完成!! 患者さんのための乳がんガイドライン


九州がんセンター乳腺科の大野真司先生が中心となって1年がかりで作成した「患者さんのための乳がん診療ガイドライン」が完成しました。これは、日本乳癌学会で作成したもので、2006年に作成したものを全面的、徹底的に改訂したものです。Q and A形式で60のクエスチョンを用意しました。患者さん、ご家族の皆さん、そして、医師、看護師、薬剤師や、ケアマネージャー、また、医療関係の学生さんにも、きっとわかりやすい、良くできていると、お感じになることでしょう。患者さんにはガイドラインをぜひ役立てていただき、安心して乳がん診療を受けていただきたいとおもいます。患者さんのための乳がん診療ガイドライン 日本乳癌学会編 金原出版株式会社 2300円、ISBN 978-4-307-20262-6
 
ガイドライン目次は大野真司作「MindMapで描くガイドラインの内容」をご参照ください。
 
 

海外学会の動向と我が国の現状 - いつまでたっても周回遅れ –


第10回オンコロジーメディアセミナー

 6月30日(火曜日) 17時50分

経団連会館 6階 パールルーム

 

海外学会の動向と我が国の現状

– ああ、これではいつまでたっても周回遅れ-

 

♡ ♡ ♡

罹患率、死亡率ともに「欧米型」の疾患と言われる乳癌は、日本での臨床試験はいつも海外の後追いである。米国ではASCO(米国臨床腫瘍学会)とSABCS(サンアントニオ乳がんシンポジウム)の二つの学会で世界の最新情報が報告される。最新情報とは多施設共同ランダム化比較試験の結果である。最近の特徴は、「日本以外の諸国が参加するグローバル試験」結果が続々と報告されることである。なぜ、日本以外なのか? その理由の一端はがんじがらめの規制にある。たとえば、今年のASCOのプレナリーセッションで発表された「PARP1阻害剤」の試験は、抗がん剤治療群 vs. 抗がん剤+PARP1阻害剤」のランダム化比較試験である。この試験では、抗がん剤治療群が、対照群であり、「PARP1阻害剤」を上乗せすることで、効果持続期間や生存期間がどれぐらい延長するのかというのが、この試験での検討課題であった。結果は会場からどよめきが起きるほど見事なものであった。次の段階では、さらに症例数を増やし、観察期間を延長し、「PARP1阻害剤」の真の実力を評価する第III相試験に進む。当然、global trialとなるだろう。日本からも参加すれば得られた結果は、速やかに日本の乳癌患者の治療に利用できることになる。しかしそうはいかない。試験に使用された抗がん剤は、カルボプラチンとゲムシタビンであり、いずれも、我が国では乳がん治療薬として承認されていない。承認されていない薬剤は対照薬として使えないことになっているので、この2剤が承認されないかぎり参加できないのだ。今回も日本からの参加不可能ということになれば日本は3周遅れ、ということになる。以前、このような積み残しをまとめて承認しよう、ということで、「抗がん剤併用療法検討委員会」(黒川清委員長)というのが開かれ、何品目かを手続きを簡略化して承認したことがあった。しかし、あれから3-4年が経過し状況は、全く改善しておらず、周回遅れ、積み残しの山だ。

では、日本からの情報発信はどうなっているのか? NSASBC01試験では日本発のエビデンスを構築することはできた。これは、世界の標準薬CMF vs. 日本の汎用薬UFTのランダム化比較試験である。患者団体の激しい妨害により、試験の進捗は大幅におくれ、結果が得られた時には、既にCMFは世界の標準薬の座を失っていた。ホンダがF1から撤退したように、日本の腫瘍医療は、臨床試験から撤退せざるを得ないかも知れない。臨床試験ただ乗り論でglobalからのバッシングを受けることにもなりかねない。

土曜日外来


週休二日が定着して病院は土曜日休診があたりまえのようになっている。一方、診療所は土曜日午前中、外来診療をするのが常となっている。浜松オンコロジーセンターも開院以来、原則として土曜日午前中は外来を開いている。外来化学療法も土曜日に実施しているし、セカンドオピニオンもある。また、がん診療以外の患者さんで、平日は仕事で来られない、土曜日の朝一で、という人も結構いる。最近の不況で、平日でも休みという工場勤務者もあり、好景気の頃よりは土曜日にぜひ、という人は減ったようだ。東京都内の大病院は、相変わらず週休二日を貫いているところもあるが、最近、大病院も良好なサービスを提供するという観点から、土曜日終日外来を開いているところが増えてきている。土日も外来診療をしている病院もある。今まで土曜日完全休診であった杏雲堂病院も土曜日に外来を開くという院長の方針で、そのようになるが、これには、スタッフの反発がいろいろとあるようだ。看護師はもともと交代勤務なので土曜日外来をすんなり受け入れているが、問題は、自分が一番偉いと思っているような使いものにならない医者からの自己中心的、唯我独尊的反発である。これはいつの時代もあるようで、医療がそもそも社会的活動である、社会保障の一翼をになっているという意識が希薄な、わがままぼんぼん医師によくある行動パターンだ。
浜松で問題なのは、医療センターが土曜日休みで、病診連携室も休みという点。町中の診療所は土曜日、夕方まで診療しているところも多く、検査とか、専門外来受診を予約したくても月曜日まで待たなくてはならないのだ。これは困る。てても困る。浜松医療センターも労働組合のわがままが日本一の病院らしく、医療が市民のためのサービスであるという意識をどこかに置き忘れてきているようだ。いつも、いつも、病診連携室を土曜日に開くように、要望は出しているが、全く対応してくれないのだ。これでは、独立民営化したらカラスと閑古鳥の集まる病院になってしまうのではないだろうか。

がん診療拠点病院見直しの恐怖


箱もの行政の最たるものとして批判を浴びてきた癌診療拠点病院が来年4月をめどに見直されることになり、帳尻を合わせて癌診療拠点病院のふりをしている全国のキョトン!病院は、指定取り消しにおびえ、さらなる帳尻合わせにやっきになっている。病診連携で癌診療を地域に普及しています、という張りぼて看板を掲げているところは、その実態があまりに偽善的、手前勝手的であるがゆえに、指定取り消しは避けられない。また、緩和医療をやっています、緩和医療の専門家がいます、と急遽、別の部署の内科医を緩和ケアチーム医師にしててたけれど、診療科間での協調が全くとれておらず、逆に患者、家族は不安、心配、失望の中で涙を流しているという現状もいたいたしい。こんな、名ばかりの、羊頭狗肉的ながん診療拠点病院は、当然、指定取り消しである。そもそも旧態依然とした20世紀型組織論に基づく、がん診療拠点病院構想自体、無理があり、非才浅薄小役人の浅知恵では、もうどうにもならないところに来ている。安心、安全のがん医療を提供できる体制を整えるには、「街角癌診療の考え方」に基づく「高機能がん診療所」の発展の方が、ずーっと素晴らしいと思うのだ。

準備着々、中部乳癌学会


2009年9月12日、13日に開催される日本乳癌学会中部地方会の準備が着々と進んでいる。中部地方会は北陸、東海、甲信と広い範囲にまたがるため、参加者の行き帰りの時間に配慮して土曜日の昼から日曜日の午後まで二日間にわたって開催される。今回は、「裾野を広げよう、中部乳癌診療」をテーマに、乳がん診療に従事する医療者の数を増やそう、深く勉強してもらおう、という企画だ。
ポスターディスカッションでは、応募演題の中から、討議にふさわしい演題を選び、口頭発表してもらう。演題募集締め切りは6月23日でござる。検診関連では、若手医師、診療放射線技師を対象に検診マンモグラフィの撮影の仕方からはじまり良い写真、いまいち写真をみきわめるノウハウを伝授する。病理診断では、ターゲットのみかた、診断のポイント、目合わせなど、病理診断医、外科医師、検査技師を対象に実践セミナーを開催する。また、看護領域では、比較的初心者から中級上級者まで、がん看護の基本から実践が学べる看護セミナーを開催する。その他、乳房再建、画像診断をテーマとしたいーぶにんぐセミナーとモーニングセミナー、タキサンとAIをどういう風に使ったらよいかを学ぶパネルディスカッション、乳癌楽器教育セミナー、外科手術、抗がん剤副作用対策、緩和医療に関する実践セミナーなど、中身の濃い企画を準備して多数の皆さんの参加をお待ちしています。詳しくは学会ホームページを御覧ください(→http://www.med-gakkai.com/jbcs-chubu/ )

しがらみなければお願いします


癌治療学会内科系会員各位
医局の方針などのしがらみがなければ癌治療学会内科代議員の投票は「06957 渡辺 亨」にお願いいたします。癌治療学会は外科主体の学会で内科は劣勢です。正しい癌診療を推進するには各診療科のバランスが必要であり腫瘍内科の発言力を増強しなくてはいけません。よろしくお願いします。

不作法な取材に激怒


大橋靖雄先生はインフルエンザ問題で渡航がかなわずASCO不参加である。CUBCとNSASBC01のコンバインドアナリシスで「UFTは閉経後ER陽性女性ではCMFに比べて再発抑制効果が高い」という結果が得られたのでそれをポスターで発表することになっていた。しかし、大橋先生は参加されないし、大鵬からも誰もきていていない。誰もポスターの前に立っていないというのはまずいし、聴衆からの質問には様々なヒントが含まれているので、代りに1時から4時まで立っていた。Catheline Prichardや、Gabriel Hortobagyiとも話をすることができ、それなりに収穫もあった。
すると、小柄な女性が来て「大橋先生ですか?」と尋ねた。大橋靖雄も渡辺亨も知らないのか、と、まずそこでむっときたが、「大橋先生はいらっしゃっていないんですよ」と冷静に答えた。すると「大橋先生に連絡とれまんせんか」というので「私が代理で説明しましょうか」と聞くと「だめなんです。大橋先生に掲載のご許可をいただかなくてはいけないんで」と。
私「発表の内容なら、私、説明しましょうか。掲載って何ですか。」
女性「日経CRなんですがASCOの取材をしていていい演題を記事にするのに大橋先生のご許可をいただかなくてはならないんで」
私「ですから、大橋先生はいらっしゃっていないんですよ。」
女性「では連絡取れないんでしょうか。」
私「わかりました、あんたみたいな無礼な人、初めて見ましたよ、じゃあ、夜中の2時だけど大橋先生に電話してみますよ」
ここで普通なら、すいませんとか、結構ですとか、言うだろうに、なんと不作法なやつだ。電話がつながらないので、
私「許可なら大鵬がスポンサーなんだから、大鵬の許可をえればいいでしょう。」
女「大鵬の許可はとったんですよ、でも大橋先生のご了解をいただくようにって、言われているものですから」
私「大橋先生は来ていないんだからしょうがないでしょう。しつこい人だ、なんと不愉快なことだ。あっちいけ、しっしっ」
不作法にもほどがある。この話を夜、仲間に話したところ、あそこの者は何かいい記事はないですかね、みたいに事前の調査もしないで、ごろつきのように聞いてくるので不愉快な思いをしたことがあったそうだ。たまたま、インターネットで、そこの社のサンアントニオの記事を見たが、オショーネッシーの発表の記事に別人の若い女性が載っており、下に「発表したオショーネッシー医師」と書いてある。やっぱり、こんないい加減な取材しかしていないんだな、不作法なわけだと激しく納得した。
以下追加ですがね、いい演題を記事にするというのなら、なんで私の「NSASBC02」の発表を取材しないのか、BEST OF ASCOにだって選ばれたんだぞ、ばかやろう、ってか。
取材の人たちも結構いたが実に無駄な取材が多い。バーチャルミーティングがこれほどまでに充実し当日か翌日には、すべての演題を動画、音声つきで見ることができるのだから、いちいち速報なんかしなくったってもいいのではないか。中身の濃い解説ならばウェルカムだよ。また、ASCOデイリーニュースというのが、毎日会場で配られるが、それをわざわざ日本語訳して朝一で配布している業者がいる。会場には日本語訳のニュースが山のように余っていた。いいですか、英語が読めるから、聞いてわかるからアメリカの学会に来ているんですよ、参加者は。いいですか。学会に来ないで日本にいる人に日本語で情報を提供するっていうのなら、話はわかりますが、農協の団体旅行じゃないんだから、アメリカの学会にきている日本人になぜ日本語訳をしてあげなくちゃあいけないの、ばかじゃん!!

胃がんにハーセプチン


ASCO は楽しい。毎年感じることだ。じっくり勉強もできるし頭の中も整理できる。私がレジデントの時に胃がんでエストロゲン受容体があるので、抗エストロゲン剤タモキシフェンが効くかもしれないという話があった。現在の免疫染色法では、ほとんど陽性にならないし、臨床的な効果もないので、結局使われなくなった。悪性黒色腫にもエストロゲン受容体が発現していて、タモキシフェンが効果があり、抗がん剤と併用して使われることもある。乳がんとか胃がんとメラノーマとか、癌の種類に関係なく、同じ特徴を持っていればそこを狙って薬が効くのだ、という着眼点は、私が腫瘍内科を目指した原点に近い部分にある。今回、ToGA試験の結果がでた。この試験のことは以前より聞いていた。しかし、これほどインパクトの強い結果がでるとは思わなかった。この結果から、また、いろいろな混乱が始まることが予想されるが、まず、ToGA試験の結果を詳しく見てみよう。
 
胃がんでは20%程度の患者でHER2が陽性である。ToGA試験でも、3807名の進行胃がん患者をスクリーニングし810人がHER2陽性。検査方法は、IHC3+ またはFISH陽性(2X以上)。乳がんでも大体20%程度で陽性なので同じ程度である。810名のうち、その他の適格条件を満たし同意が得られた患者584名を5FU+シスプラチン対5FU+シスプラチンにハーセプチンを加えた群にランダム化割り付けし、生存期間(Overall Survival:OS)を主たるエンドポイントに検討結果、明らかな差がでた。抗がん剤群の生存期間中央値が、11.3か月であったのに対しハーセプチンを加えた群は、13.8か月(P=0.0046)(図1)。
 
図1(胃がん)         乳がん
 
登録症例の50%強はアジアからの症例なので、この結果はダイレクトに日本人の胃がんに適応できる。このサバイバルカーブを、転移性乳がんに対してハーセプチンを使用し、生存期間の延長が報告されたデニス スレイモンのデータと比較すると驚くほどその形がよく似ている(図2)。生存期間の中央値は胃がんは乳がんの半分ぐらいだが、どちらもハーセプチン+化学療法による生存期間は、化学療法群による生存期間の125%である。つまり、乳がんと同程度の効果があるということができる。この結果から原発がどこであれHER2過剰発現を伴うのなら、乳がんでも胃がんでも同じようにハーセプチンを使用すべきである、という強いメッセージが伝わってくる。
それでいろいろな混乱を学ぶケーススタディが考えられる。
【症例】67歳女性、竹山さん、
【経過】昨年夏、早期胃がん手術、外科医はとり切れたといったので、術後の抗がん剤治療は受けていない。今年5月、定期フォローアップで肝転移が見つかった。担当のY先生はASCOに行くので、次の外来は6月10日となる。
【6月10日の外来予想】
竹山さん「先日の検査はどうでしたか、結果が気になって、先生、オーランドでしょ。名古屋でオーランドがえりの人が新型インフルエンザにかかったって騒いでいたんで、先生、無事帰って来られるか心配でしたよ。」
Y先生「僕は50歳以上だから大丈夫ですよ。さて、検査の結果ですがね、肝臓に転移が出ているようなんです。」
竹山さん「やっぱりね、ここのところ、なんか、みぞおちのあたりが張ったような感じがして」
Y先生「そうですね、転移は左葉に3個、そのうち1つは5cmぐらいですね。これが、すこし圧迫しているんでしょうかね。それと右葉にも5-6個転移がありますね」
竹山さん「先生、それって、手術できるんですかね」
Y先生「手術できる、できないっていうことではなくってね、手術をするという意味があまりないんですよ。」
竹山さん「じゃあ、抗がん剤ですか?」
Y先生「先週のアメリカの学会でね、胃がんのあるタイプでは、ハーセプチンという薬が効く、という発表があったんですよ。」
竹山さん「ハーセプチン?って、聞いたことありますね。たしか、隣の奥さんが乳がんでその点滴をうけていると言っていました。なんか、とても高いくすりなんですよねえ。」
Y先生「高いかどうか、ちょっとわかりませんが、もし、胃がんの型があえば、ハーセプチンが効くかもしれないから、検査してみましょうかね。」
竹山さん「検査って、また、あの苦しい胃カメラですか?」
Y先生「いや、手術でとった組織が保存してあるので、それを使って検査室に、HER2というタンパクが竹山さんの胃がんにあるかないか、わりと簡単にわかるんです。」
竹山さん「その検査って、高いんですか。今日はあんまりお金、持ってきていないんで・・」
Y先生「高いかどうか、ちょっとわかりませんが、乳がんという病名をつければ、保険がきくんですよ。結果がもし陽性ならハーセプチン治療をするわけですが、それも、乳がんということで問題ありません。」
竹山さん「先生、いやですよ、私は胃がんだって言うのに、乳がんにもなっちゃうんですか、それ、どういうことですか?」
Y先生「いや、実際に乳がんになるってわけではないけど、そうすれば保険での治療ができるからと思ってね」
竹山さん「まあ、難しいことはわかりませんが、先生がいいと思う治療をしてください。再発ときいて覚悟はできていますけどね、少しでも長生きして、孫の成人式は祝ってやりたいんでね。」
Y先生「じゃあ、2週間後、検査の結果がでていると思いますから、その時にご説明しましょう」
 
というような状況は来週からでも現実のものとなるだろう。これに対して行政はどう対応するのだろうか。「ToGA試験の結果をうけ胃がんに対するHR2検査を乳がんと同様に承認すること、転移性胃がん患者で、HER2陽性症例では、ハーセプチンの併用をすぐに承認すること」、これが絶対不可欠である。日本の胃がん診療に携わる多くの先生が真剣に取り組んだToGA trial、、この結果をうけ、次は行政が真剣に取り組む番である。ボールは投げられた、さあ、厚生労働省はどうするか。
 
 
 
 
 
 
 
 

Plenary Session


ASCO二日目、日曜日の昼からは「Plenary session」がある。日本語に訳すと「全体会議」。毎年もっとも注目すべき4演題が発表されるので会場はほぼ満席で、早めに行って席を取ろうというムードになる。HZM先生は「他の科の話だから」と及び腰で途中で出て行ったが「オンコロジー(腫瘍学)」の学会であり腫瘍に関する話なので他の科という認識はちょっと理解できない。と書いたらHZM先生から、途中でトイレにいっただけだよ、大腸癌も卵巣癌も乳癌も全部聞いてましたよ、と、おしかりをいただきました。イメージでものを言ってはいけないということで深く反省ばかりなり。さて、演題は4つ、ひとつづつ、じっくりとみていこう。
(1)卵巣がん
最初の演題は、卵巣がん初期治療後のフォローアップで、血清CA125の上昇を早く見つけて早く治療をする方が良いか、それとも症状や画像診断で再発が確認されたら、その時点から治療を開始する方がよいか、を比較した試験。血清CA125は3ヵ月ごとに測定し、これを医師患者に通知して治療を開始の参考にする群(早期治療群)と、結果は医師にも患者にも知らせない群(遅延治療群)にランダム化割り付けした。「えっ、結果を教えてくれないの、そんなのひどい~」「患者の検査の結果を教えないのは非倫理的だ。それで治療が遅れたらどうするんだ!」という反論が聞こえてきそうだが、ちょっと待ってください。「CA125を測定することがいいことだ」とわかっていれば、そのような反論ももっともだけど、いいか悪いのか、わかっていないから試験をするわけで、そのあたり、わかっていることとわかっていないことをきっちりと切り分けることが重要なのである。1442名が登録され、そのうち529名の患者が再発したのでランダム化割り付けの対象となった。早期治療群は265名で254名が再発後の治療を開始(中央値0.8か月後)、一方遅延治療群で265名のうち233名が治療を開始した(中央値5.6か月後)。57カか月間の観察の結果、オーバーオールサバイバルは全く差がなかった(図)。しかもQOLを比べると、早期診断群は、それだけ心配が増えたり、治療に副作用を早くから経験するため、遅延治療群にくらべて悪いという結果だった。これはちょっと驚きであるが、卵巣がんだけにいえることではないだろう。再発を早く見つけよう、ということはあまり考えなくてもよく、症状がでたりすれば、その時点で治療を始めても結果は同じですから、あせらずに行きましょう、というメッセージとして受け止めればよいだろうと思います。演者のゴードン・ラスチン先生は、この結果が出てから、自分の担当患者に、CA125をはかるかどうか、相談すると、多くの患者は測らなくてもいいですと言うそうだ。ただ、測って決めるか、測らないかは、相談のうえで、患者本人に選択してもらう余地は残しておくべきだと言っている。
 
 
  
(2)悪性リンパ腫
次の演題は、濾胞性リンパ腫に対する「ワクチン療法」の演題。濾胞性リンパ腫は、低悪性度に分類されるリンパ腫で、欧米ではリンパ腫の25%ぐらいを占めるが、日本人ではやや少なく15%ぐらい。でも増加しているようでリンパ腫の領域でも「欧米か!?」が進んでいる。低悪性度というだけあって、リンパ節が腫れるだけで他に症状がなく長期間にわたってゆっくりと進行することも多く最近ではリツキシマブ単独治療という選択もある。今回のワクチン療法は、患者のリンパ腫細胞を取って培養し細胞表面に存在するイディオタイプ抗体をKLHという担体に結合させて抗原性を高め、これをGM-CSFと一緒に元の患者に注射して免疫反応を刺激しよう、というもくろみである。このての話は10年以上も前からあり、できるといいですね、という感じで、でもやっぱりだめなんじゃない、という話になってきて、いつの間にか、がんワクチンとか、民間療法のわけのわからないものに話だけが応用されて胡散臭くなっていたように思う。それでこの発表は濾胞性リンパ腫の患者で、10年前にはよく使用された化学療法レジメンPACE後、CRとなった患者を対象に2:1の割り付けでランダム化比較した。177人が対象(ワクチン群118名、対照群59名)となったが割り付け後、再発したりして、結局、ワクチン群76名、対照群41名が計画した試験治療、あるいは対照治療をうけた。その結果、試験治療または対照治療をうけた患者では、再発までの期間は確かに延長されたが、結局、生存期間は同じ。この結果から、ワクチン療法の臨床的意義は、まだまだ、確立できていない、という結論。上述のように最近では、リツキシマブ単独でも長期間の生存も報告されているので、やっぱりワクチン療法は定着しないだろう、というのが専門家の意見のようだ。
 
(3)乳がん
乳がん薬物療法の最近の話題は、ER陰性、PgR陰性、HER2陰性のトリプルネガティブ乳がんの治療薬はないかという問題である。トリプルネガティブ乳がんの割合は10-15%と全体の占める割合は低いがホルモンは効かない、抗HER2療法は効かない、ケモしかないか、という嘆息と同時に、何かないだろうか、何かないだろうか、という期待もある。BRCA1遺伝子変異をともなう乳がんはトリプルネガティブ乳がんであることがおおく、BRCA1遺伝子自体が、DNAの修復に関与する酵素の設計図になっていることから、DNAダメージ、DNA修復に関与するような抗がん剤、酵素、遺伝子などが探究されている。たとえば、プラチナ製剤やアルキル化剤などは細胞周期非特異的にDNAを障害するので、このあたりのケモがいいかもしれないとかいう話もあるがはっきりしない。今回のJoyce O’shawnessyの発表は、PERP1(パープわん)阻害剤という聞きなれない作用をもつ薬剤の話で、これが、結構いけそうである。サノフィアベンティスは、この薬剤を開発したベンチャー企業「 BiPar Sciences(http://www. BiParSciences.com)」を5000億円で買収したそうだ。5000億円といってもぴんとこないが、将来性を期待しての企業買収は吉とでるか凶とでるか。
PERP1というタンパクは、細胞核内にあって、DNA が障害されると、障害されたDNAをいち早く見つけて自動的に修復する、というすぐれた酵素なのだ。DNAは、細胞の大切な設計図なのでこれがダメージを受けると細胞は生きていけない。DNAのダメージは、抗がん剤、放射線照射、ウイルス、などの外敵の影響や、細胞分裂の途中などでも、比較的頻繁におきているらしい。これを速やかに見つけ、さささ、と修繕してしまうのがPERP1である。同様のDNA修復機能は、BRCA1にもある。正常の細胞では、常に、BRCA1くんとPERP1くんが協力してDNAのダメージを修繕しているのだ。BRCA1遺伝子に変異がある細胞では、PERP1くんが一人で頑張っている。PERP一家は、PERP17 までいるらしいが、DNAダメージを修復するのは、長男のPERP一郎と二男のPERP二郎ぐらいであとは他の仕事をするらしい。二郎も見習いでレジデントぐらいの働きしかしない。それで、ついつい負担が長男にかかって、長男が過剰労働となっている。超過勤務の連続、つまり、PARP1の発現が高まってくる(upregulate)。この状況で稼ぎ頭の長男、PERP一郎が倒れてしまえばDNAが修復されなくなり、細胞は死滅し一家は離散することになる。そこをねらったのが、PERP1阻害剤「BSI-201」だ。Joyce O’shawnessyの発表は、PERP1阻害剤「BSI201」の注射を、カルボプラチン(AUC2)+ジェムザール(1000mg/m2)に加えた場合と加えない場合を比較して、クリニカルベネフィット割合(CRとPRとSDの割合)、副作用をおもなエンドポイントに設定して検討した。生存期間、効果持続期間は、副次的なエンドポイントに設定している。これは生存期間や効果持続期間を検討できるほど、まだ、情報が充分な段階ではないし、症例数算定をクリニカルベネフィット割合でどれぐらいの差が見込まれるか、ということに主眼を置いているので第II相試験である。試験計画は、やや控え目であるが、得られた結果は、かなりいい線いった、という感じだ。対象は、トリプルネガティブの転移性乳癌で、先行化学療法は、2レジメン以下。120症例をランダム化割り付けして、CG(カルボジェム)対CG+BSIー201、オープンラベル試験なので、この患者は、BSI201の点滴あり、BSI201の効果をよくしてやろう、そうすればサノフアベンティスの株があがるだろう、と思って株を買って、BSI201治療群の効果をノギスの加減で、「実に良く効いていますねえ、素晴らしい薬ですね」とSDVの時にやるような医師がいてもおかしくない。このような株価バイアスを防ぐには、プラセボを使って二重盲検にしなくてはならないが、それは第3相以降では必須となる。しかし、最近は、盲検、ブラインド、ということばが、差別用語になる、ということで、「マスクする」という言葉をつかう。これは、ミルマスカラスのFJTさんとは関係のない話だが、ブラインドがだめたら、窓のタチカワブラインドはどうなるのか。話がずいぶんとそれたが、とにかく、試験計画は控えめである。123名が登録され、ケモ単独群に62名、BSI201あり群に61名が割りつけられた。奏効割合は、16%対48%、臨床的恩恵割合は21%対62%、といずれもBSI201 あり群で、激しく優れていた。(株価上昇50円高!!!、というとらえ方をする人は実際かなりたくさんいる。資本主義だから仕方ないといえば仕方ないが、ASCO会場を行き来する人の8割はこの手の人、という見積もりもある。) 副作用は、血液関係、その他関係でも全く差がない、ということだか、これもマスクしていないので、信頼性は少し乏しいが、まずまず、むかむかや下痢もなく、白血球減少などもケモの影響で説明ができ、問題となる副作用はほとんどない、ということでこの段階では主たるエンドポイントの検討終了なのでまとめ、結論に行かなくてはいけない。しかし、人間の情けとして、ここまでいい結果がでると、効果持続期間、生存期間はどうなんだろう、と知りたくなるし、また、企業の本性としても、第2相試験であることをいつしか忘れ、立て続けにDFSとOSのグラフがでた。
 
 
DFSでは、ハザード比が0.342、ピーバリューイズゼロポイントゼロゼロゼロワンということで、この差が偶然の結果として観察される確率は1万回に1回、というわけで、そうすると帰無仮説「DFSに差はない」を棄却するつまり「差がある」という対立仮説に軍配を上げても1万回のうち9千9百9十9回は大丈夫だよ、ということになる。だから、この観察結果が、将来ひっくり返るというようなことはないだろう。
 
 
OSでも、ハザード比が0.348、ピーバリューイズレスダンゼロポイントゼロゼロゼロファイブ、こちらもこの差が偶然の結果として観察される確率は1万回に5回未満、というわけで、OSにも必然的な差がある、ということになる。
 
それで、結論は、言うまでもなく期待できる薬剤ということである。2009年6月の終わりから第3相試験が始まるそうだ。それでそれで、日本はどうなるんだ? サノフィアベンティスが治験やるのかな。でも、カルボプラチンもジェムザールも日本で承認されていないので、やっぱり、今回もこの臨床試験には参加できない。おそらく、この試験が開始されれば、期待の大きさからみて一気に症例登録が進むだろう。3年後ぐらいのASCOで、その結果が発表されるとき、一番最初に世界地図がでる。参加国一覧だ。その地図の日本は白いまま。台湾、香港、シンガポール、韓国、中国など、アジア周辺諸国は赤く塗られている。つまり、試験に参加してエビデンス構築に貢献したということ。ひょっとしたら北朝鮮も赤くなっているかもしれない。別の意味で今でも赤いけど。日本の患者さんは本当にかわいそうだ、行政が余分なレギュレーションを行っているので、ますます周回遅れになる。いまでは1周ぐらいの遅れだったが、ジェムザールも未承認、カルボプラチンも未承認、そして、BSI201 などのパープ兄弟(注:プロレスファンのお友達にはシャープ兄弟の方が馴染みが深いかな)も開発めどが立っていないことから、3-4周遅れで日が暮れてスタンドには誰もいない。厚生労働省分割案が出されているが、抗がん剤審査承認部門は仕事が遅すぎるので、いっそのこと廃止して、すべてFDAの決定に従います、としてくれた方がわれわれ国民にとってはよっぽどありがたいのだ。
 
(4)大腸がん
その次の演題は、NSABPC08,大腸癌術後にFOLFOX6にアバスチンを加えても、いいことは一つもなかった、という話。細かな検討は興味深いが、やはり今の時点では、アバスチンを術後に積極的に使う、ということにはならないようだ。乳がんでもアバスチンは、あまり旗色がよくない。結局、高いお金を払って長期間使用しても、はたしてどの程度の効果なの?????ということだ。ここから、企業の商魂と、エビデンスとのつばぜり合いが始まる。この話はこれでおしまい。