「マヤク」はやめよう


私の研修医時代、麻薬はモルヒネ粉末を水と赤ワインとシロップに混ぜた液体で、考案されたイギリスの病院名から「ブロンプトンカクテル」と呼ばれるものでした。がん患者はこれを1日6回内服、夜痛い時は夜勤の看護婦を呼び医師に許可された追加分を内服、という大変使いにくいものでした。このような不便さに麻薬に関する社会通念が加わり、麻薬には中毒、体力消耗、早死と言った、明らかに間違った概念が医療者の間でも定着していました。その後、1日2回の内服で済む錠剤や、三日に1枚皮膚に貼るパッチ型の製剤が発売されると不便さは一掃され、がん性疼痛完全撲滅というWHOのキャンペーンにも後押しされ、医療者の間で、医療用麻薬が普及したかに見えました。

しかし、11月18日朝日新聞医療欄の記事「医療用麻薬に誤解の壁」は、日本では使用が広がっていないと指摘しています。この記事では、医療用麻薬の普及を妨げる原因の一つに医師の説明不足を挙げていますが、私の見解はちょっと違い、単語の問題だと思うのです。医療用麻薬を「強い痛み止め」という医師の説明がそもそも間違いのもと、これは強い薬は使いたくないという患者の心情を逆なでする表現です。弱い、強いではなく、消炎鎮痛剤と麻薬とでは薬の作用のしかたが違うのです。また、「麻薬」という単語は必要でしょうか。医療用とつけても麻薬と聞けば、患者、家族は、依存症になる、寿命を縮めると思います。麻薬という単語に染み付いた誤解はそう簡単には解けません。ならば、いっそのこと麻薬という単語を使わなければいいのです。別に法律で決まっているわけではありません。学会で私がそう発言したら、ある病院の薬剤師が「入院患者では薬袋に赤いスタンプで麻とあるので、麻薬と言わないわけにはいかない。」と反論。しかし、そのスタンプも法的根拠はないのです。誤解の壁は、全く根拠のないところにいつまでも立ちはだかっているようです。

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医療用麻薬に行政の壁


2014年11月18日の朝日新聞医療欄に「医療用麻薬に誤解の壁」という記事が載っていますが、掘り下げが甘く取材内容もありきたりです。実際の壁は、行政、マスコミにあることがわかっていません。オキシコンチンを内服している患者が海外旅行にいくことになりました。そうしたら、旅行社から、麻薬を飲んでいることを英語で証明してほしいと要求され、地方厚生局のホームページをしっかり読んでくれと言われました。地方厚生局のサイト見るとそこには、「麻薬は、厚生労働大臣の許可を受けた「麻薬輸入業者」・「麻薬輸出業者」でなければ、輸入輸出することができないと「麻薬及び向精神薬取締法」で定められています。」と書いてあります。確かに、輸出とか輸入という話ならば、その通りでしょう。しかし、医療用麻薬を内服している患者でも「自己の疾病の治療のために麻薬を使用されている方が出入国する場合には例外規定を設けており、事前に地方厚生(支)局長の許可を受ければ、その麻薬を携帯して輸入・輸出することができます。」とあり、事前の許可を得るようになっています。「例外規定」という概念が医療者からみるとピンときません。さらに注意事項として「海外では、日本とは異なる規制を行っている場合があります。訪問する国の在日大使館や領事館などに、事前に許可が必要かどうか必要な場合はその手続きについて問い合わせていただき、トラブルなどが発生しないよう十分にご注意ください。」「海外で麻薬等の処方薬を所持する場合、違法薬物所持の疑いをかけられるなどのトラブルを避けるために、上記の条件に係わらず英文の医師の証明書を携帯することをお勧めします。英文の証明書の作成については、かかりつけの医師にご相談ください。麻薬等の商品名は海外では通用しない場合がありますので、必ず成分名で記載するようにしてください。」とあります。触らぬ神に祟りなしという姿勢を感じ、事なかれ主義行政の分厚い誤解の壁がここに立ちはだかっているのです。朝日新聞辻外記子記者は、この点をどう考えているのでしょうか。この辺りを国際的にもきちんと整理するのが、行政の仕事だろう!!と思いますけどね。麻薬の話題、ここも読んでみよう。

薬を飲みたくなくさせるマスコミ


「薬は体に悪い影響を与えるのでなるべく飲まないほうがいい」という間違った意見を主張する本が出回っています。立ち読みしてみると、糖尿病の治療はするな、コレステロールは下げるな、など根拠のない誤ったな話ばかりで呆れてしまいます。がん治療についても、一部の出版社が煽り立てるように抗がん剤を否定する内容の本が店頭に多数並んでいます。また、鎮痛剤や解熱剤は飲まないで痛みは我慢するほうがい、熱は下げないほうがいいと主張する本もありました。このような情報に影響されているのか、薬はとにかく飲まない方がいいと固く信じているひとは少なくありません。どんな薬にも求める効果と避けることができない副作用が必ず現れます。とくに抗がん剤は確かに副作用が強いです。しかし、副作用を経験するけれど長生きができるという効果が得られる場合も多いので、一時的な副作用をどうにか凌いで、効果を享受してほしいと思うのです。出版社も本が売れさえすればいいというような無責任な対応は改めてもらいたいとつくづく思います。同様のことは、テレビ番組にも言えます。以前、がん治療をテーマにした民放の特別番組に出演した時、事前に予備取材があり、私は腫瘍内科医は数種類の抗がん剤を用いて、副作用を抑える工夫をしながら効果を引き出しながら治療を進めるという内容を提案し、患者にも取材に応じてもらい映像も準備しました。ところが、スタジオでの番組収録の際、ゲストタレントの「えっ、抗がん剤って一種類じゃないの?」の発言に対して私が言った「抗がん剤は約150種類ぐらいあります。」の一言にディレクターが反応、後日、追加取材が来て、ありったけの抗がん剤を並べて撮影し出来上がった番組は「がん治療の達人!150種類の抗がん剤を使いこなす」という内容でおもしろおかしくまとまっていました。テレビ番組は視聴率さえ上がればよいのでしょうか? マスコミは国民のレベルを反映しているのでしょうか?

薬を飲みたがらない患者 その1


他の病院で乳がん手術を受け5年後に肺転移が診断されたYさんが娘さんと一緒に当院にやってきました。持参した紹介状には5年間ホルモン剤「タモキシフェン」を内服した、と書いてありました。ところが看護師が本人から話を聞くと、処方された薬は全く飲まずそのまま家に置いてあるというのです。娘さんも前日に聞いて驚いたそうです。内服しなかった理由を聞いても明確な答えは返ってきません。あまり問い詰めては本人も辛かろうと、なぜ、どうしてはさておき、話してくれてありがとうございます、ということにしました。紹介状に書いてあることをそのまま信じていたら、同じことの繰り返しになっていたかも知れません。もし、治療しなければ肺転移が進行し、咳が出る、息が苦しくなるといった症状が現れるだろうから、それを予防するには何らかの治療はする方がいいことを私は患者に説明しました。自宅にあるタモキシフェンはすでに有効期限を過ぎているし、別の飲み薬も飲まない可能性があるので、月に一回の注射で使うホルモン剤はどうだろうか、と説明したところ、すんなりと治療を受け入れてくれました。診療後、看護師が聞くと、説明はよくわかったので治療は続けていきたいとのことでした。次の予約日に受診してくれるかどうか、若干気になりますが、まずは一安心です。Yさんのように薬を飲みたがらないという患者は少なくありません。その理由は、何のために、何を求めて治療をするのか、ということが、患者に伝わっていないことだと思います。医師からの説明が不十分、不適切であることが大きな原因であることは間違いありません。がんの治療薬について、医師が説明し患者が理解すべき最大の要点は、「望む効果を得るためには、ある程度の副作用は受け入れざるを得ない。」ということです。買い物をするのにお金を払わなくてはいけないのと同じように、効果の代償としての副作用ということを理解してもらいたいのです。

 

人生の最期を支える


私はがん治療医として数百人の患者の最期を看取ってきました。死亡を確認し家族に臨終を告げるのですが、病室では家族の深い悲しみに圧倒されながらも、死にゆく患者の尊厳を保ち、家族に穏やかで暖かい思い出が残るよう配慮するのも医師の仕事であることを学び、看取りは医療であると同時に法に定められた職務でもあり、また厳粛な手順であることも習得しました。浜松で街角がん診療を開設して十年、自宅やホスピスで亡くなることを希望した患者、家族に安心して最期の時を迎えてもらえるよう調整する仕事も続けています。Oさんは総合病院で乳がんが転移した状態で診断され、当院で通院治療を開始しました。家族に迷惑をかけては申し訳ないからと、Oさんは毎週ひとりでとなり町から電車に乗って一時間かけて通院して来ました。まだ元気なうちは通院も楽しいですとおっしゃっていましたし、町内会活動や婦人会の旅行などにも積極的に参加するよう私も勧めていたので、家族はOさんの病状を正しく理解できていなかったようです。痛みや息苦しさがでてきた頃に、孫を預かるのも辛くなったOさんは息子夫婦に「だいぶ辛いので少し助けてね」と伝えました。しかし、息子からは「お母さん、弱音を吐かずに頑張ってね」と本人とっては不本意な返事が返ってきたのでした。その話を看護師が点滴中に聞きだし、本人、夫、息子夫婦と我々医療者との面談を設定、私から家族にOさんの病状を説明し助力を求めました。それからは夫も受診の際には電車で同行して来ました。ある日Oさんは診察室で「自分は住み慣れた自宅で死にたい」と言いました。本人の明確な意思表示は夫もうろたえるほどでしたが、我々は即座に対応することにしました。看護師から自宅近くの訪問看護ステーションに連絡し近所の診療所の先生に往診を依頼しました。2週間後、息子から、本人の希望通りの最期を迎えることができ家族も感謝しているとの連絡がありました。

一応の節目


私が育てたCSPORも、今は、おかしな方向に行っている。組織を育てるには人を育て、人を育てるには、率先垂範し、愛と、思いを持たなければできるものではない。その点で、向井くんは、まだまだ勉強が足りない。

オンコロジストの独り言

月末にあったCSPORの年会を最後にCSPORの運営活動からは身を引いた。10年も経つと垢もたまるし、垢がたまっていることすら気付かないような組織になってしまう。10年ぐらいを節目に人心一新が必要であると思う。CSPORが今後どのような方向に向いていくかは、向井先生を中心とした新しい運営陣の手腕を見守りたい。私の次のミッションは臨床試験を含めた、がんの診療、教育体制を洗いなおして、効率的な医療体制を考えていくこと。すでに、高機能診療所構想は、社会実験として浜松で実践している。古臭いピラミッド形態の組織論に根差すがん診療きょとん病院構想に問題提起は続けていくつもりだ。

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医師・患者間のルールとマナー


市民公開講座の休憩時間にYさんのご主人から「ちょっといいでしょうか。家内なんですけど、一年前にA病院で乳がんの手術を受け抗がん剤治療をしたけどすぐに肺に転移が出ましてね、先生のところで診てもらえませんか。」と声をかけられました。限られた時間でしたので「構いませんよ、担当の先生に診療情報提供書を書いてもらってください。」と答えました。こういう場合、薬物療法なら当院が専門ですし、こちらとしては転院を断ることはしません。ただ、手術前後の検査結果、今までの治療内容をまとめた担当医師からの診療情報提供書とMRIやCTなどの画像診断の情報が必要です。翌日、Yさんが当院を受診、昨日の今日ですから当然、診療情報提供書は持っていません。ご主人は、思い立ったらすぐに行動する猪突猛進型で診察室に入るなり「今日から治療をお願いします。」とYさんもいっしょに頭をさげました。しかし、情報もないので今日からというわけにはいきません。A病院の担当医に手紙を書いて情報提供を依頼、先方も快く対応してくれたので、一週間後から治療を開始しました。効果と副作用をみながら、抗がん剤を一剤づつ順番に使って治療を行い、肺転移による息苦しさや咳もおさまり、Yさんは友人と温泉旅行や歌舞伎見物にも行ける日々を送っていました。三年が経ち、抗がん剤治療もそろそろ使えるものがなくなり、痛みのある骨転移には放射線治療を行い、痛み止めを飲みながら症状緩和を主体とした治療に移る時期になりました。ある夜、Yさんのご主人から「C病院に放射線の新しい機械があると聞いたので電話したら、主治医の了解を取るよう言われました」と電話がありました。翌日、C病院の先生から「Yさんが受診し今日から放射線治療をと言っていますが・・」と連絡があり、急いで診療情報提供書を送りました。我々医師は患者の求めには精一杯応じますよ、でも患者、家族も常識的な対応をしてくれないと困ります。