タイムスリップ


癌治療学会に参加すると自分が1980年代にタイムスリップしたような、古典的というか、時代錯誤的というか、いまどき、こんなんありか、という発表に出くわす。プログラム委員会は、なんでこんなのを採択したのか、その意図がまったくわからないような発表がごろごろしている。その最高傑作をみた。人参養栄湯が婦人科癌治療TC(ぱくりかるぼ)の効果を増強した! という、タイトルからしてへんちくりんな発表である。えーと、何がどうへんちくりんかというと、あまりにへんちくりんすぎて説明できないぐらいへんちくりんなのである。つまり、偏見、バイアス、偶然、不勉強をまったく排除していない、日々の診療経験を寄せ集めただけで、おいおい、だれか言ってやれよ、頭痛くなるね・・。会場にいたホズミンに、あれ、ひどいね、と囁いたところ、あんなのばかりですよ癌治は、と平然としていた。しかし、座長も時間切れを口実に切り上げるぐらいだ。たまには、ああいう発表を聞くのも刺激があっていいかな、って思うほどだ。時間が余ったので、教育セッションというのもの覗いてみたが、これもいかがなものか、という感じで、教育する方も、される方もかわいそうなものだ。JCOGとWJOGの分裂の歴史を話してどうなるというのだ? うん? 中川君。歴史を振り返って温故知新とでも言いたいのか? 末升班のことを末松班って言っていたし、伝えるのなら正しく伝えなくっちゃ。ぐるっと会場を歩いて出てきたけど、三分の二の聴取は遠い世界に行っていた。それも無理からぬ話である。そんな強烈なインパクトをうけた週末である。あ~、あたまいた (-_-;)

2013年乳癌学会in 浜松 準備進捗状況(1)


2013年、浜松開催予定の乳癌学会のテーマとしては、「情報・知識・理解の共有」みたいなものにしようかな、と考えています。 今までの乳癌学会を振り返ってみますと10前後の会場で、シンポジウム、パネルディスカッション、一般演題口頭発表、ポスター掲示などが並行して進みます。そうすると、第一会場でのシンポジウムを途中まで聞いて、自分の発表や座長があると、会場を移動しなくてはいけません。学会スケジュールを事前に細かくチェックし、「何時何分に第1会場から別の施設にある第7会場に移動し、教室の若いもんの発表を聞いたらすぐに第5会場に移動し・・・」というようなことができるような緻密な人は今までの学会スタイルでいいでしょう。しかし、事前に予習していく暇もないので、学会場について会場をうろうろして、たまたまあった同僚に、次、どこ行く、とあとをついて行ったり、移動しているうちにめんどうくさくなり、まあ、いいかっていう感じで、ロビーで休憩したり、機器展示ブースでコーヒー飲んだり、久しぶりで会った同門の先生と、喫茶店でお茶飲んだり、早めに町に繰り出したり・・・、こんな感じで学会を過ごすことが、結構多いように思います。また、参加者が、一堂に会して同じ演題を聞き、共通の認識を持つ、というプロセスが持てません。共通の思い出は、朝まで飲んだ、とか、青木功の話の時の秋山先生のスイングは、結構鋭かったね、というような、場面のみ、ということになりかねません。
そこで、2013乳癌学会では、思い切って、主会場三つに絞り、治療(手術、放射線治療、薬物療法、および関連する病理、遺伝子診断などの話)、診断(検診、診断、病理診断、遺伝子診断などの話)、看護(薬物療法の看護、外来化学療法の看護、心のケア、皮膚ケア・・)、のプレナリーセッション(全体会議)会場として設定します。ASCOやサンアントニオ、ザンクトガレンなどの国際学会をご存じの方は、あんな方式と思っていただければいいと思います。参加者は、ほぼ終日(朝9時から午後の3時頃まで)、その会場にいればすべての勉強ができる、というような方法です。セッション数は、各会場、一日あたり3つぐらい、各セッションは90分から150分ぐらいを考えています。一般演題のうち、優れたものはプレナリーセッションでの口頭発表とし、それ以外は、すべて、ポスターディスカッションとします。午後4時頃から5時30分までの1時間30分をディスカッションに当てます。ディスカッションは、ASCOのように、まったく別の会場で、レビューワー(評議員中堅クラス)が、一人15分から20分の持ち時間で、20ぐらいの担当演題をレビューします。演題の演者は会場にいて、会場からの質問があれば答え、そのやり取りの司会は、レビューワーが担当する、という形で考えています。類似の演題はまとめて評価、基本的に、ポジティブに評価して、次につなげるようなレビューになるといいなと思います。仙台では約2000演題だったそうですから、一人のレビューワーが20担当したとして、100人のレビューワーで、1日33人が、一人15分かけるとすると、6会場、同時並行してレビューが進行するということになります。多少、あっちもこっちも聞きたい、ということになるかもしれませんが、どうにか、バーチャルミーティングのような形で、あとで復習できるようにできないかとも考えています。全体会議(プレナリーセッション)方式での開催は、まさに、乳癌診療に関する情報と知識と理解を参加者が共有できることをめざすものです。このような形式で「情報・知識・理解の共有」というテーマにふさわしい内容にできれば、と考えております。

また、サブテーマは「駅前学会」。会場も懇親会も、すべて駅前の施設で事足りる、ということです。名古屋や大阪、福岡の国際会議場も、1会場で開催できていいけど、最寄駅から大変遠く、移動が大変です。その点、浜松は、駅から雨にぬれず、歩いて行ける距離にすべて配置されているので便利だし、繁華街も歩いて行ける距離ですからそれも重宝します。 以上、準備進捗状況をご報告いたしました。

オンコロジーフォーラムと地方会の素朴な感想


浜松オンコロジーフォーラムではとても良いdiscussionができました。吉田茂昭先生の講演「地域がん医療 -今何が求められているのか」では、現状に対する不満や愚痴、迎合はいっさいなく、これからどうすればいいか、何を改革していけばいいのか、について、前向き、積極的にお話しくださいました。その後の討論でも、外来化学療法、在宅医療、病診連携など、地域がん医療の諸項目について、活発な議論が戦わされました。それに比べて、おととい、きのうの中部地方会、震災の影響をうけての会場、日程の変更を余技なくされたことは、不運でしたが、全体的にやや低調でしたし、しょーもないランチョンもありました。しかし、なかには目からうろこがおちるような発表があり、イマージェントラジオロジー、サイコオンコロジー、患者自己管理鎮痛麻酔薬投与の話は、なかなか、説得力がありました。是非、2013浜松乳癌学会には来てもらいたい演者だと思いました。しかし、ひどいのはとことんひどく、吉本芸人はあいかわらずでたらめな話をしていました。あんな話をスポンサーの横綱製薬は、よくもまあ許したものだ、と危機管理の甘さを露呈したように思います。

朝のいかり


今朝の朝日新聞に、「キチンキトサンががんに効く」と、うその宣伝をしたとして出版社が摘発された、という記事が載っていた。遅すぎるよ、対応が。キチンキトサン、サメの軟骨、フコイダン、アガリクス、プロポリス・・・、そんなものがんに効くはずがないだろうに、それをあたかも、がんが治った、なんて、信じる方も馬鹿だね。先日受診した卵巣がんの女性、抗がん剤治療をすれば、十分に治る状態だったのに、ハンドパワーがいいとだまされた馬鹿な息子が、抗がん剤を拒否し続けたため、患者は両側の水腎症になってしまった。その段階で、抗がん剤が効いた人の話を聞いて、自分ももう一度、元気になりたいと、やってきたのだが、ちょっと厳しい状況になってしまっている。
先日、静岡新聞には、2012年から放射能に関する項目が、中学、高校の理科、物理に20年ぶりぐらいで復活する、と載っていた。ということは、この20年間、放射線、放射能にかんして、日本国民は大切な教育を受けていない、ということだ。だから、みのもんたのくだらない扇動に乗せられて、マイクロシーベルトの千分の一でも、放射能は放射能だから、絶対にゼロのしてくれないと困る、など、放射能と放射線の区別もつかない、馬鹿な国民が増えるのだ。遺伝子組み換え商品や、照射ジャガイモが危険だ、と勘違いしている国民も多い。放射能リテラシーなど、○○リテラシーという言葉を最近時々見かける。これは、○○を理解する能力ということだが、サイエンスリテラシーのない国民を作り上げてしまった、今までのゆとり教育の回復不能な弊害がここにきて、一気に噴き出しているのだ。話は変わるが、乳がん治療薬の、タイケルブ、これが、間違った臨床試験解釈論にもとづいて、FDAが、ゼローダとの併用のみ認めるとしたものだから、人まね子ザルの医薬品機構が、同じく、タイケルブはゼローダとの併用だけを認めたのだ。これが今、問題になっている。タイケルブは単独でも有効、ハーセプチンとの併用でも有効であることが臨床試験でエビデンスとして示されている。一方、タイケルブをゼローダと併用することの理論的根拠はなく、単に手続き論にすぎないところで、併用でなくてはならない、となっている。そのため、併用で開始したら、激しい下痢に見舞われ、タイケルブ単独にしたところ、下痢もおさまり、効果も継続している患者さんの、「タイケルブ単独使用は認められません。」という、さらに愚かな行政的対応が行われる。キチンキトサン、アガリクス、サメの軟骨、フコイダン、プロポリス・・・がよくって、なんで、タイケルブ単剤使用がだめなのか、行政に対する不満というよりは、サイエンスを理解できない国民で満ち溢れてしまった今の日本に対する言い知れぬ、恐怖すら感じるのだ。
本当は、朝はこころ静かに、朝のいのりをささげなくてはいけないが、今日は、あさからいかりではじまる一日、あとは穏やかに過ごせるように祈ります。

第12回 浜松オンコロジーフォーラム


来る10月8日(土曜日) 浜松プレスタワー 17 階「 静岡新聞ホール」で 午後3時から下記の内容で浜松オンコロジーフォーラムを開催します。

(1)胃がんにおける分子治療薬の現状と展開     聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 教授 朴 成和 先生

(2)悪性リンパ腫治療の最近の話題        国立がん研究センター 中央病院 血液腫瘍科 科長 飛内 賢正先生

(3)地域がん医療 -今何が求められているのか-  青森県立中央病院 病院長 吉田 茂昭 先生

事前申込にご協力ください。https://business.form-mailer.jp/fms/8dad846f4635

なお、当日受付も可能です。

お誘いあわせの上、ご参加ください。

お問い合わせ先:ymiyamo@oncoloplan.com

朝日新聞連載 「がん告知 今昔 その1」


がん患者にとっても、がん診療に従事する医療者にとっても、がんの告知はたいへん重いものです。昔は「がんを告知すべきか、すべきでないか」ということが、学会でも議論になり、「日本人は宗教的基盤が弱く、告知を受け入れることができないので、欧米のような告知には耐えられない。」という日本人特殊論を主張する外科医もいました。私が国立がんセンター病院のレジデント(住み込み研修医師)として札幌から東京に赴任した1982年、院内の勉強会で、「札幌にいるときに、肺がんの患者さんに肺化膿症と、胃がんの患者さんには胃潰瘍と言って、抗がん剤治療をしていました。」と発言したところ、看護婦長に「どこでもそうね。でも、この勉強会では、そういうやり方をしないようにするには、どうすればいいのかを考えているのですよ。」と言われました。また、かつては「ムンテラ」という言葉が当たり前のように使われていました。これはドイツ語で口を意味するムントと治療を意味するテラピーをつなげたムントテラピーという和製ドイツ語の短縮形です。ムンテラという言葉には、うその病名を告げるなど、相手を適当に言いくるめるというような語感が含まれているため、好ましい言葉ではありません。国立がんセンター病院で「がん告知マニュアル」が作成されましたのは1997年でした。そのまえがきには、「がん告知に関して、現在は、特にがん専門病院では「告げるか、告げないか」という議論をする段階ではもはやなく、「如何に事実を伝え、その後どのように患者に対応し援助していくか」という告知の質を考えていく時期にきているといえる。」と書かれています。さらに事実をありのままに話すという名目のもとに、ただ機械的に告知することの問題も提起し、告知する医療者の基本的心構えや、告知後の患者の精神面に対する配慮などに着目し、がん告知を、医療者が習得すべき技術としてマニュアルが公表されたのでした。

とげの持つ意味


週末は大阪大学一門の勉強会にお邪魔しました。冒頭、野口眞三郎先生が来年ドラスティックな変化が起きます、と予告。何のことだろうかと聞いてみると大阪大学外科同窓会が来年から従来の一外二外を統合する、というのが劇的なんだそうだ。医局なんてどーでもいいーと私は30年前から思っているのでどーでもいいとは思いますが、その筋で生きてきた方々にとってはものすごいチェンジなんでしょうか。一外二外といがみ合っていては外科の衰退に歯止めがかけられないから一致団結しようということでしょうか。あまり実質的、本質的な話ではないようだけど、それはそれとして、私が呼ばれた勉強会も、一外二外の区分なくオール阪大乳がん診療というくくりで、野口先生のリーダーシップでみんなで正しい勉強をしようといものです。これは実質的な話で落ち武者集団を仲間に取り込むことで、がん診療の本当の均霑下(きんてんか:神が天からあまねく施しをすべてにいきわたらせるように、がん診療も、ダークスポットがないようにあまねくレベルアップを図るということ)に寄与するものでしょう。 確かに旧○外系の症例報告は、ひどいもので、ホルモンケモてんこ盛りだったり保険適応もエビデンスもまったく関係ないってね、というような昭和の時代のレトロ治療の発表で、旧□外系は、いらいらしながら聞いており、私も、黙っているか、徹底的に叩きのめすか、どちらかな、と思いつつ聞いていましたが、幸い、旧□外系のジェントルメンが、程よいとげのある質問をいくつかしておりましたので、私は、あえて敵をつくらないですんだわけですが、はたして、その「とげ」の意味を、旧○外の人たちは感じることができたかどうか、それが問題であります。