまり、このようなきちきち、こまこま、ちょきちょき、ちまちましたような適格基準をつけることによって、あ~、めんどくさい、あんなめんどくさい試験、かなわんわ、となって、症例登録が進まない、ということになる。それよりは、臨床的に意味のある脳転移がないことが確認されていればいい、とか、症状がなければいい、とか、いう風に決めて、その条件を満たす症例を対象に試験を行えば、得られた結果もgeneralizabilityが高いということになるわけさ。

 

山本君           よくわかりました。そういうことか、そこらへんって、教科書読んでもあまり出ていないみたいだし、なかなか教えてくれる人がいないんですよね。

 

渡辺先生       そーだ、だから、君はここに勉強しに来てるんでしょ。いい勉強してるわけさ。さあ、じゃあ、めし食いに行こう。腹減らない? ウナギいこう。勘太郎ね、予約するよ、0534558823っと。

 

山本君           そこ、結構、最近有名みたいですね。先生のお気に入りだって。

 

渡辺先生       そうだよ、たぶん世界一だよ。他にもあるよ世界一。ぬのはしのかき氷とかね。あれは夏だけどね、絶品だぜ。

 

山本君           じゃあ、夏まで、浜松の研修延ばそうかな~。

 

渡辺先生       そうね、いいね、そうしたら(笑)。

 

この後、山本君は渡辺先生と一緒に、うなぎのしっぽ、肝、骨のから揚げ、うな重・・・と定番メニューを堪能したのだった。山本君はウナギやかき氷につられて研修を延ばすと思われていることにやや不本意さを感じていた。山本君はこんなかたちで生きた腫瘍内科学を学ぶことのできる浜松オンコロジーセンターでの研修を半年ぐらい延ばそうかなぁと、真剣に考えている。空には満月が浮かんでいる。夜桜もきれいだ。ビールもおいしかった。春の夜風はちと寒い。宿舎のdaybaydayに到着した。明日、渡辺先生は横浜に行く。ブレストケアナースの会で、スパイクスをやるそうだ。最近、渡辺先生のナース向けの講演では、厚生労働省医政局長通知「役割分担」を紹介しているようだ。あれって、でも喧嘩売っているようなプレゼンだと思う。以前、静岡での勉強会で、「静脈確保もしないで、何がチーム医療だ!」みたいなこと、渡辺先生言って、静岡がんセンターの看護師長に睨みつけられていたことがあった。」それで、あの「役割分担」通知が出て、ますますテンションあがっているよな。大丈夫だろうか・・。明日も外来研修だ、がんばろっと。

 

広告

エビデンス原理主義か?


久方ぶりに臨床腫瘍学会の討議を聞いた。よく勉強している若手が多いがエビデンス原理主義とでもいいましょうか、「このトライアルは、PS0-2の患者を対象としているんでPS3の患者にはあてはまりません」ってか。もうちょっと脳みそ使ってもいいんじゃないかなあ、確かにエビデンスは大切ですが、エビデンスをどのように使いこなすか、というのも、腕と頭の見せどころではないでしょうか。また、できもしないような臨床試験を主張したりというような場面もありました。pragmaticな視点というのも重要ということを議論する場面があってもよかったと思います。エビデンス原理主義はどうもいただけませんなあ。

たばこ変わらず厚労省


先週、厚生会議があったので厚生労働省に行きました。午前中の外来がちょっと長引いたため、浜松駅→(新幹線)→東京駅→(丸の内線)→霞が関。そして問題のB3b出口。気管支の分枝と同じ名前の出口は皮肉にもあいからわずたばこ臭が染みついていました。午後2時30分だとういうのに、厚労省庁舎東側の中庭に設置されている喫煙所には25名のワイシャツ姿の官僚があわただしく深く紫煙をくゆらせていました。その煙は厚労省の1階ロビーに充満視しています。升添要一厚生労働大臣や柳沢伯夫前厚生老大臣は、庁舎ビル裏側の入口から入るため、たぶん、このたばこ充満状態をしらないのでしょう。灯台もと暗し。ところで、升添厚生労働大臣がマスコミに乗せられて承認させたムコ多糖類代謝異常治療薬「ナグラザイム」の薬価が1本25万円ぐらいに決まりそう。年間患者数はたった3人、しかもこの薬剤の効果は、それほど切れ味が強いわけではないようです。大臣のうけねらいの横車で、ラパチニブなど、順番待ちのほかの薬剤の審査作業が大幅におくれているようです。医薬品機構(PMDA)はとにかく人手不足というか人材不足、これでは仕事が遅くても仕方ないかも。
 

学生の視点


春休みに入って、浜松医大の学生が、毎日2-3人づつ、浜松オンコロジーセンターに外来見学に来ている。4月から5年生になるという学生さん、みんなとても礼儀正しく、取り組みもすばらしい。これは、別に、カリキュラムでもなく、まったくの自発的な見学である。誰かに行け、と言われてきているわけではなく、腫瘍内科って、いったい何をどうするものなのか、見てみたい、知りたい、体験したい、という純粋な向学心から、春休みを使ってきているのだ。朝8時30分から夕方5時過ぎの診療終了まで、診察室にお行儀よく並んで座って診療を見ている。患者さんには、「今日は医大の学生さんが来ています。」と紹介するが、学生は礼儀正しい。患者さんもとても好意的、わが町の医大の学生さん、がんばってね、という感じ。中には、皮膚転移病巣をわざわざ学生に見せて、「もっと近くで御覧なさい。抗がん剤でこんなにきれいになったのよ。」と説明してくれる方もいて、学生にとっては、何から何まで、初めての経験らしく、帰りがけに書いておいていく感想文は、どれもすばらしい内容だ。学生には、かならず、がん診療レジデントマニュアル、SPIKES-BCの本をプレゼントする。指導の基本方針は、薬や病気のいちいちの細かな知識はあまり触れず、添付文書の調べ方、療養担当規則の考え方、治療計画の立て方、など、将来に役立つような、基本的なところを伝授することにしている。旅に出るのに魚100匹を持っていくか、魚釣竿を持っていくか、というたとえは御存知か。細かな知識のブロック、すなわち魚100匹を身に着けても、やがてその知識は、古くなったりして、役に立たなくなる。それよりは、勉強の仕方、すなわち魚釣竿を使えるようにしておけば、必要なときに魚をつることができる。pmdaのホームページで最新の添付文書をダウンロードする仕方を知っていれば、副作用が、既知なのか、未知なのか、すぐに調べられる。未知の副作用がでたら、その時はpmdaに報告しなくてはならない、って言うことも、え、そうなんですか、と学生は初めて聞いて驚くが、一度教えると、一人で、どんどん、添付文書を調べている。自分も、そういうふうにして指導され、そのような指導が一番いいだろうと思っている。学生にとって、臨床の現場を見るのがまったく初めて、と言うこともあるだろうが、朝から晩まで退屈するようなことはないらしい。こちらも、国立がんセンターのレジデント教育で身に着けた指導のノウハウも役立っているが基本的には、「腫瘍内科はおもしろいよ」というメッセージを行動と言動で伝えることが大切だと思う。